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第10話①

「今日も暑いなあ……」  朝からじりじりと照りつける日差しの中、僕はペンションの裏庭で洗濯物を干していた。Tシャツは背中にぴったりと張り付き、額からも首筋からも汗がつーっと流れる。  それでも不思議と心は浮き立っている。というか、にやけが止まらない。  洗濯かごに手を伸ばしながら思い出すのは一昨日のことだ。  『どうせだから遊んでいこうぜ』と言い出した千里くんと、オープンキャンパスを早めに切り上げて、二人で街中に遊びに行った。  洋服を見て回ったり、おしゃれなカフェに入って見たり、本屋さんで千里くんおすすめの雑誌を教えてもらったり。こんなふうに誰かと二人きりで遊ぶのは初めてのことで、僕は浮かれっぱなしだった。  そして、最後に立ち寄った雑貨店。  店内をいっしょに見て回っているとき、ふと目に留まったものがあった。海をモチーフにしたコーナーだ。その一角に、ガラスで出来たキーホルダーが置かれていた。  掌にすっぽりとおさまるほどの平べったいガラスは、全体的に透明感のある水色で、上に行くにしたがってだんだんグラデーションが濃くなっていく。そしてほぼ透明な下の方には純白の砂が閉じ込められていた。 「これ……入浜の海みたい」  僕が手に取ったキーホルダーを、隣の千里くんがのぞき込んでくる。 「確かに。砂の色も白いし入浜の海みたいだな」 「ね」  頷きながら、指で摘まんで、目の高さに掲げて揺らす。店の照明を反射してきらきらと輝くそれを眺めていたら、僕は衝動的に欲しくなってしまった。 「これ、買おうかな……」  まるで僕の今年の夏の楽しさと輝きを閉じ込めたようなキーホルダーだ。 「いいじゃん」  千里くんが言いながら、僕の持っているキーホルダーと同じものを手に取った。「んじゃ俺はこれにする」と言って、自分が持っているキーホルダーと、僕が持っているキーホルダーを交換した。  どういうことだろうと首を傾げて見上げると、千里くんはにかっと笑った。 「俺が凪のを買うから、凪は俺のを買って。んで交換しようぜ」 「え……? いいの?」  照れたように頷く千里くんに、思わず「嬉しい!」と叫んでしまった。  店の外に出てお互いのキーホルダーを交換すると、千里くんは、 「お揃いみたいでいいじゃん」  と笑っていた。  洗濯物を干し終わった僕は、ポケットに入れてあるスマホを取り出した。そこには一昨日に千里くんに買ってもらったキーホルダーがぶら下がっている。  僕はそれをそっと揺らしてみた。太陽の光を弾いてきらきらと光るガラスは、まるで海そのものみたい輝きだ。 (……嬉しかったな)  一緒にオープンキャンパスに行けたことも、手を繋いで歩いたことも、お揃いのキーホルダーを買ったことも。  そのひとつひとつを思い出すと、なぜか心臓がどきどきしてしまうけど、それはちっとも嫌な感情じゃない。 (こういう気持ちって、いったい何なんだろうな……)  この感情に付ける名前はあるのだろうか。友達よりもずっと大事で、もっと近づきたいと思う気持ち。  そんな気持ちを、僕は誰かに対して持ったことなどなかった。 (千里くんは……僕のことどう思ってるんだろうな)  出会ったときより、千里くんは僕の前でよく笑うようになった。楽しそうに声を上げて笑ったり、僕を見守るように目を細めて優しく笑ったり、すこし頬を赤くしながら照れたように小さく笑ったり。  いろんな顔の千里くんを知った。もっともっと彼のことを知りたい。近づきたい。そのためにはどうしたらいいんだろう。 「おーい、もうそっちは終わったぁ?」 「っ……うわっ!」  いきなり後ろから声をかけられて、驚いた僕は飛び上がった。慌てて振り返ると、そこには蓮さんと蒼佑さんが立っている。 「きゅ、急に話しかけないでくださいっ。びっくりしましたよ!」  どきまぎしながら、後ろ手にキーホルダーのついたスマホを隠した。すると蓮さんがにやっと笑う。 「なんか凪くん、スマホ見てにやけてなかった?」  ぎくりと身を縮めてしまい、僕は慌てて首を横に振った。 「別ににやけてないですよ!」 「えーほんと? 怪しいんだけど」  慌てて自分のスマホをお尻のポケットに仕舞おうとしたけど、めざとい蓮さんが身を乗り出してきて、それを見つけてしまった。 「あれ? それって、キーホルダー?」  ぎくりとした。蒼佑さんまで「どれどれ」と僕の後ろを覗き込んでくる。 「あ――っ! それ見たことある! 千里も同じヤツ持ってた!」 「へっ……!? えっ……!!」  ずばりと蓮さんに言い当てられ、僕は誤魔化すことができなかった。蓮さんがにやにやと笑う。 「へえ、凪くんと千里がお揃い〜?」 「ち、ちがっ……! そ、そういうんじゃなくて、たまたまというかっ……!」 「たまたま同じキーホルダー、偶然買っちゃったのぉ? ふぅ〜ん?」  わたわたと慌てていると、蒼佑さんが助け舟を出してくれた。 「もうそれくらいにしときなよ、蓮。凪くんが困ってるでしょ」  蒼佑さんに嗜められ、蓮さんがぺろっと舌を出した。 「はは、ごめんごめん。凪くんがあまりにも可愛過ぎて、ついつい」 「ついついじゃないだろう。あんまりしつこくすると嫌われるぞ」 「えっ! それは困る! 凪くん、俺のこと嫌いになった!?」  焦って蓮さんがいうので、可笑しくなってしまった。 「嫌いじゃないですよ。怒ってもいません」 「ほんとぉ? あーよかった! 凪に嫌われたら生きていけないよ」  がばっと蓮さんが抱きついてくる。 「ちょ、ちょっと……! 蓮さんっ」  万力のような馬鹿力でぎりぎりと背中を締め付けられ、あまりの苦しさに僕はじたばたと蓮さんの腕の中であばれた。 「こーら、蓮。駄目でしょ。凪くんが嫌がってる」  蒼佑さんが蓮さんの首根っこを掴み、べりっと引き離してくれた。た、助かった……。 「ごめんごめん! 凪くんが可愛いからついつい……っていうかこのくだりさっきもやったな」 「……やりましたね」  あははと笑う蓮さんのおでこを、蒼佑さんがぺちんと叩いた。 「い……った!」 「蓮、用事忘れてるでしょ」 「用事……? あ、そうだった! 千里が凪くんのこと呼んでたんだった! ペンションの表のほうに来てって千里が言ってたよ」 「……えっ? あ、はい、わかりました」  何の用事だろう。  僕はスマホをポケットにしまい、タオルで汗をぬぐってペンションの表へと向かった。

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