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第11話

〈第十一話〉  あの三人の関係性は傍から見ると非常に奇妙だと、倫は思う。二人だけの関係性でも縺れることも多々あるというのに、あの三人は絶妙なバランスで、縺れることなく関係性を構築している。  それは、春陽という絶対的な軸があるからだ。陽太も陽月も、春陽に対してのテリトリーが明確で、ともすれば、相手のテリトリーには絶対に踏み込まない信頼感があった。  ……まさかそれが裏目に出るなんて、誰が予想しただろうか。 「倫さん、俺とっても駄目な奴かもしれません。いっそのこと殴ってください」  ある日の定期カウセリングで、春陽は倫に言った。 「待ってね、はるちゃん。はるちゃん殴ったところで、俺に何の特があると思う?」 「……ドSな自分を発見できます」 「ごめんね求めてないわ」  机にペッタリとほっぺたをくっつけて、春陽は傷心しているようだった。 「何があったの?」  倫が聞くと、春陽はゆっくり体を起こす。 「聞いてくれます?」 「それが俺の仕事だからね。大丈夫、誰にも言わないよ。患者さんとの話は他言無用だから」  ね? と倫が促すと、春陽はおずおずと口を開く。 「あの……ですね……なんか、足りなくて」 「何が?」  春陽は非常に言いにくそうに視線をあちこちに流す。言葉を探しているのかもしれないと倫は思った。そしてついに 「どっちかだと物足りないんです……」  と春陽は吐いた。  春陽にとって、陽太に抱かれたいと思うのは、ごく自然な感情だった。  途中までではない、最後まで、陽太とも繋がりたい。  そもそも、なぜ陽太は自分を抱いてくれないのか。「恋人を前にして手を出さない事あるか?」という陽月の言葉が、少しだけ春陽の心に影を落とす。  陽太にとっては、自分はそこまでに値する価値がないのかもしれない。無論、陽太に愛されていることは重々理解している。      もしくは、陽太自身がそういった意味で春陽を求めていないのかもしれない。  それでも、春陽は陽太さえも求めてしまう。  行為を含んだPlayの時、春陽は意を決して言葉にしてみた。驚いた顔の陽太を直視することが出来ず、春陽は目を伏せる。 「あ、あの……ごめんなさい。陽太さんが嫌なら、無理にとは言いません。完全に、俺のわがま「いいの?」  強く、春陽の言葉を遮って、陽太は聞く。 「最後までしたら、もう戻れないよ? 春陽は、それでもいいの?」  はっきりと、春陽の意思を確認するように陽太は言った。陽太の言葉の意味を深く理解しないまま、春陽は静かに頷く。  直後、春陽の体が反転する。背中にシーツの柔らかさを感じて、押し倒されたのだと分かった。 「ひなっ……」  名前を呼ぶより早く、唇が塞がれる。いつもと違う、求められるような口付けは、男の香りがした。 「後悔するなよ」  陽太はそう釘を差して、春陽を抱いた。  さすが大人なだけあって、陽月とは違う意味で濃厚なセックスだった。  決して意地悪ではないのだけれど、陽太の支配欲が強く出ていたように思う。弱いところを必要に攻められ、何度も絶頂を迎える。 「あっ! ひ、ひなっ……も、い……」 「誘ったのははるだろ? ほら、ちゃんと最後まで付き合ってよ」 「あっ、あ、……――っ!」 「俺のかたちも覚えて。忘れるなよ」  いつもの優しい陽太はそこになく、兄の顔でも、Domの顔でもなく、ただのαとΩとして……お互いを激しく求め合うような重なりだった。陽太と繋がれて、嬉しかったのは確かだ。  けれど、陽月とはやっぱり違う。快感はある。抱かれる気持ちよさも。けれど、満足感が足りないのだ。  ならば、逆に陽月とPlayをするとどうなのだろう、と些細な好奇心が春陽に芽生えてしまった。  陽月とPlayがしたいとはっきり言っても良いけれど、恐らく受け入れて貰えないような気がした。陽月は誠実だから「それは陽太の役目だろ」と、はっきり言われそうなのは予想出来た。  ならば、自分から陽月のspaceに入ってみてはどうかと考えた。陽太のspaceに無意識に入れるのなら、意識すれば陽月のspaceにも入れるのではないか、と安直に考えた。  結果的に、出来たは出来たのだけれど、やはり陽太ほど、心は満たされなかった。  結果春陽は、オメガ性は陽月でないと、ダイナミクス性は陽太でないと、とはっきり『理解』するかたちになった。つまり、一方の自分が満たされていないことに気がついてしまったのだ。  Subとして満たされている時はΩの自分が、Ωとして満たされている時にはSubの自分が、「満たされない」と文句を言う。  でも、それはしょうがないと分かっている。求める性質が違うのだから。……分かっていながら、それでも……両方満たされたい、と願うようになってしまった。   「はるちゃん意外と行動力あるね」  倫は素直に賛辞を送る。 「そもそも、試してみよう! でspaceに入れるの? どうやって?」 「その……本当に陽月のspaceに入れたかは、正直分からないんですけど。……俺がモードを変えたって言うか……ちょっと、そっち寄りに意識したというか」  辿々しく言うけれど、それはかなり高度なテクニックだと倫は思うし、何より意識して変えれるものなのだろうか……?  しかもそれを、何となくですけど、と春陽は言った。 「それぞれ、"こうなってると良い!"っていう感覚があるから、そこを目指せば出来るんじゃないかなぁって」  つまりは、感で、と春陽は言う。陽太といい、陽月といい、春陽といい、一体この家族はどういう能力を有しているのか。常識の範疇を超えている……。全く以て恐ろしい。 「もし本当にそれが出来るなら、学会で発表出来るレベルだよ」  すごい発見になるかもしれない、と倫は思った。   ※※※※※※※  陽月は少しだけ早足でリビングに向かっていた。先程、廊下で雅明とすれ違った。ということは、陽太は家にいるはずだ。  春陽は倫と定期的なカウセリング中。ともなれば、陽太も自分と同じように一人でいるに違いない。  部屋か、とも思ったけれど、感覚的にリビングに居そうだと思ったのだ。予感は的中した。  テーブルの上に雑誌を広げながら、陽太はコーヒーを飲んでいた。陽月は何も言わず、向かいに座る。  いや、言いたいことはあった。けれど、どう切り出していいか分からなかった。  それは、恐らく陽太もだろう。言いたいことがありそうな視線を投げてきたけれど、また雑誌に戻してしまった。  二人の間に、しばしの沈黙。それを破ったのは陽太の方だった。 「はる、困ってるね」  と、ただ一言。陽月は緊張の糸が切れたように息を吐いた。 「やっぱり陽太も気づいてるよな。はるのアレ」 「いや、もう……びっくりしたよ。はるがあんなにも探究心があったなんて」  あの陽太ですら頭を抱えている。そのことに陽月は多少安堵した。つまりは、陽太でさえ完璧に春陽を満たせていないのだ。 「この前、はるが自分から俺のspaceに入ってきて、マジでビビった」 「え? あの子そんなこと出来るようになったの?」 「陽太が教えたんじゃないのか?」 「教えるわけないだろう。そんな危険な行為」  ともすれば、春陽が独自に学んだことなのだ。声にはしなかったけれど「怖……」と二人同時に思った。 「俺もねぇ、出来ないわけじゃないけど、ひいと同じ温度を求められると困る」 「でも可愛いだろ?」 「可愛いよ。可愛いけど、終わった後にさ、あーなんかちょっと違うなって顔されると、さすがにね……。……笑うなよ」 「いや、ごめ……、想像したらおかしくて」  「ひいだって同じような顔されるくせに」 「されるよ。腹立つから、意識トぶまで抱き潰すけど」 「元気があっていい事で」  なんて、二人で笑いあう。こんな悪態をつくことになるなんて想像していなかった。春陽を軸に、陽太と陽月の関係も変わってきてる証拠だ。 「で、どうしようか」 「どうしようも何も……」  答えは一つしかない。それは恐らく、お互いに分かっている気がした。  ピピピ、と陽太のスマホのアラームが鳴る。休憩時間は終了なのだろう。雑誌を閉じて立ち上がる。 「ひい、今夜の予定空けておいて」 「ん、分かった。誘導任せていい?」 「もちろん」  そう言って、陽太はリビングを出て行った。  一人残った陽月は、大人しく春陽の帰りを待つことにした。

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