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 離れたら死んでしまうかもしれない      近くにいるのがわかる。  たくさんの人がすれ違う雑踏の中で、腕を取られたかのように振り返る。  混雑する朝のターミナル駅、乗換のホームや階段、そして改札の列。  少し速い足音、風を切るように歩く肩、懐かしい香り──  近くにいるはずなのになぜか見えない。  心の目は探し出しているはずなのに、なぜ姿を見つけ出せないんだろう。  ──八雲(やくも)。同じ血の流れる兄弟。  離れて住むようになって六年経つ。  でも今も覚えている、八雲の息遣いや手の温かさを。  誰もが急いでいる朝の通勤通学の時間帯だった。  機械的に鳴るホームのアナウンスがやけに頭に響き、ツキリと痛む。  到着した電車のドアが開くと、満員の車内から押し出される人、人、人。  怠さを覚えながらラッシュの波に流されてホームを歩く。  部活の疲れが取れていない足はとても鈍く、いつにも増して荷物が重く感じた。  人の入り乱れる階段を降りていた時、鼓動が急に激しくなり胸を押さえた。 「───?」  突然の違和感だった。  歩が緩んだ瞬間、「きゃ」と後ろから声が聞こえ、背に女性が倒れ込んで来た。 「あ」  ヤバイ。  ぐらりと体が傾いた時には自分のではない悲鳴が聞こえていた。  制御できない浮遊感に手を伸ばすも、宙を切るだけで落ちて行く。  まるでスローモーションのようにゆっくりとゆっくりと音もなく──ああ、自分はここで死んでしまうのかもしれない。  体が叩き付けられ、衝撃に意識を飛ばす瞬間、目に映った。  八雲。  やっと見つけた。  必死の顔をした弟が、手を伸ばし駆け込んで来るのを── 「出雲、出雲っ! 誰か、早く、救急車を!」  同じ顏、同じ声。  でも違う、自分の知っている八雲の顔はもっと幼くて、声もこんなに低くなかった。  ドクドクドクと早鐘を打つ鼓動が聴こえる。  これは自分の心音じゃない、小さい頃いつも聴いていた、強くて逞しい、八雲のものだ。  この音にいつも安心し、眠りについていたのだから。  ずっと近くにいる事はわかっていた。  それは八雲だって同じ、この繋がっている心が感じ取っている。  ──だって自分達は双子なのだから。  名前を呼ばれている。目を覚ませと心の奥深くに呼び込んで来る。  とても必死で無視なんかできないのだけど、今はもう限界だった。  screen 1  有泉出雲(ありいずみいずも)、埼玉から都内の私立大附属高校へ通う十六歳。  高校入学の第二次性別検査では、性別未確定で仮のベータとされた。  この世界には男女の性別の他に第二の性別がある。  全てにおいて秀でたリーダー格のアルファと、人口のほとんどを占める一般的なベータ、そして人口がとても少なく男性でも出産可能であるオメガ。  時代の変化と共に性別への差別は後退的という風潮で、社会の制度も整えられ、どの種も生きにくさを感じない世の中を目指すようになった。  それでも容姿端麗で身体能力も頭脳も優れたアルファは、社会のリーダー格とされ、能力の高さから一目置かれ憧れの的でもある。  人口の一割とされるオメガは繁殖の性とされ、三ヶ月に一度起こる発情期には、アルファの判断能力を狂わせ、強制的に発情させるフェロモンを放出する事から、社会生活に適応し難いバースマイノリティとされていた。  近年ではヒートをコントロールする抑制剤の進歩で、服用さえ怠らなければベータと変わらない生活を送れるようになり、オメガの地位もベータと変わらない位置まで回復している。  特に若い世代には愛らしく魅力的なオメガの人気は高く、インフルエンサーやファッションアイコン的存在も多く、性別を隠すオメガも少なくなった。  成長のゆっくりなタイプは発現も遅く、中学と高校入学時に義務付けられた性別検査が未確定でも昨今では珍しくもない。  その為、出雲の性別が未確定でもあまり気にする事はなかった。  そう言ったケースの殆どがベータであり、全体の三割程度しかいないアルファやオメガは、幼少期から外見や能力に兆候があるからだ。  出雲の両親はベータだが、父方の祖父がアルファな為、もしかしたらという期待を持たれていた。そのため祖母にうんざりする程口出しされ、双子の母は辟易していた。  弟にはアルファの兆候があったから。  有泉八雲(ありいずみやくも)──出雲の双子の弟。  小さい頃は顔も、背も、声も同じで、見分けがつかないとよく言われていた。 「出雲? 目が開いたわ、出雲? わかる?」  霞みがかるまどろみの中で声がする。  見た事のない天井、照明、囲むカーテンレール。吊るされた点滴とチューブが自分に伸びている。  心配そうに覗き込む、二つの人影。 「や……も……」 「よかった……出雲、本当によかった……」  出雲の掠れた声に、母の眞知(まち)が目に涙を溜めて安堵の声を漏らす。  体が何かに固定されているかのように動かない。そして重くて力も入らない。 「今朝、駅の階段から落ちたのよ、あなたと一緒に落ちた女性は軽症だったけれど、出雲の方が下だったから酷い怪我を負ってしまって」  眞知は声を詰まらせながら眼鏡を取ると、目元の涙を拭った。  赤い瞳、赤い鼻。きっと自分が目を覚ますまで、何度も涙を流していただろう。疲労の色の濃い、やつれた顏だった。  出雲は頭を動かす事すら億劫で、ゆっくりと瞬く。  顔には酸素マスク、身体には心電図モニター、足には血栓予防の器械が付けられているが、自分が今どんな状態なのかはまだ分からなかった。  右腕がただただ鉛のように重く、感覚がない。体の痛みも鎮痛剤のせいかまだ感じていない。  声を発する気力もなく、頭の中はまだまどろみの中だった。 「出雲、わかる? 八雲よ」  覗き込む母の背後から、真っ直ぐ見つめてくる双子の弟。 「──出雲、助けられなくてごめん」  最後に会った十三歳で記憶が止まっていた八雲の声は、覚えていたものよりずっと低くなっていた。  制服を着た八雲に、幼さの面影はもうない。  整った鼻梁や真剣なまなざしは精悍さを増しており、印象的だった艶のある黒い瞳は、長い睫毛に縁取られ知的でいて力強い。  一分の隙もない、見るからにアルファなんだと分かった。 「何言ってるの、八雲は出雲の命を救ったのよ」  仕事先から駆け付けたのだろうスーツ姿の眞知は、八雲の手を握り、声を震わせる。 「もっと俺が早く動けてたら、こんな怪我負わさずに済んだんだ」  悔しそうに俯く八雲の手首にも包帯が巻かれていた。彼も怪我を負ったようだった。 「八雲が気づいてくれたから、この程度の怪我ですんだのよ。あなたがいなかったら最悪の事態だってあり得たのよ」  母の声など聞こえていないかのように、瞳を縁取る睫毛を震わせ、陰りを落とす。その憂いある表情を出雲は見つめていた。 「出雲に怪我なんか負わせたくなかった。クソ、守れなかった事が悔しくて堪らない」  尚も悔いる八雲の背を眞知が撫でる。背が低く華奢な眞知の方が子供に見えるくらい、親子の差は逆転していた。 「自分を責めないで、八雲。あの時、あの場所に二人がいた事がすでに奇跡なんだから。通学路線が同じだったなんてそれすら巡り会わせじゃない」 「出雲が附属高校に進学って聞いて路線変えたんだ」 「うん、あなた達は双子だもの、離れていてもお互い引き寄せ合っているのね」  まだ夢の中にいる感覚で、眞知と八雲の会話が頭上で流れて行く。  出雲は小さい頃から喘息持ちで体が弱かった。  そのせいか、身体は細身で、双子なのに八雲より身長も低い。身体を強くするためにバスケットボールを始め、身体作りをしているが筋肉は付きにくい。  同じ顔の造りでも、出雲の方が表情豊かで、笑うと丸く頬が膨らみ幼く見える。柔和な目元は相手に警戒心を抱かせず、自然と笑顔を浮かばせる。  そんな柔らかさが出雲にはあり、目を合わせるだけで相手に緊張感を持たせる八雲とは大きく違う。  ただ、目を閉じた心の中で、じんわりと温かなものが広がって行くのだけはわかった。  紐が解けるような安心感に、ポッと小さなあかりが灯ったようだった。  これは自分の感情じゃない、八雲が発しているものだ。  どくどくと脈打つ胸の鼓動、それとは別にあるもう一つの感じるモノ。  感情だったり、温度だったり、声だったり。まるで心が二つあるみたいに、自分のものじゃない感情が出雲の中に湧き出て来る。  シンクロニシティ。  これは自分だけじゃないはずだ。八雲も同じ様に自分の何かを感じ取っている。  嫌だとも良いとも思わない、これが普通だから。  八雲の安堵感に心地好さを覚えて、また眠りの中へ吸い込まれて行く。 「また眠ってしまったみたいね。まだ痛み止めが効いてるだろうし、ゆっくり眠ってまた元気な出雲に戻って欲しいわ」  母の穏やかな声、そして自分をいつまでも見つめる弟。小さな頃から八雲はいつも出雲が眠りにつくのを見ていた。  ──まるで子供の頃に戻ったみたいだ。  八雲に眠った顔を見られたまま眠りに沈んで行く。  (俺達は離れたらいけないんだ)  意識の奥底に届く声。  父と母の離婚が決まった時、二人を連れて出て行こうとした眞知は、父方の祖父母に強く咎められ、八雲を連れて行く事が出来なかった。  父方の実家は、有泉内科小児科クリニックという地域医療を支える病院で、祖父は医院長として地域の診療を行っていた。  既にアルファの資質を持っていた八雲が病院を継ぐのが相応だと、祖父の元で育て医学部に進ませるべきだと眞知は説得された。  当の八雲も将来医者になると眞知に宣言し、自ら残ると決めたのだ。  同じ服を着せられ、同じおもちゃで遊び、同じ本を肩寄せ合って読んだ。二人きりの兄弟だった。  なのに十歳で離れ離れになるなんて思いもしなかった。  自分達は兄弟なのだから、一緒に育つのが当然なのだと疑いもしなかった。  きっと自分はアルファではないから。  喘息持ちで発作ばかり起こし、体が弱いから。  だから病院を継ぐのはアルファであり、身体も強い八雲でなければいけない。  残ったとてそこに自分の居場所なんてないのだから。  そう自分を納得させて別れたのだ。  入院して三日後、担当医の父祐作(ゆうさく)から、怪我の経過とリハビリ開始の説明を受けた。 「退院はもう少し様子見な、あとリハビリは今日から毎日、早く回復するには頑張るしかないぞ」 「わかった、頑張るよ」  無精ひげを生やし、ぼさぼさ髪の祐作は当直だったのだろう、白衣も随分とくたびれていた。 「巻き込まれたとはいえ、災難だったな。でもまぁ若いからあっという間に取り戻せるさ」 「うん……」  祐作は所在無げにポケットに突っ込んでいた手を出すと、出雲の頭に乗せた。  まるで小さな子供にやるようだった。  出雲の怪我は右上腕骨顆部骨折、手術を受けギプスで三週間の固定、全治三ヶ月だ。他に右太腿も打撲を負っており、内出血で肌の色がグロテスクになっている。その他膝の裂傷で五針縫い、擦り傷多数。頭を打っていないのは咄嗟八雲が抱えたからだった。  朝のラッシュ時間、満員電車から降りた出雲はぞろぞろと流れのままホームに出て階段を降りていた。  その時、後ろにいた女性がスカートの裾を後ろの人に踏まれ、体勢を崩し、前にいた出雲にもたれ掛かるように倒れて来た。  タイミング悪く、胸の奥で訳の分からない鈍痛に襲われていた出雲は、踏ん張る事が出来ず、女性の体重を受けたまま前に崩れ落ちた。  受け身など取れず、右半身を階段に打ち付けた所を飛び込んで来た八雲に助けられた。女性は近くにいた男性が支えた為、大怪我にはならなかったそうだ。  事故時、八雲が救急隊員に、救急専門医をしている父が勤める医療センターを伝えると、運良く受け入れてもらえたそうだ。そして待機していた父が手術したという。 「はは、やっと出雲に良い所を見せられたな。おまえにとって俺は情けない父親だったもんなぁ」 「変な言い方だけど、久しぶりに会えて俺は嬉しいよ」  照れ隠しなのか頭をがりがりと掻いて祐作は笑う。  白髪が増えた。目尻の皺も出雲の記憶にはなかったものだ。  たった六年なのに、父は随分と老けた。  祐作は激務ゆえ、家庭にはほとんどいない父親だった。  救急専門医のため泊りも多く、家事も育児も全てを眞知に任せ、たまに家にいても急患に呼び出されて行くばかりだった。  祐作には同じくベータの姉がいるが、両親は厳格で、姉弟とも父や母に本音を言えない、云わばコミュニケーションのない家族の中で育った。  そのため、祐作自身もコミュニケーション能力が低く本音を隠すようになり、自分の家族にすらどう接したらいいのかわからないのだ。  きっと祐作は、出雲とどう対話したらいいのか考えあぐねている。  それは出雲も同じで、要件が済めば何を話したらいいのかわからず、二人の間で沈黙が続く。  ぱたり、ぱたり、点滴の雫が落ちているのを意味もなく見つめていると、祐作は両手を白衣のポケットに突っ込んだまま身じろいだ。 「……おまえがここに来て、俺が手術できたのも、きっと必然だったんだろうな。神様が息子を助けろって俺に仕向けてくれたんだ」  小さな子供に語らうように、裕作はゆっくり紡いだ。  八雲と祐作に助けられ、そして一家四人が六年ぶりに集まった。これは何かの導きなんじゃないのか。 「俺もそう思う。神様が家族を集めてくれたのかも」  出雲の事故がなければ、父と会う事はなかったかもしれない。そして元夫婦も。  不意に胸ポケットで院内用携帯が鳴り、裕作は素早く確認した。途端父の顔から医師の顔に戻る。 「じゃあ戻るな、後でお母さんも来るだろうし。マンションは出雲の良いようにして構わない」  元夫婦がここで再会してからの事は、出雲にもわからない。でも二人はまだ他人のように事務的で、会話もぎこちない。 「うん、ありがとう。甘えさせてもらう」  昨日──この病室で、祐作と眞知が話すのを六年ぶりに見たばかりだ。  眞知は終始気持ちの悪い笑みを顔に貼り付かせ、祐作は場が悪そうに落ち着きなく出雲の怪我の症状を説明した。  ぎこちない元夫婦を尻目に口火を切ったのは八雲だった。  利き腕の骨を折ってしまった出雲は、これから不自由を強いる事になる。  退院後、ギプスが取れ、動かせるまでは、生活の全てにおいて誰かの手を必要とするのだ。  出雲が住んでいるのは都心に程近い埼玉県の地方都市で、眞知の実家だった。  高校は都内の附属校の為、通学に片道一時間以上かかり、毎朝とてつもない満員電車に揉まれている。骨折者が身を守るのはほぼ絶望的だった。  今後出雲が復帰する為にはどうサポートすべきなのか、八雲が具体的に案を出した。  八雲の住む祐作の実家に行くか、この病院近くに寝泊まり用のマンションを持つ祐作が部屋を提供するか、もしくは学校の近くにウィークリーマンションを借りるか、はたまたビジネスホテルに連泊するか。 「八雲ん家は……ごめん。無理だわ」  ベッドの背を立てて座る出雲を、元夫婦と八雲が取り囲む。  別にわだかまりなどないけれど、八雲の住む祖父宅は、気を遣うだけで心が落ち着かない。  顔を落とした出雲に、慌てて祐作が頭をがりがりとかいた。 「あー、いい。俺のマンションを使ってくれ。それくらい協力する、お安い御用さ」  まずは掃除が必要だけどなと祐作は苦笑う。  幸いそのマンションと学校は同じ沿線で二駅しか離れていない。病院とは徒歩の距離だ。 「この人に出雲の世話なんて無理よ。私も一緒に移るわ」  至極当然のように眞知が主張すると、八雲がそれを制した。 「出雲の怪我がよくなるまで俺が一緒に住むから、お母さんは心配しないで。登下校も付き添えるし。それに仕事先、ここからじゃ往復三時間かかるだろ?」 「八雲だって学校があるのに任せられるわけないじゃない。仕事は何とか掛け合ってみるわ」  子離れできていない眞知は、八雲に譲る気はないようだった。眞知の中で、出雲は喘息持ちで身体の弱い子供のままだ。 「家事はいい機会だし覚える。いつか一人暮らしするかもしれないんだし。あと風呂や着替えとかさ、お母さんより俺の方が出雲も気兼ねなくできると思うんだけど」  な? と八雲に同意を求められ、確かに、と頷く。  高二にもなって母親に着替えや風呂の世話をしてもらうのは確かにキツいし、登下校に付き添われるのも勘弁して欲しい。 「俺も八雲がいいな……」  言葉尻を濁しながら答えると、嬉しそうな八雲と目が合い妙に照れくさい気分になる。 「無理よ、子供同士何言ってるの。ちゃんと毎食栄養のあるもの食べて睡眠を取らないと、いつまで経っても治らないわ。それにちゃんと薬の管理できるの? 飲むよう言ってもいつも飲み忘れてたじゃない。朝だって中々起きないし、部活の洗物だって言わないと出さないのに──」 「あー心配だろうが、出雲の気持ちもわからなくない。この歳なら八雲に任せるのがベターだ」  止まらない眞知の小言を遮り、裕作は八雲と目を見合わせて頷く。  二人の分かったようなアイコンタクトと、そして出雲が母より兄弟を選んだ事に、眞知は母としてのプライドと悔しさからかギリッと元夫を睨みつけた。 「何よ、男三人で結託しちゃって。邪魔者扱いしないでよ。だったら日曜に食事の作り置きと、掃除洗濯はやりに来るわよ。それだけは譲らないわ」 「うん、わかった。出雲の管理は、俺がちゃんとやるから心配しないで。出雲の怪我を早く治したい気持ちは俺も同じだから。それにお母さんにも毎日報告するし、怪我の経過はお父さんが知らせればいいんじゃない」 「え? 俺から?」  咄嗟祐作が驚きに聞き返す。息子の八雲の方が当然といった体で頷いた。 「出雲の説明より、医師から具体的な症状を伝えた方がより分かりやすいだろうし合理的でしょ」  出雲はこの場を取り仕切る八雲を見て、改めて感心する。  両親より八雲の方が私情に振り回されず、状況判断ができている。祐作は一歩引いているし、眞知は出雲の母としてイニシアチブを渡さない。 「そうね、私も出雲の適当な説明よりいいわ。この子ホント説明するのが下手だから」 「ひでぇ」  胸元で腕を組んで眞知は大きく嘆息し、出雲はつい唇を尖らす。 「ああ、わかったわかった。俺はもう担当は外れてるけど、診察に立ち合えたら同席するし、担当医に症状を聞いて報告するよ。八雲、それでいいんだろ?」 「うん、お願い。あと、お父さんには悪いけど、1DKのマンションに男三人は狭いしさ、いい機会だから実家に戻ってあげてよ。顔も見せないって祖父さん愚痴ってるから」 「はは、追い出された上、実家に戻されるのか」  祐作の実家には祖父と八雲、そして祐作の姉夫婦が暮らしている。祖母は三年前に他界し、祐作は病院近くにマンションを持ち、寝に帰るだけの生活を送っている。  八雲にとって祐作は名ばかりの父親であり、実質彼を育てたのは祐作の姉夫婦だ。  出雲は無言で家族の会話を聞いていた。  大人までをも言い含めてしまう八雲は流石としか言いようがない。頭の回転が速く、機転が利く。わだかまりのある元夫婦すら、さり気なく繋いでしまったのだから。  こんな時自分は流されるまま、身を委ねているしかできない。  子供の頃からそうだった。  甘えなくても甘やかしてくる二人。  過保護な眞知と、しっかりした八雲に守られ、受け身でいる自分に何ら疑問もなかった。何もしなくても勝手に周りが動いてくれるから。  兄なのに弟気質の出雲と、弟なのに兄気質の八雲。  お兄ちゃんなんだからと我慢させられた事は一度もなく、きっと八雲も出雲の事を兄とは思っていない。  ふと目が合った八雲が微笑む。  出雲は幼い子供に戻ったかのような不思議な感覚に包まれていた。  発作で苦しむ出雲の手をいつまでも握ってくれていた、あの頃の八雲がそこにいた。  

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