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第1話

「修悟、また来たの?」 「…」 今日は折角の青天の休日だというのに、この高校生はすねた顔をしながら俺の家にやってきた。 俺だって、久々の休日で買い物に行こうだとか、遠出をしてみようかな、なんていろいろプランを立てていたのに、それはあっさりと崩されてしまった。 無言で家の中に入り込み、大学生の1人暮らしのために1つしか用意していない座イスに自分のもののように座ってしまった修悟にため息をついてから、修悟のためにコーヒーを作ってやった。 こうもわがままな修悟を俺が受け入れてしまうのは、何も、俺が修悟の家庭教師だからというだけではない。 不本意ながらも、俺はこのわがままな高校生に惚れてしまったのだ。 だが、その時は修悟とどうなりたいとか、そういう感情はなかった。 家庭教師と教え子としてそれなりに楽しい時間を過ごせればよかったし、そのままの関係で十分だった。 しかし、その関係が崩れたのはもう半年前のこと。 内面はこんなわがままなガキみたいな性格の修悟だが、外見は男前なので老若男女沢山の人間を惹きつけるらしく、親や俺の注意も聞く耳持たずで男も女もとっかえひっかえで遊んでいた。 しかし、突然修悟は遊びをやめたのだ。それこそ、別人間になってしまったように。 そのことが嬉しくて、茶化すように修悟にどういう心境の変化だと聞いた。 すると、こいつは今までにないような幸せそうな顔で言ったのだ。「好きな奴ができた」と。 鈍器で殴られたようなショックを受けたが、修悟はお構いなしに話を続ける。 男とは思えないように可愛い奴で、性格も健気で可愛い奴なんだ。あいつにふさわしい男になるために、今までの奴らとは縁を切った。 偉いだろうとばかりに話してくるこいつにどんな返しをしてやったのか、よく覚えていないまま俺は帰った。 それから数週間後、どうやら修悟の恋は成就したみたいで、デートやらなんやら、何かが起きるたびに嬉しそうに報告をくれた。 その度に、俺は眩暈を覚えながらも「よかったな。」と笑ってやった。そうすると、修悟は嬉しそうに笑うから、その笑顔を見るだけの為に俺はにこにこと笑顔を作り上げていた。 … また更に数週間後。 それまでにこにこと報告をくれていた修悟の笑顔に陰りが見えてきた。 どうやら、修悟の彼氏に対してアプローチする奴がいるらしく、それがまた超絶美形で修悟は足元にも及ばないくらいの美形らしい。 本人の言葉なのでどこまでが本当かわからないものの、その彼氏もそいつに傾きかけているんだとかなんとか。 「馬鹿。お前よりが一番カッコいいに決まっているだろ。自信もてよ!」 それは本心だった。 俺は今までに修悟よりもカッコいい人間なんて見たことはなかったし、これからもないだろう。 「本当?」 「当然だろ。」 疑心暗鬼とばかりの表情で尋ねる修悟に自信満々に答えた俺。 その答えは、完全に自信消失してしまっている修悟にとって唯一のよりどころになってしまったらしい。 修悟は力なく笑って俺を力いっぱい抱きしめた。 その、震える体を抱きしめ返す勇気もなく、俺はとんとん、と背中を叩くことしかできなかった。 それからというものの、修悟は、なにか嫌なことがあるたびに俺の家に来ては「俺って駄目なやつだもんな。」なんて自信喪失し俺が否定し、修悟が力なく笑う。そんなことを繰り返している。 未だ、その彼氏とも付き合いは続いているものの、煮え切らない関係が続いているらしくそれも修悟を苦しめているに違いない。 嫌われるのが怖くて、その彼氏と別れてしまえなんて言うこともできず、ただ修悟のご機嫌をとるだけ。 こんなんじゃ、修悟は前に進めないし、駄目なことはわかっているけど、修悟の笑った顔が見たいだけの為に、こんな茶番を続けている俺の方がよっぽど自己中心的な駄目人間だ。 今日もすねているのは、どうやら彼氏を取ろうとしている美形くんに嫌みを言われたかららしく、いつものようにそこまで落ち込んでいる様子はないものの多少はショックだったらしい。 「大丈夫だろ、お前のがカッコいいし。そんな奴が言うことなんて気にしなければいい。」 いつものように元気づける俺に、また修悟は笑った。 その笑顔はいつになっても慣れることなく、今日も動揺を隠すために2人とも飲み終わってしまったコーヒーカップを流し台に置きに行く。 「…いいなあ。」 そうすれば、いつもは満足してさっさと帰ってしまうはずの修悟が未だその座イスに座ったまま呟く。 「あ?」 「俺、先生みたいな人と付き合えたら幸せなんだろうな。」 突然投げ出された言葉。 危うく持ったままのコーヒーカップを落とすところだった。 俺だって、何度それを夢見たことか! 俺だって、その言葉を何回飲みこんだことか! 俺だって! あの呟きは、単なる例え話に過ぎない。 戯言に過ぎない、そんなの頭でわかっているのに。 この思いを止めることはできそうにない。 「俺…」 言葉を出したと同時に鳴った修悟のスマホのライン。 誰からのラインかなんて、修悟のあの、嬉しそうな顔を見た瞬間気付いてしまった。 「先生!コーヒー御馳走様!」 そういうや否や、駆け足で去る修悟。 その部屋に残ったのは間抜けにも口を開けたままの俺だけだった。 終

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