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「ゆーたくんってそんな猫背だったっけ~?」
「えっ?」
「最近、いつも姿勢悪いっていうか」
「そ、そうかなぁ……」
「ま~、一人だけ遅れて入学してきて、割とおとなしめでおっちょこちょいでうっかりなところあったけど」
(おれ、友達にディスられてる……?)
島にやってきて二度目の春。
自分を苦手としているだろう丞と同じクラスになり、彼のストレスが最小限に留まるよう、確かにおとなしめでおっちょこちょいでうっかりなところがある夕汰は前にもまして控え目になっていた。
そんなに苦痛ではなかった。
ただ丞のことを思うと申し訳なさでいっぱいになった。
(御社くんが快適な学校生活を送れるよう、おれは努力しないと)
前に失敗してるから、その分、もっと。
おれが非力なせいでお父さんとお母さんは別れたから。
『……夕汰のせいで……』
(おれのせいで誰かに嫌な思いをさせるのは、もう、嫌だから)
両親の離婚の原因は自分にあると夕汰は感じていた。
病弱な自分は共働きだった父と母のお荷物でしかなかったと、神渡島へ来て健康になった今、強く思うようになっていた。
(最初からもっと健康で学校をしょっちゅう休んだりしなかったら、迷惑かけてなかったら、お父さんとお母さんは離婚しなかったかも――)
「――危ない、ゆーたくん!!」
体育館での授業中、案の定、うっかり上の空でいた夕汰は顔面にバレーボールを喰らってしまった。
「ぷ……ぷぅぅ……」
友達や体育教師にまで心配されて申し訳なくなる中、涙で滲む視界に鮮明に飛び込んできたのは、腹立たしさすら見て取れる丞の顔だった。
「あいつ、去年島に来た奴?」
「俺達と同じ混種だろ? その割にどんくさいんだな」
「どの【化けもの筋】かな。ハムスターとか?」
「かたつむり筋とか」
(うう……笑ってるのは【化けへび】の金森(かなもり)くんと【化けぎつね】の白洲(しらす)くんかぁ……)
でも、うん、笑われた方がまだマシだ。
みんなが知らない、気づいていない、御社くんのイライラを突きつけられるよりも……。
「……先生、試合を始めてもいいですか」
ジップアップのありふれたジャージを一人スタイリッシュに着こなした丞が体育教師に伺うのを見、夕汰は項垂れる。
「ご、ごめん、試合を中断させて……」
丞は何も言わなかった。
夕汰が彼と会話を交わしたのは、去年の四月、朝の職員室の一度きりだった。
顔面はヒリヒリするものの、脳震盪を起こすほどでもなかった夕汰は友達の肩越しにコートの中心に目をやる。
再開された練習試合。
しなやかにジャンプシュートを決めて得点した丞の姿に夕汰は小さく息を呑んだ。
「御社君、かっこよ」
「純血の【化けもの】パワー。なんでも卒なくこなす完全無欠のヒーロー」
「屋上から校庭に着地できるらしいよ」
「マジか。おれだったら普通に死にますけど」
規格外の力を持つ純血【化けもの】一族の子孫が見せる能力に毎度ながら通常の混種達は惚れ惚れとする。
通常よりもやや劣る混種の夕汰も、華麗にスパイクを打って連続ポイントをとる丞に素直に見惚れた。
「俺にばかりボールを回し過ぎじゃないのか、金森」
「みんな見たがってるんで、丞君のプレー」
「同じコートにいると迫力あり過ぎて腰抜けそーだわ」
そう言う【化けぎつね】の白洲は、丞の迫力あるプレーを間近にして本当に圧倒されているらしい、いつのまにか黄金色の【けもの耳】と尻尾を出していた。
純血の【化けもの】が希少となっている今、混種も【ひと】との交わりを重ねて【化けもの】の血は大分薄れてきている。
そのために平静でいるときは限りなく【ひと】に近く、驚いたり怖がったり、本能や感情が揺さぶられたときは【化けもの】の片鱗が現れる。
(おれはしばらく耳も尻尾も出てないなぁ)
夕汰のように本能が揺さぶられても【ひと】のまま、すっかり【化けもの】の血が眠りについている【ひと】寄りの混種も珍しくはなかった。
「くしゅんっっ……あ、出ちゃった……」
クシャミして【けもの耳】をぴょこんと出した友達の【化けだぬき】に夕汰はふふっと笑う。
「御社君の耳や尻尾、見たことないよな」
「ないない。感情のコントロールが半端ないんだって、きっと」
「【化けもの】の血が濃い混種ほど【けもの姿】になりやすいって聞くし、レベチの御社君だと自制心ってやつが半端ないのかも」
「センセイだってなったりするのにねぇ。この間、校庭でGを見つけちゃった野牛センセイ、その場で【けもの姿】になってモーモー騒いでたよ」
「へ~。野牛センセイって【化けもの】寄りの混種だったんだ~。めずらし~」
(火事で助けられた子も【けもの姿】になってたな、そういえば)
【ひと】寄りの混種が過半数を占めていて【けもの】そのものの姿に変わる者はまぁまぁ少ない。
夕汰の父親も、父方の親戚も、これまで身近にいた混種は【ひと】寄りで【けもの】に変わることはなかった。
(御社くんはどんな姿になるんだろう)
神様によって一番目につくられた【化けもの】を祖とする御社一族。
純血同士の婚礼を重んじて脈々と受け継がれてゆく尊い血筋。
混種からも【ひと】からも崇められてきた正統なる島主。
(まるでおとぎ話みたいだ)
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