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第10話
〈第十話〉
家に戻っても、春陽の意識はどこか虚ろとしていた。
アパートでのあれは何だったのか……。明確な行為があった訳ではないのに、確かにイった感覚があった。
「ぅゔ〜〜ん……」
唸り声を抱きしめた枕に吸収させて、春陽はベッドに倒れる。思い出しただけで顔から火が出そうになるし、正直なところ、今になって物足りないと疼くのだ。
車内から部屋まで、陽太と雅明に荷物を運んでもらった。その後、二人はすぐに出かけて行った。「今夜は遅くなるからね」と陽太が言ったので、無言で頷いたのを覚えている。
部屋で一人きりになって、やっと自分の感覚が戻ってきて……現在に至る。
さっきのはなに? と聞いておけばよかったと思う反面、聞かないほうがいいかも、とも思ったり。とにかく、人生で初めての体験だった。陽太は、「楽しい思い出を作ろう」と言ったけれど……。
「楽しかった……のかな……?」
記憶に残る、とするなら、二度と忘れないと思う。それより、
「……これって……浮気?」
いや、そもそも何をもって浮気とするのかが分からない。
例えば、肉体的な関係をもってしまえば浮気だとするなら、浮気ではないだろう。挿れてはないのだから。でもそういった行為があれば浮気になるなら、アウトなのではなかろうか。
それとも、倫が言ったように『性質や求めるものが違う』から、陽太とのそういったPlayの延長線上なら、体の関係になっても問題ないのか。逆に、陽月とそういったPlayも問題ないのか。
分からなさすぎる。そもそも自分の性質が複雑すぎるのが悪い。よりによって、なぜ二つとも劣等なのか。どちらか一つくらい、ノーマルでも良いじゃないか。
……でも、一つしか持ってなかったら、どちらかしか選べない。陽月か、陽太か。
「それは違うんだよ……」
だって二人とも好きなのだから。
コンコン、とノックの音が響く。
「ふぁいっ!!」
驚いて、変な声で返事をしながら飛び起きると、陽月が顔をのぞかせた。
「いや、何その返事?」
明らかに笑いを堪えていて、春陽は赤面する。「ちょっと驚いたの」と不貞腐れながらも、陽月のそばへ。
「おかえりなさい」
「ただいま」
抱擁も日課になった。こんな小さな幸せも、春陽にとっては大切な日常になりつつある。
「荷物は取って来た?」
陽月の問いかけにドキリとした。今日の予定を伝えていたのだから、聞かれるのは当然なのだけれど。
「うん、取って来たよ」
「何も問題なかったか?」
「………………その質問については、お口チャックでお願いしたい」
「何でだよ」
「俺だって聞いてほしいけど、なんて説明していいかわからないんだよぉ……」
赤面を隠そうと、両手で顔を覆う春陽を見て、陽月は何となく察しがついた。
「陽太とヤった?」
「ヤッ、えっ!!??」
あまりにも陽月が平然と聞いてくるので、春陽の方が驚いた。
「だって陽太も男だろ? 恋人を前にして手を出さない事あるか?」
それは春陽にとって、非常に衝撃的な言葉だった。ピシャーンと雷が落ちたみたい。そこも含めて陽太との関係性を許されていたとは、春陽の知らない世界である。もしかしたら、上流階級では、それが当たり前なのかも……?
「この世界って浮気公認なの?」
「この世界って、どの世界だよ?」
「上流階級の世界?」
「別に浮気が公認されてるわけじゃないけど。……で、どうなんだよ?」
さらりと話を戻されてしまう。春陽は俯いて、照れたような、困ったような表情でアパートでの一件を話した。
「……ってことがあって」
話し終えて陽月を見ると、複雑な顔で視線を横に流している。さすがに驚くよねぇ、と春陽は思った。が、
「いや……流石だな。コマンドだけでイかせるなんて早々出来ないぞ」
なんて賛辞をこぼすものだから、相談した相手が悪かったのかも、と思った。
三人でいて、ふと感じる事がある。陽月と陽太には、春陽の入れない空間というものがある。……要するにブラコンなのだ、お互いに。
なんだか「浮気になるのかも」なんて心配した自分が馬鹿みたいだ。春陽は思わずため息をつく。と、急に陽月に抱き寄せられた。
「それで? 物足りなかった?」
「……っえ?」
「ここ」
とんとん、と陽太がしたように、陽月もそこを叩いてみせた。どうしてそういう所は似ているんだろう!?
「べっ、別に、物足りなくなんか……」
「本当に?」
耳元で聞かないで欲しい。忘れていたのに、思い出してしまう。
陽月のいじわる、と上目遣いでこぼす。可愛い、とキスをくれた。
このまま抱いてくれるのかもしれない……そう期待した矢先、扉がノックされた。
「陽月様、春陽様、ご夕食の用意が整いました」と、外から声が掛かる。
「残念」と陽月は笑った。絶対にそう思っていない様子で。対して春陽は「残念」だった。
※※※※
夕食を終えると、このまま部屋に来る? と誘われた。
「お、お風呂……入ってから……」
もごもごと返事をすると、「じゃあ上がったら来て」と陽月は続けた。
「部屋で待ってる」
排水口に吸い込まれる湯を、ぼーっと見つめた。
体はもうきれいに洗った。いつでも上がることは出来る。けれど、なかなか出られずにいるのは、それを考えただけで体が反応してしまっているから。……お世辞にも大きいとは言えない春陽のペニスが、のそり、と天を仰いでいる。
「俺って、こんなにエロかったっけ……」
以前は、仕事でなければ体を差し出すなんて、死んでもごめんだと思っていた。
けれど、今は違う。体が陽月を求めて止まない。
興奮する息子を何とかなだめ、春陽は陽月の部屋へ向かった。ノックしようと手を上げたけれど、躊躇してやめてしまう。
この扉を叩いてしまったら、もう後には引けない。散々体を売ってきたのだから今更かもしれないけれど、陽月の前では純情な自分でいたいとも思う。早る気持ちと、緊張した気持ちが同居して、心臓がバクバクと煩い。
ええい!どうにでもなれ! と思いきってドアをノックすると、それはすぐに開いた。
その、叩いたまま止まっていた手を引かれ、春陽はするりと陽月の部屋へ入り込む。ぱたん、とドアが閉まる音を背に聞いた。ダンスを踊るかのように優雅に抱き寄せられ、すぐに唇がふさがれる。
「ひづ、……ん」
名前すら呼ばせてもらえないくらい深い口付けを交わすと、それだけで体が熱くなる。惜しむように離れた唇からは、唾液が線を引いた。ぴたりと重なる陽月の鼓動が心地良い。
会話もないままベッドに倒れこんで、まだ足りない、とキスをせがむ。器用に衣服を脱がされると、もう反応を示しているペ二スが、ひょっこりと顔を覗かせた。
「可愛い」
陽月はクスッと笑って、先端に口付けた。久しぶりに与えられる行為に、春陽は体をびくつかせる。
「まだしないよ。他をゆっくりと楽しんでから」
きれいに微笑むその顔を、やっぱり意地悪だと思った。
陽月は宣言通り、時間をかけて春陽の全身に触れる。唇が体中を這う度に、体が熱を帯びてをいく。声を抑えようと口元を隠す手を、陽月はそっと取り払った。
「声、聞かせて」
「でっ、でも……」
「春陽が素直に感じてくれてる方が嬉しい」
「……変な奴、とか思わない?」
「なんで?」
「いろんな人と散々シてきたくせに、今更恥ずかしがるとか、おかしいとか思わない……?」
怖ず怖ず尋ねると、どこが? という顔をされた。
「俺以外の男にされて悦ぶなら気に入らないけど、俺なら特別だろ?」
特別――。そう、きっと陽月だけだ。こんなに求めてしまうのも。
「俺とするのが、一番いいだろ?」
春陽は迷いもなくうなずく。
「なら嬉しい」
陽月は春陽の頭の代わりに、ペ二スの頭を誉めるように撫でた。
陽月の手の温もりに、懐かしささえ感じる。少しの間放っておかれた春陽の体は、意図も簡単に蜜をこぼして果てた。我慢の出来ない自分が情けなくて、恥ずかしい。
閉じようとする脚を広げて、陽月は春陽の股間へ顔を寄せた。ねっとりと絡みつく舌と、温かくて狭い口内に弄ばれる。またもイきそうになると、陽月はスッと唇を離してしまった。それがすごくもどかしくて耐えられない。
「陽月止めないで……。止めちゃ嫌だよ……」
「じゃあこのままイく? それとも俺の入れてからにする?」
陽月から与えられる選択肢。そんなの聞かなくったって決まってるのに。
「陽月の欲しい」
だって、一緒に気持ちよくなりたい……。
春陽のそこは慣れたように口をパクパクさせて「いつでもどうぞ」と言っているようだった。
陽月の指が確かめるようにそこを撫でた。てっきり、すぐにでも陽月のモノを挿れてもらえると思っていた。けれど陽月の指は、そのままいやらしい音を立てて春陽の中へ侵入してしまう。
「少しだけ慣らそうな」
響かせる声は優しいのに、内壁を撫でる陽月の指はちっとも優しくない。あの一件から出来上がったままの春陽の体は、軽く揺さぶられるだけで快感を得る。イく、と甘い声を上げながら体を震わせた。
「ここ、好きだろ?」
「うんっ……」
もっと触って欲しくて、春陽自ら腰を揺らそうとした。けれど、
「はい。そろそろおしまい」
にこ、と笑って陽月は言い、指を抜いてしまう。物を失った春陽のそこは、困ったように穴を広げたままヒクヒクしてる。
そうして、陽月のモノがあてがわれて……。
「――っ! あぁんっ」
奥まで入ってくる陽月を、息を逃がして受け入れた。力は抜いてるはずなのに、陽月にキュウと纏わりついて、すぐにイってしまう。陽月は迷うことなく、春陽の感じる所をこすってくれる。
「……春陽の中、キュウキュウだな。そんなに欲しかった?」
「あ、やっ……イくっ――!」
返事はそれで十分だった。息が上がって、空気を求めてぽっかりと開いた春陽の唇を、陽月は塞ぐ。
「春陽、上になって。出来るだろ?」
陽月に言われて、春陽はのそりと起き上がり、陽月の上に跨った。何度も陽月を欲しがる身体が、恥ずかしさも忘れて腰を沈める。
その後は、もう早い。全部自分のペースで腰を振って、陽月を味わう。陽月の手のひらは春陽の胸を撫で、尖った乳首に与えられる刺激が子宮にも伝わって、信じられないくらいに気持ちいい。
「っあ、陽月、イク……、イクっ……――!」
背を仰け反らせて春陽は果てる。半分放心状態の体を、陽月が下から押し上げた。
怖いくらいの快感に気が狂いそうになる。
「待って陽月っ! こ、怖いっ! おかしくなるっ!」
涙が零れて声が上擦る。それなのに陽月はちっとも動きを緩めてくれない。優しく手を握って、指を絡ませてくる。
「おかしくなってもいいよ。俺の番だから」
大好きな笑顔。目の前が涙で曇るせいで見えなかった。
何度も達して、荒い息を繰り返す春陽の身体を反転させ、正常位に戻る。陽月の暖かな腕に包まれると、それだけで春陽は安心出来た。
もともと一つ。二つに分かれてしまったものが、また一つになろうとする。
「春陽、大好きだ。愛してるよ」
「俺も……俺も大好きっ!」
心も、体も、魂までも。不思議なチカラに導かれて、ひとつに戻ろうとする。それはとても尊くて――……
「あっ、やだ……、また、イク……」
「春陽、いっしょに……ッ」
吐いた熱も、声も、同時だ。一緒に果てるのがこんなにも幸せなことなんだって、春陽は初めて知った。
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