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プロローグ

「……検査の結果が出ました。感情性低温症候群、いわゆるECSの疑いがあります」  静かな診察室に、医師の声が響いた。 「心の深部にある、情動中枢の働きが鈍っています。長期間、感情が発露されないままだと、体温調整を担う脳の領域が誤作動を起こして……やがて、身体の内部温度までもが下がり、最終的には死に至る恐れがあります」  要するに──自分自身の熱を保てなくなっているらしい。 「治療にはオキシトシン誘導法を用います。他者との接触によって、あなたの情動中枢を、再び活性化させていく方法です」  意味はわかる。でも、その接触が、どんなものなのか想像がついた瞬間、──神木 由良の手のひらにはじっとり汗が滲んだ。 「……あの、それって……その……えっちなこと、ですか……?」  まさか、自分の口から、そんな言葉が出るなんて思わなかった。  医師は少しだけ表情を曇らせて、首を横に振る。 「そう感じても無理はありません。でも、これはれっきとした医療行為です。あなたを救うための、大切な手段です」  恥ずかしくないなんて、無理に決まってる。  でも──このまま放っておけば、やがて死んでしまうらしい。  部屋の冷房なんて切ってあるはずなのに、手足が痺れるほど寒かった。  まだ、死にたくはない。 「ここはECS専門のドクターが在籍していますし、早くに治療を開始すればするほど、それほど時間はかからず治ります。ただ、治療を開始するにあたり入院が必要となりますから、……無理にとは言いません。少し、考えてみてくださいね」  彼は柔らかく困ったように微笑む。  困惑している心を見透かすように、「大丈夫ですよ」と穏やかに言うから、ひとつ息を吐いて静かに頷いた。

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