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第10話②
***
ペンションの裏庭を横切り、建物の周囲をぐるりと回り表に向かう。玄関を出たところに千里くんが立っていた。
その隣には、見覚えのある三人組。
(あれ、あの人たちって……)
思い出した。二日前のオープンキャンパスで会った、千里くんの高校の友達だ。
「あ、凪!」
こちらを振り返った千里くんが手をあげる手招きをする。
「凪、こいつらのこと覚えてる? この前オープンキャンパスで会ったんだけど。うちのペンションに泊まりに来たんだって。今日から一泊二日」
千里くんが説明してくれ、僕は三人に向かってぺこりと頭を下げた。
それにしてもちょっと驚きだ。
僕と同じ高校生なのに、急に思い立って友達同士でペンション泊まれるくらいのお金があるということだ。
(あ、でも千里くんだってご両親が弁護士さんだもんな。千里くんの周りってみんなリッチなのかも……)
そう思うと、なんとなく気後れしてしまった。
近くで見ると女の子たちは同じ年とは思えないほどに大人っぽくてきれいだし、男の子(――たしか名前は涌井くん)も千里くんとよく似たあか抜けた雰囲気を持っている。
クラスにいたら、一軍と呼ばれるような人たち。
そこまで考えてはっとした。
(お客さんを値踏みするようなことをして、駄目じゃないか!)
僕は気を取り直し、「いらっしゃいませ」と頭を下げた。三人の友達と千里くんをペンションの中へと促す。
「へえ、いいところじゃん」
友達の女の子の一人が、ペンションのフロントを見回しながら言った。千里くんが自慢げに言う。
「だろ? 飯もうまいから期待しとけよ」
「もしかしてお刺身とかも出る?」
「出る出る」
「うわぁ、楽しみ」
と盛り上がる同級生と千里くんを、僕は受付の椅子に座りながら、ほほえましく見守った。
蓮さんや蒼佑さんといるときは、千里くんはどうしても弟分の存在になってしまうが、友人と話す姿は普通の高校生といった感じだ。
(なんだか新鮮だな……)
千里くんの新しい面を知ることが出来たみたいで、嬉しい。
にやにやしながらフロントの中で事務作業をしていると、涌井くんが宿帳を持ってきてくれた。
「あ、記入終わりましたか?」
「うん」
「ありがとうございます」
礼を言って受け取る。ざっと見て問題がなさそうだったので、僕は背後に掛けてあった部屋のカギを二つ手に取った。
「――あ、ねえ。ちょっといいかな?」
すると涌井くんがフロントのカウンターに寄りかかるようにして、身を乗り出してきた。小声でひそひそと話しかけてくる。
「はい?」
「聞きたいんだけど、ここに女の子のバイトの子っている?」
え? ときょとんとしてしまった。
女の子? なんのことだろう?
「女の子ですか? いえ、いませんけど」
僕がそう言うと、彼は驚いたような顔をした。
「えっ、そうなの? 本当に!?」
どうしてそんなに驚いているのだろう。
「本当ですけど……」
「いやー、あのさ、千里のやつ、最近好きな子が出来たって聞いたから、見に来たんだけどな~。……そっか、ここに女の子いないのか。それじゃここじゃないみたいだな」
(――――え?)
固まった僕の指からカギを抜き取り、「ありがと、お世話になります!」と元気に言い残して涌井くんは千里くんたちのところに戻っていく。
でも僕は少しも動くことが出来なかった。
(今のって……)
涌井くんの言葉をもう一度反芻し、僕はもう一度「――え?」と小さく呟いた。
千里くんに、好きな女の子が、いる――?
頭を後ろから殴られたようなショックに、頭が真っ白になる。
身体全体が氷のように固まる。胸の中からぱきっと音が聞こえた。
それは何かに亀裂が入る音だった。じんじんと痺れるような痛みを残し、亀裂は少しずつ少しずつ、全身に広がっていく。
(そうか、僕――)
そのときになって、ようやく自分の気持ちを理解した。
――僕は千里くんが好きなのだ。
友達としてなんかではなく、恋愛として。
僕は反射的に、ポケットにしまっているスマホに手をやった。指の先に感じる硬質なガラスの感触。さっきまで温かい感触を心に残していたはずのキーホルダーがやけに冷たい。
(僕、千里くんのことが好きなんだ……)
楽しそうに友達としゃべる千里くんの横顔を、僕は茫然と眺めた。
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