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Kurose's Side Day1-1
近所に生い茂る雑木林。それを誰かが「森」といった。
・・・この森には、時折"気配"が落ちてくる。
月が満ちていく夜、その気配は静かに、だが確かに自分の身体を撫でるように近づいてくる。
今日もその感覚を頼りに、森の奥まで足を進めていた。
熊が出るだの落石の危険があるだの、そんな当たり前な理由で人の出入りを禁じられた、よくあるただの森。
人が入ってもせいぜい業者だろうし、そもそも夜中に出会うことなどない。
俺がこんな何も無い辺鄙な森に来る理由はただひとつ。
開放されたい。
誰にも言えない衝動を、"ここで"発散するのだ。
良き上司、聞き分けのいい部下、頼りになる同僚、チームをまとめるリーダー。普段は、こんな「完璧」を表にまとめたような日々を送ってるが、そんな俺だって性欲は溜まるし、発散したくなる。
それでも自宅で自慰に浸るには現実感が強すぎる。
ネカフェで隣にバレるのもきついし、独り身でラブホなんてもったいなさすぎる。
そうして悶々とした日々を繰り返すだけだったある日、剥がれかけた立ち入り禁止のテープで覆われた森林に目が留まり、興味本位で中に足を踏み込んだのが、ことの始まりだった。
誰もいない。夜なら、そもそもこんな場所に誰も来ない。ここでなら……
そう思ったあの日から、この異常な状況に慣れるのは早かった。
初めてそこで果てた日から、俺は何度も森に足を運んでいる。
日中は人目がある事を確認しつつ、早く日が落ちれば18時には、
日が落ちるのが遅いとしても20時には人気が無くなる。
どの道俺の仕事のある日は22時まで職場にいるし、
帰宅して森に入るのは23時を超えるのだから問題はない。
初日は性器を露出して終わったが、
2回目は森の中で射精におよび、
3回目で雰囲気に慣れた俺は、
4回目からは上半身を、
5回目からはスーツパンツを、
6回目には最後の下着であるパンツを脱ぎ捨て、
X回目で全裸のまま森を歩き、気に入った場所を見つけて精を放つ。
最近は射精するまでを1時間ほどかけて楽しむのがルーティンだ。
しかし、最近は物足りなさも感じていた。
ただ射精するのでは物足りず、最近は森の奥深くまで歩き、
大きめの木に登って股を開いたり、
木にぶら下がりながら腰を振ってみたり……
だんだん変態に近づくような行為を楽しんでいた。
そしてここへ来た今日もまた、ひとりでの濃密時間が始まろうとしてる。
「……今日はここが、俺の魅せ場……か」
ちょうど良い大きさの木を見つけ、背にしてもたれる。
腰を前に突き出し、深呼吸する。心拍数を高めつつ、
もどかしいくらいにゆっくりとした動きでネクタイを緩め、
スーツのジャケットを肩から滑らせる。
近くの幹にジャケットを掛け、ネクタイを外し、
Yシャツのボタンを丁寧にほどきながら、
腰をくねらせつつゆっくりと脱いでいく。
月夜に見せつけるようにシャツを脱ぐと、
我ながらしっかり鍛えた筋肉質な上半身が、
月明かりに浮び上がる。
森の中は、晴れていても湿った空気がただよう。
だが、その湿気すらどこか熱っぽさを彩っていて、
肌をくすぐる風が心地よい。
首筋の汗を軽く右手で拭いながら、目を閉じて耳を澄ませた。
……いつもと違う感覚に身震いする。
「……誰かいるのか?」
本来ならば耳を澄まして森の静寂を楽しみつつ、
下半身に手を伸ばしていくのだが……
今日の森の中は、わずかに空気が揺れている。
……まぁ、かっこよく言ったが詰まるところ、
草木の異常に揺れている音と土の踏みしめる音が聞こえたのだ。
「あっ………くんっ……ふあっ……」
それと同時に、なにかの鳴き声のようなものまで聞こえてくる。
やはり先客がいそうだ。
誰かいることに対する恐怖心より、先客に対する好奇心を高めた俺は手を止めた。
なにかあった時のためにシャツだけ着直し、そして息を殺してその場に身をひそめ
普通の人なら聞き逃す・見逃すような小さなポイントも、
聴力と視力がやや高い俺には通用しない。
音のする方向を凝視し、暗闇に慣れた目で観察する。
視線の先には、俺のよりかかってる木とほぼ同じくらいの大きさがあり、
その影には人と思われる姿が見えた。
月明かりが照らし出したその光景は……好奇心をはるかに上回るものだった。
ほぼ真正面に位置するその位置から見えたのは、細身の若い青年の体。
白いシャツはほとんど脱げかけていて、
あらわになっている胸の先端を、
両手でひたすら執拗に触れている。
「……ふっ、あ、ん……っ」
かすかな声が、闇をすべるように届いてきた。
俺は思わず息をのんだ。
「最高っ……この森、最高……うんっ」
言葉尻的に、やはり彼はこの森へ何度か足を運んでいるらしい。
動きはぎこちないが、その大胆な行動から、慣れた雰囲気を伺わせる。
これまで1年近くこの場へ足を運んでるが、先客を見かけたことは無い。
俺と鉢合わせにならなかったのが不思議なくらいだ。
ただ、そう驚く暇もなく、目の前の青年の情事は続いていく。
腰をゆっくりと動かしながら、ベルトを外し、ジーンズのボタンを外し、ジッパーを下げた。
足元にすとんと落ちるジーンズ。その下に隠された
赤色のボクサーパンツの表面に表れた盛り上がりは、
月明かりの陰影に紛れてもなおはっきりとわかるくらい、大きい。
「……やば……もう先走ってるじゃん……いつもより……なんか興奮するな…………」
青年は、ボクサーパンツの上から、おそらく亀頭と思われる場所を、
指先で撫でながら体をビクつかせている。
周りを観察すると、青年の横には学校帰りに持ち歩くようなリュックが置かれていた。
中にはタオルの端が見えているが、ほかは暗くてよく見えない。
それと、よく見ると白のシャツの下は裸のようだ。
下着は近くに見当たらないということは、
彼はここへ来るまでに家で着替え、
わざわざ白のシャツを肌の上に直接着用したようだ。
……わざわざ森へ来るために、薄着になり、
すぐに行為へ移れる準備をしてここへ来た。
そう理解した俺は、自分と同じような思いを持つ人間を前にして、少し嬉しくなった。
「あっ……はぅっ!、んぅ……やっばい、乳首、くりくりしてると、腰とまんないぃ……」
彼のうわずる、甘さと可愛さの残るやや低めの声が、
静かな森にひびき始める。
腰を前後に動かし、首を左右に振りながら、
ひたすら乳首をいじり続けている。
ふと、青年が動きを止め、とある一点を見つめ始める。
「あれ……いつから、あんなとこに……」
彼の視線の先には……白い壁の、やや古めに見える建物が見える。
建物の形や大きさ的に、何かしらの倉庫代わりにされてるプレハブだろう。
しかしプレハブというには綺麗すぎて、森の深部に建てるには
不釣り合いなほど無機質なものだった。
「……あそこ、誰かいるのかな」
青年はシャツを開いたままにしつつ、ジーンズを履き直し、
バッグを持ってプレハブへ歩き始めた。
「……だれも、いない……の?」
プレハブから人気(ひとけ)は感じない。
綺麗に見えても使い古された跡が見える以上、
恐らく既に使用用途を終えて、管理の手を離れたのだろう。
「だれもいない……なら……」
不安と興奮の混じる声と共に、青年はプレハブの中へと入り込んでいく。
……彼はあそこで何をするのだろうか。
予想はつくものの好奇心に負けた俺は、
脱いだジャケットやシャツなどを手に取り、
急いでプレハブに近づいた。
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