2 / 4
第2話
「こんにちは、貴方が笹川修悟のセンセイですか。」
大学の講義がおわり、筆記用具を片付けて帰ろうとすると、突然話かけられた。
目の前には、この学部で見かけたことのないような美青年がいた。
モデルか、というようなスタイルと、ザ・日本人を地でいく俺とは正反対と言っていい彫りの深い美形顔。
今時の肉食系の多いこの学部の女子でさえ容易には近づけない容姿の彼は、もちろん俺の知り合いではない。
というか、修悟のセンセイって言ったってことは修悟の知り合いなんだろう。
修悟はあんな我が儘な性格の割りに、思いの外社交的で友達や知り合いが多いし、こんな超絶美形の知り合いがいたってなんらおかしいことはない。
しかし、修悟の話、それから目の前の人を喰ったような態度の彼に、彼の正体はなんとなくわかったから、とりあえず知らないフリの方向でいきたいと思う。
「イエ、人違いです。」
それじゃあ、とさっさとその場から離れようとすると、腕を掴まれた。
「名木優一さん、でしょう?」
「……そうですけど……」
柔和な笑顔に笑い、有無を言わせずデートでもしましょう。と、ふざけたことを言い出した彼に、ため息をついた。
修悟、話を聞いていたときから思っていたけど、俺もこの人は嫌いだ。
連れてこられたのは、静かなカフェ。俺たち以外にお客さんはおらず、飲み物のメニューを見れば、夜のバーの方がメインなのかと納得する。
「それで、何か用なのか。」
「いいえ、ただ、デートがしたかっただけなんで。」
「そんな茶番はいい。ってか、お前高校生だろ。学校はいいのか。」
「あれ、修悟から聞いていたんですか。ふふ、サボりです。」
親しげに修悟、という彼にイライラする。高校生だから、名前呼びだって珍しいことじゃないかもしれないが、修悟はお前のことが嫌いなんだと言ってやりたくなる衝動にかられる。
「高校生なら学校いきなよ。今からでも後一時間は受けれるだろ。」
正直、彼の内申点なんかこれっぽっちも興味はないが、一刻も早く離れたい。その心情を知ってか知らずか、「やっぱりセンセイだけありますねえ。マジメー。」などと、ふざけたことを言いながら、この場所を離れるつもりはないらしい。
ドリンクを頼んで、ここに居座る気満々だ。
今時の高校生ってこんな我が儘なのかね、と呆れながら彼を見る。
「そういえば、修悟から俺のこと聞いていたんですっけ。なんて言ってました?」
「別に。」
どう言われていたかなんて、わかっているに決まっているのに。むしろ俺の返事はあてにせずともわかっている、と言わんばかりの態度で聞いてくる彼。
「俺が介入してからかなあ、荒れはじめたの。」
「わかっているならやめろ。」
あまりに楽しそうに言う彼に、更にイライラがつのる。
お前が余計なことをしなければ、修悟は笑っていたんだ。楽しそうだったんだ。
お前のせいで修悟は情緒不安定になった。
お前のせいで修悟はいつも辛そうな顔をするようになった。
お前のせいで。
のどの先まででかけている言葉を飲み込む。
こんなことを言うのは自分のエゴを押し付けているだけなのはわかっている。それに、ほんの、ほんの少しだけ、こいつのお陰で、修悟がことあるごとに俺のところに愚痴を言いに来てくれていると思っている後ろめたさもあるから。
「そんなセンセイ、修悟の事が心配なの?」
「お前にセンセイ、と言われる筋合いはないけど、修悟の先生だからな。」
「ふーん。じゃあ、修悟のカレシのあの子、ちょっかい出すのやめてあげるよ。そのかわり、センセイ俺と付き合って。」
「……は?」
何を言い出すかと思ったらトンチンカンな事を言い出した彼。
修悟の恋人にちょっかい出さないのはいいけど、むしろ、当たり前だと言ってやりたいくらいだけど、そのかわりに俺と付き合うという意味がわからない。
「俺もセンセイのこと気に入っちゃった。俺はセンセイと付き合える。修悟は恋人と円満。センセイは心配事がなくなる。いいことばっかりじゃん。」
「馬鹿垂れ。寝言は寝て言え。」
「えー、センセイが俺と付き合ってくれないなら、俺、本気で修悟の恋人のこと取っちゃうかも。恋人溺愛の修悟が恋人寝取られちゃったら、凹むくらいの騒ぎじゃないかもね。」
「……お前っ!!」
「大丈夫、センセイが俺と付き合ってくれれば何の問題もないから。センセイが付き合ってくれれば俺は修悟とカレシと関わらない。約束する。それって、修悟からしてみれば、むしろ朗報なんじゃないの。」
信じられないことを口にする彼に怒りがこみ上げる。
誰がこんな奴と付き合えるか、そう言ってやりたい。
でも、それ以上にこんな奴を修悟の周りに置きたくない。何を企んでいるかわからないが、俺が我慢すれば修悟はこいつと関わらない。
関わらなければ、修悟はまた、初めて恋人と付き合った、と報告してくれた日みたいな笑顔を取り戻すだろう。
「……わかった。お前が飽きるまで、付き合うよ。」
「やったー。それじゃあ、センセイよろしくね。」
「……ああ。」
そういって、彼は俺を抱き締めた。
そのあたたかい体とは反対に心はさめざめとしていた。
終
ともだちにシェアしよう!

