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side 海斗

「やっちまった……」 と思ったのは家に帰ってゴミ箱の蓋を開けたときだった。 曖昧だった昨晩の記憶も、一瞬ですべてが線になる。 このゴミ箱の中身がどうしてこうなっているのかも、あいつがいない理由も、それが間違いなく俺のせいだってことも。  今日が、俺たちにとってクリスマスより大事な日だったってことも。 <メリー・アニバーサリー・イヴ> 昨日は、四限後にクラスの奴らから飲みに誘われて。 「海斗、飲み行くぞー!」 「え、今から? 早くね?」 「俺はな、四限のノートを提出し損ねたからもうこの単位に希望はない」 「……だからなんだよ?」 「俺の単位の送別会だ!」 「なんだそれ聞いたことねえよ」 くだらない軽口をたたき合って、飲み会に参加して。 「おまえ彼女とはどうなってんの?」 「え! 海斗彼女いんの!?」 「うるせえな、いねえよ」 「まきちゃんは?」 「るみちゃんは?」 「かなちゃんは?」 「……誰それ?」 「うっわさーーーいてーーーー」 「海斗くんさーーーいてーーーい」 「うるっせえ」 少しだけ飲んですぐに帰るつもりだったけど、気がついたらカラオケでオールしていて。 でもって始発の電車で家に帰ってきたら。 「ただーいまー……あれ? ダイ?」 大貴が家にいなかった。 「ダイー?」 リビングにも、寝室にも。 トイレにも、風呂場にもいない。 シン、とした明け方の部屋に、大貴が用意してくれたスリッパで歩く、俺の足音だけが響いた。 「……飲み会とか言ってたっけ」 昨日の朝の会話を思い出そうとするけど、眠くて頭が回らない。 台所の換気扇を回して、ポケットから取り出した煙草に火をつける。 ちょうど空になった煙草の箱を捨てようと、ゴミ箱の蓋を開けたところで、俺はすべてを思い出した。 「やっちまった……」 ショートケーキとチキン。 の、残骸。 混ざり合ってぐちゃぐちゃになっているケーキとチキンが、どういう経緯でここに投げ入れられたのか、俺には容易に想像がついた。 スマホを取り出して画面をつける。 ラントラのボーカルが気持ちよさそうに歌っている画像のその上に、「12月23日 06:13」と表示されていた。 慌ててスマホのロックを解除する。 「くそっ」 こういう時に限って、指紋認証がうまく作動しない。 何度かホームボタンを押して、番号でロックを解除する。 「1、22、3……」 暗証番号は、1223。 12月23日。 俺が、大貴に好きだって伝えたのが、ちょうど一年前の今日だった。 「僕はクリスマスより、記念日に一緒にいたいな」 「そうだな、じゃあ来年はクリスマスイヴじゃなくてアニバーサリーイヴを祝うか」 「はは、そうだね。あと七島、なんかイブの発音いいね」 「帰国子女だからな」 「そうだっけ?」 「どうだっけな」 俺は告白した直後の気恥ずかしさを誤魔化すように、平静を装いながら、だけどちょっとおどけてみせていて。 大貴はやっぱり恥ずかしそうに、だけど今までで一番の笑顔で、笑っていた。 「最悪だろ……」 忘れてた、なんて。 こんな大事な日を。こんな大事な約束を。 「出てくれ、大貴」 着信履歴の上の方は、ほとんどが大貴で埋まっている。 昨日の夕方から、何時間かに一回だけ、電話がかかってきていた。 もっとしつこくかけてきてくれればいいのに、と思う。 そうしたら俺も、電話に気がついたかもしれないのに。 だけど、大貴がそういうことをできない性格だってことも、俺はよくわかっていた。 コール音が響く。 大貴の呼び出し音は、ラントラの初期アルバムに入ってる曲で、曲名は確かーー 俺がそこまで考えたところで、そしてちょうど曲のサビが終わろうとしているところで、 「もしもし?」 電話に出たのは、 「……誰だよ、おまえ?」 大貴ではない誰かだった。

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