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1-エピローグ

春先の夕空に立ち上る黒煙。 「消防車はまだか!?」 普段は長閑であるはずの住宅地の一角、近所の人々が集まり、固唾を呑んで見つめる先には一軒の住宅があった。 火事だ。 二階建て住居の屋根からは煙が噴き上がり、閉められた窓越しには揺らめく炎が見えた。 「うそ……!」 どうやら買い物に出ていたらしい住人が帰宅し、我が家の惨状を目の当たりにして絶句した。 「な、中に子どもが……子どもがいるんです……!!」 悲痛な叫び声が夕闇に響いた次の瞬間、割れた窓ガラス。 中へ戻ろうとしていた母親も、彼女を押さえていた近所の人々も愕然とした。 ようやく聞こえてきたサイレン。 しかし中に残されているという子どもは無事なのか――。 「――出てきたぞ!!」 開け放たれていた玄関から飛び出してきた人物がいた。 近隣に構える高校の制服を着用し、煤けた頬、煙が充満する家の中でなるべく呼吸を控えていた彼は大きく息を吐き出す。 その腕の中には。 ねこがいた。 小さな子ねこだった。 「ああっ……よかった……!」 近所の人々と共に駆け寄った母親は彼から受け取った子ねこに頬擦りする。 すると。 三毛の子ねこは母親の腕の中で見る間に女の子の姿へと変わった。 「ままぁ……こわかった……」 三毛の耳、三毛の尻尾を生やした女の子からも頬擦りされて、先程までなかった【けもの耳】を同じく生やした母親は涙した。 「ここは危ない。みんな、もう少し離れよう」 自分の周りに集まる人々より頭一つ分飛び出した、すらっとした長身、黒髪の彼はよく通る声で言う。 「御社のおぼっちゃんだ」 「またご立派になられて」 「希少な純血としての迫力が増していらっしゃる」 近所の人々が彼の活躍ぶりを褒め称えている内に消防車が到着し、消防団員による消火活動が始まった。 (……よかった……) 騒然とした現場から少し離れたところに立っていた草ノ間夕汰(くさのまゆうた)は肩の力をやっと抜く。 学ランの下にベージュのセーターを着込み、スニーカーを履いて、肩からスクールバッグを提げた男子高校生は張り詰めていた表情を緩めたかと思えば。 (はっ……窒息するところだった!) 煙で噎せた……わけではなく、我を忘れて見守る余り、うっかり呼吸も忘れていたためにゴホゴホと咳き込んだ。 「本当にありがとうございます……!」 鳶色の瞳を頻りに瞬きさせ、夕汰は、我が子を掻き抱いた母親に頭を下げられている相手を遠慮がちに見つめる。 (御社くんってやっぱりすごい) 御社丞(みやしろたすく)。 夕汰と同じ高校に通う、学年も同じ一年生であった。 この神渡島(かみとしま)を昔から治めている御社一族の次期当主候補。 【ひと】との混種(こんしゅ)が多い現代において類稀なる純血の【化けもの】だ。 184センチの長身ですらりと長い手足。 凛とした上がり眉に夕闇を真っ直ぐ射貫く藍色の瞳。 しなやかな体が纏う詰襟の制服は上まできっちりボタンが留められていた。 (声が聞こえたからって、燃えてる家に飛び込んでいくなんてヒーローそのものだ) 下校していた夕汰は騒ぎを聞きつけて火事現場に向かい、人々の制止を振り切って家の中へ飛び込んでいく丞を目撃していた。 「御社くん、すごい」 いつも自信なさそうにしていて、輪の中心ではなく外れにいがちな控え目な性格をした夕汰は、ぽつりと呟く。 まだ頭を下げ続ける母親を前にしていた丞が不意にこちらを向き、目が合うと、慌てて回れ右をしてその場から離れた。 そう。 同じ学年ではあるが丞とまともに話をしたことなど、ないに等しかった。 混種であり、ありとあらゆる場において平均値を担う【ひと】よりも何かと若干劣る、突出した能力もない夕汰にとって、純血で才能溢れる超優等生の丞は遠い存在であった。 (……本当ならおれも駆け寄って声をかけるべきなんだろうけど……) いや、また別のある理由により、遠い遠い存在だった。 むかし、むかし。 【ひと】と【きぞく】が争っていた。 強い【きぞく】に屠られる弱い【ひと】を神様はあわれんだ。 そして神様は【ひと】のために【化けもの】をつくった。 【ひと】と【けもの】をかたどってつくられた【化けもの】は【きぞく】を討ち倒して【ひと】に平和をもたらした。 そして【ひと】と【化けもの】は共に生き、共に死に、共に人生を歩んだ。

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