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感情性低温症候群

 自宅に戻るとすぐ、渡された資料を机の上に広げた。 【感情性低温症候群】  感情性低温症候群(Emotional Cold Syndrome)とは、深刻なストレスや、長期にわたる孤独感などが引き金となり、脳の情動中枢の活動が低下してしまう病気です。  その影響で体温調節機能にも異常をきたし、内部体温が徐々に低下していきます。  ──やっぱり、そうだったんだ。  目を走らせながら、無意識に資料をクシャりと握りしめる。  胸の奥が、ひんやりと冷える。  体のどこかじゃない。こころの底から、冷たさを感じる。  これが進行すれば、内臓温度が低下し、多臓器不全から死に至るとか。  笑えないはずなのに、薄く笑えてしまった。  隠そうとしていた心の傷を、あっさりと医者に見られてしまったからだ。  そしてそれを、強引に治そうとせず、「考えてみてください」と言ってくれた。  その優しさに、初めて……手を伸ばしてみたいと思った。 「……」  念の為と渡された入院同意書に、震える手で名前を書いていく。  神木 由良 二十一歳  次の診察の時、これを出すかどうかは自分次第。  フッ、フッと短くなる呼吸は、とても冷たい。  名前を書いただけなのに、ドッと疲れが押し寄せて、ペンを置き、そのまま力なく床に寝転ぶ。  同意書を提出すれば、治療が始まる。  治療が始まれば、えっちなことを、することになる。  恥ずかしい。どんなことを、どこまでされるのかは不明だけれど、治すためだ。仕方がない。 「……誰とも、そんなこと、したことないんだけどな……」  けれど──医療行為だと言っていた。  ここは腹を括らなければ。治療してくれる先生にも、失礼になるかもしれない。 「……ぅ、が、がんばらなきゃ……」  恥ずかしさを堪えるように体を小さく丸める。  けれど──どれだけ丸くなっても、あたたかくはならなかった。

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