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見当違いの返答に夕汰が口をあんぐりさせている横で丞はふと足を止めた。
無人神社へと連なる古びた石づくりの階段の前。
体ごと階段の方を向いて、遠くを見つめるような眼差しで、自分自身が発情期になった場所に意識を傾けているようだった。
「……あの、やっぱり御社くんは悪くないと思う」
階段の上へ向けられていた丞の視線が下降する。
深みある藍色の瞳にどきまぎしつつ、夕汰はやや小声になって続けた。
「御社くんが発情期になったのは仕方なかったっていうか、避けられなかったっていうか。自分でどうこうできるものじゃないよね」
「……」
「なりたくてなったわけじゃない。混乱して、正気も失って……おれが初動を間違えていなかったら、御社くんが責任を感じることもなかった……おれが判断に迷ったせいで――」
中途半端なところで途切れた台詞。
学生鞄をその場に落とした丞にいきなり両肩を掴まれて夕汰は最後まで言い切ることができなかった。
「そんな悲しい言い方しないでくれ」
藍色の瞳に自分が映り込んでいるのが見えるのでは。
それくらい近い距離で丞に見つめられた。
「自分を貶めるような言い方は枷になる」
「か……枷……?」
「心を縛り上げて自由を奪う」
「……」
「もっと自分に優しくなってくれ」
大きな両手が華奢な肩を覆い、その温もりが制服越しにじんわり染みていく。
「それが難しいのなら俺が夕汰に優しくする」
丞の言葉に夕汰の鼓膜は震えた。
視界まで大きく波打ったような気がした。
(おれなんかに、そこまで言ってくれるなんて)
御社くんがいつも以上に眩しい。
藍色の目にダイブしてるみたい……。
「え、え、え。もしかして」
「キスしちゃう……?」
かつてないくらい至近距離で丞と向かい合っていた夕汰は、はっとする。
通り過ぎていった女子高生二人がこちらをチラチラと気にしていて、かぁぁ……と見る間に顔面真っ赤になった。
(おれは御社くんにキスされた)
か……なり、激しく。
初キスでした。
発情期で前後不覚になっていた御社くんはきっと覚えていない……。
「鞄を落とすのは良くないな」
動揺している夕汰を他所に至極平静そうな丞は、足元に落ちていた鞄を拾うと小脇に抱え、声をかけてきた。
「行こう、シロツメ」
(あの言葉も温もりも、やっぱり全部、シロツメさんのもの)
窓際の席で相変わらずクラスメートに囲まれている丞を横目で見、夕汰はため息を押し殺す。
(勘違いしちゃだめだ、おれ)
御社くんは責任を感じて精一杯の償いをしようとしているだけ(かなりズレてるけど)。
御社くんには「シロツメさん」がいる。
御社くんはおれを見ているわけじゃない……。
「なんか暗いよ~、ゆーたん」
「あ、芝恵くん……」
「やっぱ、あれ? 体育祭のハードル走が不安とか~?」
「え……? ハードル走……? おれが出るの……?」
席につく夕汰に聞き返されて、床に座り込んで机にしがみついていた芝恵はうんうん頷いた。
「誰が何の競技に出るか決めるとき、ゆーたん、ぜんっぜん挙手しないでぼーーーっとしてたから? 体育委員に勝手に決められてたよ~?」
(がーーーーーーーん)
全く覚えていない夕汰は、ゴールデンウィーク直前に開催される体育祭への不安が一気に強まり、青ざめた。
(ああ、確か……御社くんが発情期になって休んでた間のことか)
「忘れっぽいなぁ~、ゆーたん」
前に祖父にも言われた言葉を芝恵にまで言われて夕汰はうっとなる。
「……御社くんは、やっぱりリレーのアンカーとか?」
「え~? 違うよ~。去年もだけど、ってか小学生の頃からだけど。御社君はレベチ過ぎて勝負にならないからリレー系には出ないよ~。どっちかっていうとイロモノ寄りの競争に出るんだよね~」
「イロモノ寄り……」
グミをむちゃむちゃ食べている芝恵に教えてもらった夕汰は「そっか、去年の体育祭、おれは休んでたから……」と呟いた。
去年は引っ越してきたばかりで体調が安定せず、夕汰は五月頭の体育祭を欠席していた。
(中三のときも休んだし、体育祭に参加するのって久し振りだ)
それでハードル走……?
ハードルってどうやって飛ぶんだっけ……?
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