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2-1-御社丞

神渡島を治める御社一族の祖は神によって最初につくられた【化けもの】と言われている。 【ひと】との交わりによって【化けもの】の血が薄れつつある昨今において、古来より【化けもの】同士の交わりを重んじている御社一族は確かに純血を保つ数少ない一族であった。 【化けもの】誕生の地とされているそんな神渡島は、実のところ観光業や漁業が盛んな有名観光地でもある。 本州とは海峡を横断する吊り橋で繋がっていて行き来しやすく、リゾート開発された沿岸部にはホテルが建ち並び、夏になればたくさんの観光客が連日訪れる。 日本の離島において広さも人口も上位に位置しており、教育施設はもちろんショッピングモールやアミューズメント施設にも事欠かない。 【ひと】を助けるため、この世に生を受けた【化けもの】誕生の地は常にオープン、外部の者に対しても友好的で大規模に切り拓かれてきた。 ……ただし島民でも立ち入り禁止、一部の者しか踏み入ることができない禁域とされている場所もあった。 「御社君、昨日はすっごい活躍だったんだって!」 「火の中に飛び込んで【化けねこ】のこどもを助けたんでしょ?」 「かっこよすぎる……」 「もうアメコミとかヒーローマンガのレベルじゃん」 自宅から徒歩で学校へ向かう夕汰は通学路にて丞への賛辞が絶え間なく耳に入ってきて改めて感服する。 (やっぱり御社くんって島一番の有名人だ) この神渡島へ夕汰がやってきたのは丁度一年前のことだ。 両親の離婚がきっかけだった。 【化けもの】の血を引く父親と共に何度か遊びにきたことのある実家へ、【ひと】の母親に別れを告げて高校入学と同時に新しい暮らしをスタートさせていた。 (この島って混種が多い) 本来ならば【ひと】と混種の人口比率は五分五分だ。 しかし、さすが【化けもの】誕生の地と言われている島なだけあって、神渡島では混種が圧倒的に多かった。 (そのおかげなのかな、この一年でおれの体の具合もかなり良くなった) 以前は病気がちで体の弱い夕汰であったが、引っ越してきてからは体調がみるみる良くなり、ひょっとすると神渡島には【化けもの】に恩恵を与える神秘的な力が宿っているのかもしれないと勝手に思っていた。 (ま、おれに流れてるのはほとんど【ひと】の血なんだけど) 「あ! 噂をすれば!」 高台にある学校へ続く緩やかな坂道を上っていた夕汰は顔を上げる。 はしゃぐ女子生徒越しに丞の姿が見えた。 気持ちよいくらい真っ直ぐに伸びた背中。 学年末の修了式を間近に控えた三月、早咲きの桜の木が薄紅色の花弁を穏やかに舞わせる中、小脇に学生鞄を抱え、磨かれた革靴で、颯爽とした足取りで校門を目指していた。 (後ろ姿だけでもかっこいいの、ほんと意味不明です) リュックを背負い、三十分近い道程を歩いて血色よく赤らんでいた夕汰の頬がさらに色鮮やかに染まる。 (昨日のあれ、不謹慎な言い方かもだけど、映画みたいだった) 昨日の出来事を思い返し、一人余韻に浸かっていたのだが。 「ねぇ、声かけてみよ……!」 「うん! 御社くん! おはよう!」 前ではしゃいでいた上級生と思しき女子生徒二人が小走りに丞の元へ駆け寄り、声をかけた。 丞はわざわざ足を止めると、振り返り、卒がない笑みを浮かべて彼女達と向かい合った。 「おはようございます」 言われた女子生徒二人も、周りにいた生徒も、その場にいた皆が「ほぅ……」とため息を洩らすほどの凛とした美男ぶりであった。 だが。 やや距離をおいて後ろを歩いていた夕汰に気が付くと、その笑みは僅かなヒビを許した。 れっきとしたマイナス感情の表れ。 ほんの一瞬のことで彼に見惚れていた周囲の生徒らは見逃したが、突きつけられた夕汰だけは否が応でも気づかされた。 「……今日は日直で色々とやることがあるので、失礼します」 女子生徒二人に律儀に告げると、丞は先程よりも早い足取りで坂道を上っていった。 「やばい」 「御社君の笑顔と桜の組み合わせ、よすぎてつらい」 真っ当な意味でつらい夕汰は俯き、先程よりも元気のない足取りで坂道を上る。 (ほんとにどうしてなんだろ) おれは御社くんに嫌われてる。 合同授業や廊下で目が合えば、いつもあんな顔をされたり、顔を背けられたり、する。 (入学初日からなんだ) 今でこそ安定しているが、引っ越してきた当初に体調不良を起こした夕汰は入学式を欠席した。 そうして周りよりも一週間近く遅れて晴れて高校生となった。 『ああ、御社君。こちらの草ノ間君ね、君と同じで新入生なの』 朝の職員室、まるで転校生のような扱いで担任になる教師と話していたら、用事で来ていた丞に紹介された。 ただでさえ緊張していた夕汰は今まで見たことのないレベルのかっこよさに圧倒され、なおかつ、純血の【化けもの】だと説明を受けて。 『っ……ど、どどど、どうもはぢめまちて……!』 思いきり挨拶を噛んだ。 丞は特に反応するでも気を遣うでもなく、無表情で浅く頷いただけだった。 それからというもの素っ気ない態度を一貫されている。 (初対面でやらかしちゃった……かな) ひ弱そうだし、挨拶噛んでるし、おどおどしてるし、生理的に無理で受け付けられない……とか。 (いやでも、あの人格者ヒーローな御社くんがそんなこと思うだろうか!?) 「御社くんにとってよっぽど苦手なタイプなのかも……ぷぅぷぅ……」 四月を迎え、今度は体調不良を起こすこともなく周囲と同じタイミングで夕汰は二年生に進級した。 「御社君と同じクラスだ!」 「やったぁ……きっと前世の私が徳を積んだおかげ……」 丞と同じクラスになり、クラスメートが一様に色めき立つ中、夕汰だけは浮かない顔つきで席につく。 秀でた能力を持つ混種に囲まれ、大人びた様子で和やかに談笑する丞を遠慮がちに横目で見、教室の片隅でやたらと縮こまった。 (おれのことが苦手な御社くん) 彼が嫌な気持ちにならないよう、その視界になるべく入らないよう、おれは可能な限り小さくなっていようっと……。

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