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第13話
〈第十三話〉
夏の終り――新学期とともに、新しい季節が始まる。
瀬野家の朝は騒がしい。というより、ここ最近騒がしくなった。
雅明はコーヒーの用意をしつつ、お姫様を迎えに行ったまま、まだ帰らない主たちを思う。
「……遅いなぁ。まだ起きないんですかね?」
加谷の問いかけに、雅明は笑う。
「起こしたくないんでしょうね」
「学校遅刻しないかな? 春陽様は登校時刻決まってましたよね?」
「そうだね。一般的な高校だから」
「てっきり陽月様と同じ学校に転入させると思ってましたけど、意外だったな」
「あの学園は少し変わっているから。一般から入られると、かえって春陽様が混乱なされるからね」
仕方なく、今までの学校に通わせるしかないと陽太は決断した。もうそれはそれは嫌がっていたけれど。
頭を抱えていた主の姿を思い出す。よくあそこまで素直になってくださったものだ、と思った。
これも、春陽を瀬野家に取り戻して、昔の日常……いや、それ以上に幸福な日常を手に入れられたからだ。そう確信して、雅明も嬉しくなる。
遠くから、春陽の声が響いてくる。元気の良い足音と、遠慮なく開く扉。
「うわーん!! 遅刻じゃーん!」
バタバタと春陽は席に着くと、並べられた朝食に手をつけ始める。
駆け込んできた春陽とは違い、落ち着いた様子で陽太と陽月が入って来る。
「だからちゃんと起こしてやれって言っただろ?」
「だって寝顔が可愛かったんだもん」
なんて話しながら。可愛いという理由だけで、一番忙しい人を一番最後に起こすとは。
「はる、慌てて食べなくても朝食は逃げないよ」
「だって時間ないんだもんっ! 顔も洗ってないし、歯も磨かなきゃだし!」
「髪も整えないとな」
無造作に一つに束ねられた頭を、ぽんぽんと陽月が叩く。
「あー、髪はこのままでいいよ」
「え? ヘアセットしてないのに?」
「適当に結んでれば校則違反にならないもん」
と、あまり身だしなみに興味がないように春陽は言う。……だからいつも一つ結びだったのか、と全員が思った。
「加谷」
陽月の声かけに、加谷が動く。失礼致します、と加谷は春陽の背に立つと、てきぱきと髪を結っていった。
「はい。出来ましたよ」
加谷が言うと、合わせたように雅明が春陽の前に鏡を出した。
ただの単調な一つ結びではない。両サイドに編込みを入れ、絶妙なバランスで後れ毛を残してある。すごっ!! と春陽は驚いた。
「加谷はこういうの得意だからな。器用なんだ」
陽月に称賛され、光栄です、と加谷は恭しくお辞儀をした。
それを見て何か思いついたのか、陽太が雅明を呼んだ。はい、と背を屈めると、
「ヘアカタログ用意しておいて」
と、こそっと陽太は伝える。畏まりました、と雅明は小さく頷いた。
瀬野家の朝は騒がしい。それは、幸せの音なのだろう。
「じゃあひな兄、行ってくるね!」
出発の準備が整って、春陽はもう一度リビングに顔を出す。
「ああ、はる。ちょっと待って、こっちにおいで」
急ぐ春陽を、敢えて呼び寄せる。なに? と春陽が陽太のそばへかけて来る。
陽太は、トントン、と指先で自身の唇を軽く叩いた。
春陽は、少しだけ驚いたように、でも頬を緩ませて、陽太にキスをする。
「行ってらっしゃい。気を付けて」
「行ってきます」
挨拶をして春陽は出かけて行く。けれど、何かを思い出したように、またひょっこりとリビングに顔を出した。
「陽太さんも、お仕事頑張ってね!」
じゃあ! と春陽は今度こそバタバタと足音を響かせて行った。「ふふっ」と、思わず陽太は笑みをこぼした。
それを伝えるためだけに、わざわざ戻って来たのか。本当に可愛いな……と、陽太はとても満ち足りた気分になった。
朝は陽月の車で一緒に出かける。本当なら、学校の玄関横付けで送って行きたいけれど、それは春陽に断られた。
「こんな高級車が学校に停まったら、絶対に驚かれるもん。恥ずかしいよ」
「別に良いだろ? 番なんだから」
「そういう問題じゃないの!」
春陽の言う、"世間一般"が、たまに陽月には理解出来ない。本当なら、一分たりとも離したくはないのに。
春陽が指定した公園に到着する。
「じゃあ行って来ます」
そう言って降りようとする春陽の腕を引いて、陽月は口付けを送る。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
春陽からも口付けを返す。
加谷が車のドアを開けた。外の空気が、車内に流れ込んでくる。
長い髪を揺らして、春陽は明るい光の中へ飛び出して行った。
―『Magic Life』END
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