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アニバーサリーデイ

「何してるの、こんなところで」 「それはこっちのセリフだっつの」 白い息を吐きながら、海斗が少しだけ強い口調でそう言う。 大貴はそのセリフにちょっとムッとしながらも、それを表情には出さない。 「なんで僕がここにいるってわかったの?」 「携帯にかけたら知らない男が出て」 「知らない男?」 「ここの店員、渡辺とかっていう」 「渡辺……?」 大貴はレジにいた店員の姿を思い返す。 渡辺なんて名前ではなかったような気がした。 「名前なんだったっけ、なんか面白い名前だった気が……」 「そんなことはいいんだよ、帰るぞ、さみい」 「帰るぞ、って、僕の家だからね」 「もう週の半分以上俺もいるんだから、帰る、でいいんだよ」 海斗がぶっきらぼうな言い方なのは、寒さのせいもあるかもしれない。 と、いつもの大貴ならきっとそう思ったはずだった。 だけど。 「……何なんだよ、さっきから」 「……え?」 大貴が立ち止まる。 何歩か前を歩いていた海斗は、大貴が何を言ったのかうまく聞き取れず、少し遅れて返事をした。 「何なんだよ、って、言ったんだよ!」 「うわっ」 大貴の振りかざした手が、海斗の腕にぶつかる。 「いって、何する――」 「じゃあ何で昨日は帰ってこないんだよ! アニバーサリーイヴを祝うんじゃなかったのかよ!」 「い、いて、ちょ、待てよ、大貴」 「守れないような約束するんじゃねえよ、この、馬鹿!」 「いってえな! やめろって!」 何度も何度も殴られた腕を、振りほどくように海斗が腕を振り上げた。 「そういうダイはどうなんだよ!」 真っ赤な鼻を時折すすりながら、海斗が声を張り上げた。 「何が!」 「帰って来いって思ってるなら、もっと何回も電話を鳴らせばいいだろ!」 「……はあ!? 何? じゃあ僕のせいだって言うの?!」 「そうじゃねえけど、そうじゃねえけどさあ!」 「だって海斗いつも言ってただろ、面倒臭い女が嫌いだって!」 「だからなんだよ!」 「そういう風に思われたくなかったんだよ! わかれよ、馬鹿!」 そこまで言ったところで、言葉が止まった。 大貴も海斗も何も言わず、ただ白い息だけが行き場を失ったみたいに二人の間でゆらゆらと右往左往していた。 「そんな風に思うわけないだろ」 海斗の声は少しだけさみしそうで。 大貴はそれに、少しだけ怯んだ様子で視線を落とした。 「俺が、ダイのことそんな風に思うわけないだろ」 「……でも」 「でもじゃねえんだよ、馬鹿」 「だって、海斗は、僕のどこを、女の子にも、あんなにモテて、何も、なのに」 段々と言葉が弱くなっていく大貴に、海斗が一歩近づく。 ぎゅっと固く握っていた、冷え切った掌を、そっと大貴の背中に回した。 「っ、馬鹿、こんなとこで」 「だーいじょうぶ、ダイ小さいから男だって思われねえよ」 「ば」 「馬鹿じゃねえし、俺ら記念日なのにお互いのこと馬鹿馬鹿言い過ぎだし」 最初は離れようともがいていた大貴も、海斗の言葉に少しずつ力をなくしていく。 そのまま腕の中に納まって、少しだけ大貴の方へと身体を寄せた。 「ダイ、泣くなよ」 「泣いてない」 「今から泣くだろ」 「泣くわけない」 大貴の頭上で、海斗がズズ、と鼻をすする。 「……どれくらい待ってた?」 「30分くらいかな」 「帰ってればよかったのに」 「へえ、『帰って』いいんだ?」 「……自分の家に帰れば」 「彼氏になんでそんなひどいこと言うかな」 大貴が顔を上げると、目が合った海斗がふわりと笑う。 「だから泣くなって」 「泣いてないって」 「今から泣くんだよ」 そう言った海斗が、大貴の背中に回していた腕を解いて、ポケットから小さな箱を取り出した。 白い小さな箱には、上から更に白いリボンがかけられている。 「……え」 「プレゼント」 箱を開けるとそこには、シルバーのリングが二つ入っていた。 「え、でも、え、なんで」 「付き合って一年だから、クリスマスプレゼントにと思って奮発したんだけど」 「忘れてたんじゃ……」 「アニバーサリーイヴのことは、ごめん、正直忘れてた」 そう言った海斗が、顔の前に片手を立てて軽く頭を下げる。 「クリスマスプレゼントにしようって気合入れてたからすっかりそっちが頭から抜け落ちてて……」 「そう、だったんだ」 「ごめんな」 「……ううん」 大貴の瞳の中で、二つのシルバーリングがキラキラと輝いている。 「つけていい?」 「え!? ここで!?」 「いいじゃん、俺らファーストキスもここだったんだし」 「そうだけど、いや、そうじゃなくって、ええ……?」 大貴も、口ではそう言いながらも強くは否定しなかった。 冷え切った大貴の指先を、海斗がそっと持ち上げる。 「冷たい」 「海斗も」 「……これからも一緒にいような」 「……仕方ないな」 ぎゅっと指先を温めあうように手を握り合って、そっと唇を重ねる。 「好きだよ」 「知ってるよ、馬鹿」 二人の指先は、星が落ちたようにキラキラと輝いていた。

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