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第12話
〈第十二話〉
夕食が終わると、陽太は春陽を呼んだ。
珍しいな、と春陽は思う。いつもはどちらと過ごすか、春陽の希望を優先してくれる。
陽太は変わらず穏やかな笑顔なのだが、少しだけ棘がある気がする。……自分はまた何かやらかしたのかもしれない。春陽は少しだけそわそわした。
それでも、いつも通りの優しいコマンドで春陽を満たしてくれた。気持ちよさに溶けてゆく思考の片隅で、今日はどうしてくれるんだろう、と期待する。このまま寝かしつけてくれるのか、それとも抱いてくれるのか……。
「春陽」
陽太の声に顔を上げる。にこり、と陽太は笑っていた。
「春陽が本当にしたいこと、しようか」
「っ、え……?」
「陽月を誘っておいで、春陽」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。けれど、言いたいことは分かった。三人でしよう、と陽太は言うのだ。
「え……さ、誘うの? 陽月も?」
「そうだよ。春陽が誘うんだよ」
「な、なんで……」
聞き返すと、なんで? と陽太に同じ事を聞き返された。
「はるはもう分かってるんだよね? 僕だけじゃ、ひいだけじゃ、もう満たされないって」
冷静に心の内を見透かされる。心臓がばくばくと煩くて、ギュッと鷲掴みされたように痛い。
「だから言ったよね? "いいの"って。"最後までしたら、もう戻れないよ"って」
「あ……」
「僕とヤったら分かったでしょ? 僕とひいの違いが。はるにとっては同じかもしれないけど、違うんだよ、僕たちは」
初めて繋がった時の、陽太の言葉を思い出す。あの時はただ繋がりたい欲が優先になっていて、思考が仕事をしていなかった。
陽太と最後まで繋がらなければ――肉体的に、陽太から与えられる快楽を知らなければ、少なくとも、オメガ性が「足りない」と叫ぶことはなかった。陽太にはそれが分かっていたから、敢えて抱かずにいてくれたのだ。
それなのに、春陽自身がその境界線を破って混濁させた上、陽太も陽月も巻き込んで、一人で不満を生み出してしまったのだ。
「ごめ……ごめんなさい……」
ぽろ、と春陽が涙をこぼす。
「ごめんなさい……おれ、二人を傷つけちゃった……」
何度も謝る春陽の背中を、陽太は優しく撫でた。
春陽の性は、扱いがとても難しい。遅かれ早かれ、きっと分離は始まっていたのだ。けれど同時に、両方を満たす方法があることも。またそれを避けて通ることが出来ないことも分かっていた。だから、陽太は提案する。
「二人で足りないなら、三人でしたらいいんだよ? 分かるよね?」
こく、と春陽が頷く。良い子と、いつものように陽太は春陽の頭を撫でた。
「じゃあ、はるがひいを誘っておいで。大丈夫、ひいも断ったりしないから」
陽太に言われた通り、陽月を誘うために部屋の前に立った。ノックしようと手を上げたけれど、躊躇してやめてしまう。
まるで、あの夜と同じようだ……。あの時も、この扉を叩いてしまったら、もう後には引けないと思っていた。純情な自分でいたいと思っていたのに、どうしてこうも、欲に溺れるようになってしまったんだろう。
ちら、と視線を投げると、陽太が笑っている。絶対に逃さない、と、そう言われている気がした。
コンコン、と静かに扉を叩く。陽月が扉を開けた。いつもなら「どうした?」と聞いてくれるのに、陽月は何も言ってはくれなかった。
「……あ、あの……」
「ん?」
陽月は真っ直ぐに春陽を見つめてくる。その瞳が好きだった。なのに、今夜は少し……怖い。
「あの、さ……あの……」
さんにんで、しよう?
と唇が勇気を出した。心臓の音が煩くて、声になっていたかは分からない。
陽月はそっと春陽を抱きしめる。
「春陽がいいなら、いいよ」
と言ってくれる。また、ぶわりと春陽の瞳が涙で揺れる。
自分が全部悪いのに、こんな自分でも愛してくれる二人が愛しかった。
全部満たされたい、と願ってしまった。そんな卑しい春陽の願いも、二人は叶えてくれる。
陽太のコマンドで脳内を溶かされ、陽月の愛撫で全身を溶かされる。不覚にも、怖い、と口にしてしまった。一方との行為でさえちゃんと満たされるのに、それを同時に受けたらどうなるか、少し考えれば分かる事だったのに……。
「も、もういい、やめるっ」
拒否を口にすれば、
「大丈夫だよ。怖くないから」
と陽太に諭され、
「まって、それ、やだっ」
逃げ出そうとすれば、
「大丈夫。優しくするから」
と宥められる。
どちらから与えられる快感の方が強いのか分からなくなって、どの性が反応しているのか分からなくなってくる。
「あっ、イク、イクッ……――っ!」
陽太に唇を塞がれ、陽月に最奥を突かれながら達する。はあはあ、と息をして、ぐったりと沈む春陽の耳元で、上手にイけたね、と陽太は褒める。
ああ、嬉しい……と思ったのも束の間、陽月がぐい、と春陽の腕を引いた。陽太の腕の中から、陽月の腕の中へ。驚いて見上げると、自分と同じ色の瞳が笑っていた。
《《交代》》
陽太と陽月のコマンドが、同時に春陽の中へ流れこむ。一瞬にして、自我が書き換えられるような感覚。ざあっ、と強風が巻きあがるのに、恐ろしいくらいにすとんと凪ぐ。
「さあ、試してごらん春陽」
「どっちのコマンドがいいか、春陽に分からせてやるよ」
陽月、と呼ぶ自分の声が、いつもよりも甘い気がする。陽月のspaceに入れられている事は分かった。
陽月は、いつも陽太がしてくれるように、優しく命令してくれる。
怖くはない。好きだし、ちゃんと気持ちだって良い。けれど、やっぱりどこか違うのだ。
同じように、春陽の子宮の入り口に触れる陽太の熱も、好きだし、ちゃんと気持ちだって良い。けれど、違う。
春陽はぼろぼろと涙をこぼす。ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返し、体を震わせた。
「ごめんなさい……違うのは、嫌だっ……!」
二人とも春陽の本物なのに、二人とも本物じゃなかった。オメガ性にとっては陽月、ダイナミクス性にとっては陽太、これは揺るぎない真実で、逆転するのは違うのだ。
大好きなのに、違うから気持ち悪い。早くもとに戻りたい。それぞれの中へ、自分の正しい方へ堕ちていきたい。
《戻っておいで》
陽太のコマンドが、混沌の中からふわりと春陽をすくい上げる。
「怖かったね。もう大丈夫だよ」
「陽太さんっ」
「ちゃんと違いを理解して、偉いね、春陽」
ぽんぽん、と背中を優しく叩かれる。これでもう二度と、間違えることはないだろう。
ほっ、と息を吐く。と、陽月の手のひらが春陽の体を撫でた。
「分かったなら、体はこっち」
陽月が求めてくれている。それが嬉しくて、体を寄せようとした。けれど、こともあろうに陽太がそれを静止する。
「俺に背を預けたまま、体開いて」
「っ、え?」
ほら、こう。と陽太は春陽の両足を陽月の前で割ってみせた。陽太のモノでは満たされなかったそこが晒される。
春陽は慌てた。だって陽月とする時だって、こんな痴態を晒したことはなかったから。「恥ずかしい!」と叫びだしそうになる唇が、陽月によって塞がれる。キスをしながらも、陽月は開かれたそこへ指を這わせた。
頭が痺れるようなキスをして、とろっ……、と溶け始めた意識に、二人の声が響く。
「陽太、本当に性格悪いよな」
「俺は可愛い春陽が見たいだけだよ」
「……後悔するなよ?」
「いいね、どっちが先にイかせるか、勝負する?」
瞳が虚ろとなる。このまま眠ってしまった方が幸せかもしれない、と春陽は思った。けれど……それは許して貰えない。
陽月が与えてくれる快感に飛びそうになると、陽太のコマンドで呼び戻された。
誰の愛撫で、どこがどんなふうに感じて、どう思っているのか、「答えて」と、現実を認識させられる。
苦しいのか、嬉しいのか、春陽の口からは矯声しか出てこない。きもちいい、しか言葉が出ない。
犬みたいに這いつくばって、腰を振って、絶頂を願って、快楽によだれを垂らす。
口内で陽太を感じて、子宮で陽月を感じた。思考で陽太を感じて、身体で陽月を感じた。
ぜんぶが一つになる……ちぐはぐだったものが、一つに繋がる――
三人同時に欲を吐いたその瞬間に、春陽は見たこともない世界を見た。
※※※※※
すうすう、と規則正しい寝息が静かに聞こえる。
「何で春陽に誘わせたわけ?」
春陽の顔に掛かる髪を、優しく指先で退けなら、陽月は陽太に問う。
「てっきり陽太が連れてくると思ってた」
扉を開けた時に立っていたのは春陽だった。少しだけ桃色に虚ろいでいる瞳が、春陽が陽太の手の内にあることを物語っていた。
「だって、僕たちをその気にさせたのは、はるでしょ?」
「そうだけどさ」
ごめんなさい、と泣かせるのは、少し違う。
「可愛いじゃない。はるの泣き顔」
それに対しての異論はない。どんな春陽でも可愛いのは間違いないから。
「笑った顔の方が可愛いよ」
「それは当然」
二人話をしていると、春陽が、うぅん……と寝返りをうった。仰向けになって、両方の手をぱたぱたと動かす。何かを探すその仕草に、陽太も陽月も、同時に片方ずつ手を取った。ぎゅうっと春陽がそれを握りしめて、安心したように口元をほころばせる。
あ~~~かわいいっ!! と二人同時に春陽に心服した。
※※※※※
春陽が目を覚ますと、いつもの自分の部屋だった。
眠い目をこすりながら体を起こす。何だか三人でセックスするような、とんでもない夢を見た気がする。
「「おはよう」」
陽太と陽月の声が、重なって聞こえた。
あれ……、と春陽は思考を巡らせる。
「はる、昨日の感想は?」
「満足出来たかよ?」
こんなにも朝の光が爽やかなのに、二人の笑顔も爽やかなのに、届いた言葉はまだ夜の色を纏っていた。
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