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第14話①
夜の帳が降りた静かな入浜の海。
密かに手を繋いで歩く僕たちの背中を、潮の香りを含んだ風が心地よく撫でる。
僕の家に向かってゆっくり歩いていると、千里くんが小さな声で聞いてきた。
「なぁ、凪って本当に蓮のことなんとも思ってないのか?」
「……え」
僕は驚いてしまった。この期に及んでまだそんなことを言われるとは思ってなかった。
「僕が好きなのは千里くんだよ。まだ疑うの?」
少しむっとしたので睨みつけてやると、千里くんは途端に慌て始めた。
「いや、それは、疑ってるわけじゃねえけど」
「そうでしょ? それに、蓮さんが好きなのは蒼佑さんじゃん」
「えっ」
千里くんは目を見開き固まった。ついでに足まで止まってしまっている。よほど驚いたらしい。
「……もしかして気がつかなかったの?」
「全然……。あんなに一緒にいたのに……嘘だろ……マジか」
呆然と呟く千里くんが面白くて可愛くて、僕は思わず笑ってしまった。
「蓮さんたちも上手くいくといいな」
「え、あ、うん。まあ……そう、だな」
長年の幼馴染としては微妙な気持ちのようだ。
ふう、と息をついて、ぎゅっと千里くんの手を握りしめた。
「ねえ千里くん。もう家に着くけど、手、離さないでいてもいい?」
「……お、おう」
ぎこちなく、でもしっかりと手を繋いだまま家の門を入っていくと、蓮さんと蒼佑さんは縁側に隣り合って座っていた。
「お、やっと帰ってきたか!」
蓮さんが顔を上げ、そして僕たちの繋がれた手を見て、やれやれ、と大袈裟なため息をついた。
「は~、やっとくっついたか! ほんっとに心配させやがって!」
「蓮の余計な一言がなかったらもう少し早かったかもしれないけどね」
隣の蒼佑さんが混ぜっ返す。
「いやいや、あれがあったから上手くいったんだよ」
「まあそれも一理あるか。――でも、そういうおせっかいは駄目だよ?」
蒼佑さんが蓮さんの顔を覗き込む。その瞬間、蓮さんがぼっと音が立ちそうなほどに赤面したのが見えた。
「なっ、し、し、しねえよ!」
「ほんとにしない?」
「ほんとだっての! しつこい!」
僕は二人の様子を見て、あれ? と首を傾げた。
二人のやり取りはいつも通りに見えるけど、なんだか甘い雰囲気が漂っているような……。
(蓮さんと蒼佑さん、いつもよりも距離近くない? それに蓮さん、なんであんなに顔が赤いの……?)
内心で首を捻ったとき、蓮さんと目が合った。
蓮さんが思いっきり視線が泳ぐ。その照れたような表情を見て、僕は確信した。
(蓮さんと蒼佑さん、上手くいったんだ……)
なんともむず痒い気持ちになってしまい、僕は反射的に隣の千里くんを見た。僕の方を見た彼もまた、背中が痒いのを我慢しているような顔をしていた。
顔を見合わせ、微笑みあう。
遠く海からは、潮騒の音と潮の香りが風に乗って漂ってくる。
僕の大好きな海。僕の大好きな人たち。
大好きな夏の入浜の海が、ようやく僕の心の中に戻ってきた。
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