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第9話①

 朝早くにペンションを出発し、電車に揺られること二時間ちょっと。  海を離れ、山を越え、車窓に映る景色がどんどん高いビルとマンションで占められていくのを見て、僕は声をあげた。 「うわぁ、すごい! 都会だなぁ……!」  思わず口をついて出た言葉に、隣の座席に座った千里くんがははっと笑う。 「凪がそんなに興奮してるのって、珍しいな」 「だって毎日海と山しか見てないんだもん。興奮しちゃうよ」 「まあ、確かにな」  僕と千里くんは目を合わせ笑い合った。  今日は千里くんの志望大学のオープンキャンパスの日だ。豊叔父さんに特別の許可をもらって休みを貰い、僕たちはこうして電車に揺られて目的地の大学へと向かっている。 「電車に乗ったのはいつぶりかなぁ。街中の方に出てくるのもたぶん何年かぶりだよ」 「え、そうなのか? 友達と遊びに来たりしねぇの?」 「うーん、なかなかないかな。夏のあいだはずっと海の家の手伝いだし、それ以外の時期は叔父さんのペンション手伝ってるしなぁ」  こう考えてみると、今年の夏は本当にいろんな体験をしているなと、自分でも驚いてしまう。  すべてが新鮮で、目の前の世界がどこまでも広がっていくような気がする。 「連れてきてくれてありがとうね、千里くん」  千里くんがいなかったら、きっと僕は、オープンキャンパスに行こうという考えも思いつかなかったに違いない。  ふっと千里くんが目を細めた。 「礼を言うのは早くねえ?」 「……そっか」  それもそうだ。今日という一日は、始まったばかりだ。 *     最寄りの駅で電車を降りて、そこからバスに乗り換えて十分ほど。千里くんの志望大学は、大きな街から少し外れたところにあった。広大な敷地にはセンス良く緑が植えられ、その隙間からはモダンなコンクリート造りの校舎がのぞいている。  門の近くの広場に設置された受付には、たくさんの制服姿の学生たちが行き交っていた。多くは僕たちと同じ学年くらいで、中には中学生や小学生に見えるような子たちまでいる。 「すごいなあ、あんなに小さいうちから見に来てるんだね」  僕が言うと、「小学生向けのプログラムもあるからな」と千里くんが答える。すっかり驚いてしまった。まったくの別世界だ。  千里くんがネットで二人分のオープンキャンパスの申し込みを事前にしておいてくれたおかげで、キャンパスツアーは順調に回ることが出来た。  千里くんが志望する地質学の模擬授業をいっしょに受け、理学部や農学部の展示コーナーを見て回った。お昼時には学食の無料試食で腹を満たして、また大学中を歩き回る。   千里くんはずっと楽しそうに目を輝かせていて、それを見るだけで僕も楽しかった。  大学の構内を千里くんと一緒に並んで歩いている……というシチュエーションが不思議で、僕は始終そわそわとしながら千里くんの横顔を見つめた。 (千里くんと同じ大学に通ったら、毎日きっと楽しいだろうな)  そんな想像までしてしまう。 「大学って、歩いてる人もみんな個性的って感じだよね」  構内の広場にあるベンチに並んで腰かけ、近くの自販機で買ったジュースを飲みながら僕は千里くんに話しかけた。 「まあ、いろんな奴が集まってくるからな。だからこそ面白いんだろうな」 「うん、確かに面白そう」  そう言うと、千里くんは僕の顔を見た。 「凪も大学に行きたくなったか?」 「え」  じっと顔を見つめられ、僕はあいまいに微笑んだ。 「行けたら楽しそうだな、とは思ったけど――」  言いかけたそのとき、横から「あれ、千里?」という女の子の声が飛んできた。  

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