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第37話

「申し訳ございませんが、現在は商人の出入りを制限しております。お引き取りください」  やっぱりか……と俺は思った。  西崑国との国境に近い城塞都市・玄武城に到着したものの、門前で早速拒否られてしまった。確かに街の様子はおかしい。城壁の上には通常の何倍もの兵士が並び、物々しい雰囲気が漂っていた。中には弓を構えて四方を警戒している者もいる。 「通行手形はあるんですが……」  俺は商人登録証と通行手形を見せたが、門番の兵士は首を振るだけだった。その表情には疲労の色が濃く、明らかに長時間の緊張状態が続いているようだった。 「総大将の命令です。当面の間、特別な許可がない限り商人も含めて全ての民間人の出入りを禁止しています」  門番は機械的に言葉を繰り返した。彼の目には俺たちを見る余裕すらない。常に城門の外側、そして城壁の上を警戒するように視線を動かしていた。  周昇が小声で俺に耳打ちした。 「やはり戦の準備をしているのでしょう。噂では南辰国が大軍を率いて近づいているとか。このままでは入れませんね……」  立ち往生する俺たちを尻目に、城門からは軍の物資を運ぶ馬車が次々と出入りしていた。鎧や武器、食料を満載した馬車の列が途切れることがない。兵士たちの掛け声、馬のいななき、車輪の軋む音が入り混じり、戦争の足音が刻々と近づいているのが感じられた。 「まいったな、ここまで来たのに……」  頭を抱えていると、突然城門の方から声がした。 「門番、この二人に何か問題があるのですか?」  若く柔らかい声だった。見覚えのある声に俺は顔を上げた。 (修明…!)  心の中で叫んだ。城門の前に立っていたのは、間違いなく温修明だった。無性に抱きしめたい衝動に駆られたが、必死にそれを抑える。  噂によると、彼は俺がいない間に黒炎軍で会計を司る役職付きになったらしい。彼の雰囲気は昔とくらべて少し大人びており、黒炎軍の幹部らしい袍を身にまとっていた。  門番は困ったような様子で、温修明に現状を伝える。 「この者たちは商人で、今は出入り禁止と伝えています」 「なるほど……」  温修明は俺たちの方を改めて見た。明らかに黒炎軍の要人としての風格が漂っている。以前の人懐っこい少年の面影はあるものの、どこか凛とした雰囲気を身にまとっていた。 「あなた……周昇さんではないですか?」  温修の視線は俺ではなく、周昇に向けられていた。 「は、はい! 修明様、覚えていてくださったのですか?」  周昇は明らかに緊張した様子で頭を下げた。彼の背筋がピンと伸び、軍人時代の姿勢に自然と戻っている。 「以前、資材調達部隊にいた兵士さんですよね。今は……?」 「楽安街で結婚し、今は護衛の仕事をしております」  温修明はにっこりと笑った。彼の笑顔は昔と変わらない。 「そうなんですね、おめでとうございます。で、この方は?」  俺は緊張しながらも、できるだけ自然に振る舞おうとした。手に汗が滲み、心臓が激しく鼓動する。温修明の前で演技をするのは、想像以上に辛かった。 「楽安街の商人、佐倉遼と申します」 「佐倉……」  温修は首を傾げた。何かがひっかかるような、そんな表情だ。 「楽安街から来たのなら、商業特区のお陰で商売をしていたのでしょうか?」 「はい、梁易安さんが作った制度のおかげで、俺も商人になれました」  温修明の表情が一瞬、曇った。彼の目に悲しみの色が浮かぶ。 「梁兄の名前を知っているんですね……」  その言葉には明らかな痛みが含まれていた。彼はまだ俺の死を乗り越えられていないようだ。「梁兄」という呼び方も変わっていない。 「はい、楽安街では有名人でしたから」  俺は平静を装いながらも、胸が締め付けられるような痛みを感じた。温修明を悲しませてしまったことへの罪悪感と、彼が俺のことを忘れていないという嬉しさが入り混じる。  温修明はしばらく考え込んだ後、門番に向き直った。 「この二人は私の責任で通します。総大将への報告も私がしておきますから」 「しかし、温修明様、総大将のご命令が……」 「玲蘭様にも私のほうから話を通しておきますから」  玲蘭の名前が出た途端、門番は急に従順になった。その反応から、玲蘭が黒炎軍内でどれだけの権威を持っているかが伺える。 「わ、わかりました。お通りください」  こうして俺たちは思いがけず城塞都市・玄武城に入ることができた。温修明の案内で街の中心部へと向かう。  石畳の道には黒炎軍の兵士たちが急ぎ足で行き交い、どこからともなく鍛冶屋の金槌の音が響いていた。家々は閉ざされ、普段なら賑わっているはずの市場も閑散としている。街全体が戦争の臭いに包まれていた 「ありがとうございます、温修明様」  周昇が丁寧にお礼を言った。 「いいえ、気にしないでください。周昇さんは昔からまじめでしたからね。それに……」  温修明は俺の方をちらりと見た。その目には何か探るようなものがあった。 「この方とも少し話してみたいと感じたんです」  俺の心臓が高鳴った。彼は俺に何か感じているのだろうか。 「あの、温修明さん。実は……」  話す機会と思い、俺は口を開いた。しかし、温修明は人目を気にするように周囲を見回し、言葉を遮った。 「話はあとにしましょう」  温修は小声で言った。 「ここでは耳障りが多いです。まずは玲蘭様の元へ行きましょう」

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