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第1話 いつか家族になってくれる人(1)
カフェは昼下りで人が少なく、あたたかな春の陽気に反して、どこか冷えきっていた。
……いや、それも気のせいかもしれない。
水滴のついたアイスコーヒーのグラスを包み込み、清水 春陽 ――二十六歳。未婚・子持ちのオメガは、今日も今日とて笑顔を浮かべる。
「子供はお好きですか?」
にこやかに切り出した春陽に、対面の男は目をぱちくりさせた。
「え? まあ、嫌いじゃないかな」
曖昧な返事にも気づかぬふりだ。それだけで十分とばかりに、春陽は笑顔を崩さない。
「よかった! うちの息子、ほんとにいい子なんです。いつも元気いっぱいで、お家でも幼稚園でもお行儀がよくて、お友達ともちゃんと仲良くすることができてっ」
相手は苦笑まじりにストローをいじりながら、「ふうん」と気のない相槌を打つ。なおも春陽の勢いは続いた。
「あ、写真見ますか? まだ四歳になったばかりなんですが、日に日に大きくなっていくのが――」
「あのさ」
カラン、とグラスの氷が鳴る。
「ごめん。正直、必死すぎて引く」
はっきり言い放たれた言葉に、春陽の笑顔が凍てついた。
「で、ですよね? あはは……すみません、つい」
「オメガって言うから来たけど、なんか期待はずれっつーか。軽くヤらせてくれるかと思ったのに」
「えっと、その」
「とにかくそういうことだから。じゃあ、お疲れ」
男は席を立つと、さっさと会計を済ませて出て行った。
残された春陽は呆然として、先ほど言われた言葉を思い返す。それから、「わああっ!」と心の中で叫んだ。
(ひっ……必死になるに決まってんでしょうがああ~っ!)
この際、自身に対する偏見なんてどうだっていい。
そう、必死になって当然なのだ。なぜなら――、
◇
「パパあ! パパとおわかれ、やだあ……さびしいよお~っ」
翌朝。幼稚園の前で、全力でしがみついてくる我が子を抱きしめながら、春陽は苦笑を浮かべていた。
「うん、寂しいね。パパも寂しいから、本当はお別れしたくないよ」
そう優しく言い聞かせながら、頭を撫でてやる。
息子の優 は、春陽によく似た顔立ちの男の子だ。くりっとした瞳が特徴的で、肌の色は白く、髪は明るい栗色をしている。
性格はやや甘えん坊といったところか。幼稚園に通い始めてしばらく経つのだが、いまだ別れ際にはぐずってしまう。
「パパぁ……」
「大丈夫、今日もなるべく早くお迎えに来るよ。パパも頑張るから、優くんも一緒に頑張ろう?」
言って、ハンカチで顔を拭ってやる。ちょうどそのとき、背後から元気な声が聞こえた。
「ゆうくーん、おはよお!」
振り返れば、同じ組の颯太 が母親のもとを離れ、駆け寄ってくるところだった。元気よく手を振り、ぴょこぴょこと飛び跳ねるような足取りが朝から眩しい。
「またないてんの?」
「んーん。ゆう、ないてないもん……っ」
無邪気なやり取りに、春陽は颯太ママと顔を見合わせて笑った。
優も泣くのをやめ、颯太に「じゃあ、いこ?」と手を引かれる形で、園舎の中へ入っていく。
「おはようございます。優くん、毎朝大変ですね」
「おはようございます、颯太くんにはいつも助けられてますよ。……本当にありがとう、颯太くん~」
じーんとしながら二人の姿を見送る。そうして颯太ママと談笑し、駐輪場のある門前へと向かった。
「颯太も『優くんと遊ぶの大好きなんだ』って、よく口にしてます。だからお互い様ですよ」
「あはは、そう言ってもらえると助かります。優も、颯太くんと遊べるのをいつも楽しみにしてて……」
そんな言葉を交わしていたとき。ふと、小さな声が横から聞こえてきた。
「あの人、昨日またカフェで男と会ってたらしいよ」
感じるのは蔑むような視線。笑いまじりのひそひそ声が、やけに耳に響く。
「あー、優くんパパ? もう有名人だよね、男漁りしてるって」
「それも毎回違う相手。オメガらしいし、やっぱそういう本能的な……?」
「うちの旦那には近づけたくないわ~。隙見せたら持ってかれそうじゃない?」
――平気。いつものことだ。聞こえてないふりだって、ちゃんとできている。
春陽は笑顔を貼りつけたまま、歩みを進める。が、その足が一瞬だけ止まった。
「優くんも可哀想……あんな父親でさ」
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