32 / 32
安心の仕方
彼らから逃げるように、視線をベッドへと落とす。
「あれは生理現象ですからね。何も気にしなくていいんですよ」
「大丈夫だよ。だいたい、どの患者さんも同じようになるから」
治療のあと、体はほわほわと温かいのに、心だけが冷えていた。
──お漏らし、してしまったのだ。
成人済みの、しかも男が。
恥ずかしさが胸いっぱいに広がって、久我先生と佐伯さんの顔を、どうしても見られない。
「んー……あまりにも嫌なら、次からは終わるまで抜かないようにしようか」
「え゛っ!?」
そこは「じゃあ、この治療はやめよう」となるところではないのだろうか。
思わず顔を上げると、久我先生は苦笑していた。
「あれは段階で決められてるからね。『痛い』とか『苦しい』がないなら、続けたほうがいい」
「ぅ……」
「今回は前だけだったけど、次からは後ろからも刺激していくよ」
「……」
優しい声で、恐ろしいことを言う。
治療のためだと分かってはいるけれど、気持ちが追いつかない。
「今日はゆっくり過ごしてもらって、明日は様子を見て、治療するか休むか決めようか」
「……はい」
俯いたまま、二人が部屋を出ていくのを確認する。
カードキーを手に取ると、急に誰かと話したくなった。
──あの場所に、静香君がいたらいいな。
そう思いながら廊下を歩くと、ソファーに座っている人物が目に入る。
それは、まさに自分が会いたかった静香君だった。
「こ、こんにちは」
「? ……あ、由良さんだ」
ふんわりとした空気を纏う彼の隣に、そっと腰を下ろす。
「どうかしたんですか?」
「……治療で、ちょっと」
「あらぁ。嫌なこと、ありました?」
「……あの、静香君は……えっと……」
「?」
「……ま、前から、こう……いれて……」
言葉にするのが難しくて、声が小さくなる。
正直に言って、引かれたらどうしよう。
「ああ、ちんちんから前立腺刺激する治療?」
「っ!」
「僕ねぇ、あれ好き」
「す、好き……!? そ、そうなんだ……」
「最初は怖かったけどさ。今は好き。……考えられなくなるよ」
きゅっと手を握る。
最初は……ということは、もう何度も彼はそれをしているということか。
「由良さん、今日、その治療だったの?」
「うん。それで……」
「あ、もしかして漏らした?」
「っ!」
「それで落ち込んでたの?」
俯けば静香君の手が背中を撫でてきた。
「大丈夫ですよ。先生達は慣れてるし。僕なんて今でもわけわかんなくなって漏らしちゃうし」
「……そうなんだ……?」
「病棟のルールさえ守っていたら、誰も怒らないし、引いたりもしないから、安心して」
柔らかく微笑んだ彼。年下なのに少し、甘えたくなる。
「俺……前だけで、わかんなくなって、だから次からは後ろからもって言われて、怖くて」
「んー……でも、後ろは今までもされてるでしょ?」
「う、うん」
「気持ちいいだけ。気持ちいいのを怖いって思うんじゃなくて、素直に受け入れたらいいんだよ」
そのまま抱きしめられるとホッとした。
「怖くて仕方ないなら、先生や看護師さんに抱きしめてもらうのもいいかも」
「え?」
「今って、施術台に拘束されてしてるでしょ? 怖いから抱きしめてやってほしいって言ってみたら? 俺は初めての内容の時は抱きしめてもらってるよ」
そんなこと、してくれるのかな。
いやでも、抱きしめてっていうのも恥ずかしいし。
そんなふうに悩みながら静香君の腕の中で落ち着いていると「神木さーん」と佐伯さんの声が聞こえた。
顔を上げると、こちらをニコニコ見ている佐伯さんの姿があって。
「あの人、由良さんの担当の看護師?」
「ぁ、うん。佐伯さん」
「佐伯さーん。由良さん、怖いんだって。次から抱きしめてさ、そのまま施術してあげてよ」
「っ! 静香君……!」
恥ずかしいのに!
そう思って彼の口を両手で塞いだけれど、佐伯さんは何事も無かったかのように「わかりましたー!」と返事をしていてギョッとする。
「先生にも話しておきますね」
「ぁ……」
「触りますよ」
伸びてきた佐伯さんの手に手を取られ、軽く引かれる。
促されるように立ち上がった。
「一度病室に戻りましょう。もう少しで夜ご飯ですよ」
「わかりました。──静香君、ありがとう」
「いえいえ〜。また話しましょうね」
手をヒラヒラ振ってくる彼に手を振り返した。
ともだちにシェアしよう!

