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 一週間後、さわやかな秋晴れの日に八雲は退院した。  手術の後、睡眠障害で目を覚まさなかった八雲だが、消灯時、看護師が病室に入ると、目を開けたまま涙をだくだくと流している八雲を見て、ベテランを大層驚かせたそうだ。  翌日、学校帰りに立ち寄った出雲に、八雲は安堵と嬉しさと泣きたいような高揚感がない交ぜになった複雑な顔を見せていて、ついプッと吹き出してしまった。  ただその中には出雲を愛しいとあふれ出る感情も見て取れ、きっと今八雲も同じ様に出雲から感じ取ってるんだろうなと、あふれる思いは隠しようもなかった。  術後の経過は良好で、アルファの並外れた体力と高い治癒能力で、ギプスは退院と同時に外れた。  そして一ヶ月後には八雲のリハビリ期間も終わり、腕は完治となった。  出雲は完治するのに三ヶ月かかったのを、アルファはその三分の一で治してしまうのだからあっぱれとしか言いようがない。 「お父さんとお母さん婚姻届出したって、ライン見た?」  リビングで遅い夕食を取る八雲の向かいに座って、眞知から送られてきたメッセージ画面を見せる。 「見た。浮かれてるよな」 「浮かれてる」 「写メ送ってくるあたり」 「そそ」  籍を入れ、もう一度夫婦としてリスタートした両親は、祐作の病院近くのマンションに居を移し、眞知も都内の処方箋薬局へ職場を変えた。  病院の近くということは、兄弟の住むマンションも近いということで、二人はゲリラのように訪れるであろう眞知に、戦々恐々としている。 「出雲の苗字は有泉のままだったし、俺らが何か変わるってわけでもないけどね」 「また離婚しても俺達はもうどっちに行くとかないしね、勝手にやればって感じ」  親に振り回された分、二人は妙に冷静に夫婦をみている。  もう二人がくっつこうが離れようが、出雲と八雲が離れることはないのだ。  祐作が所有していたこの1DKのマンションは、二人が本格的に住むとなるとやはり狭い。今まで寝室にしていた八帖の部屋は、秋で部活を引退し、医大専門の予備校に通い始めた八雲の勉強部屋となっている。  大学受験のない出雲はしばしリビングの住人となり、予備校帰りの八雲の食事も担当することになった。  八雲とまた一緒に住み始めると、貴文が言っていた通り、出雲の喘息は日に日に落ちついていった。発作を起こすこともほぼなくなり、胸の音も薬で落ち着いている。番になればだんだんと薬も不要となるだろうと貴文に言われ、その日を待っている。  夏の終わりのあの日から、発情期はまだ来ていない。  精神的に安定しているせいか、突発的なヒートもなく、若い性欲に任せてエッチなことばかりしている。  発情期が来なければ番にはなれないので、イタズラに八雲は出雲のうなじを噛み、出雲もやり返して八雲のうなじを噛む、変な遊びが今二人のブームだ。  出雲がオメガに覚醒した事は両親にはまだ伏せたままで、もしかしたら自立するまで伏せるかもしれない、それでもいいと思っている。  八雲は出雲との生活を最優先に考えているので、もし勘付かれたとしても、自分達は親の離婚で振り回されたのだから、口出しはさせないと随分と強気だ。いざとなれば切って捨てるくらいの覚悟があって、それはそれで怖い。  伯父の貴文にはまだ甘える事となったが、ずっと君達のもう一人の親でいたいからと、秘密の共有に少し嬉しそうでもあった。 「そう言えば静樹、幼馴染と番なんだってな。色々誤解もあったみたいだけど、綾織くんにベタ惚れしてたわ」  キッチンで自分の使った食器を洗う八雲の背中越しに喋ると、くるりと振り返った不機嫌な顔。眉を吊り上げて、額にくっきりとした皺を刻ませていた。 「……俺以外のアルファの話なんかするなよ」  むっつりとした低音で呟くと、耳をかりっと噛まれて首を竦めた。 「出雲と近江が同じ学校ってだけでもイラッとすんのに、それ二人っきりになって喋ったわけ?」 「それはしゃーねーだろ、おい、耳、やめろって」  耳朶をベロっと舐めて舌を差し込まれる。弱い耳を責められて、グイっと押し返そうとすると、噛みつくように唇が重なり、諦めて目を閉じた。  甘く心地のいいフェロモンの香りが出雲を包む。アルファに求められると抵抗できない、八雲と身体を重ねるようになってから知る自分の身体だった。  唇を開かされ、舌を絡めとられて深い口づけに没頭する。  八雲が病院から帰宅した日、ここでお互い告白をし合った。  やはり兄弟で告白するのは照れが優先してしまい、せーので同時に好きだと伝えた。息のぴったり合う双子は、タイミングも音も一緒に重なって、気持ちのいい告白となった。  唾液が口の中に溜まり嚥下すると、唇をチュッと音を立てながら吸われて離れた。 「いくらあいつに番がいたってアルファに変わりはないんだからさあ、近寄んなよ。いっそ俺も転校してやろうか」 「バカ、そしたらおまえら揃って特進で喧嘩バチバチじゃん。すげー迷惑だから」  頭の中が蕩けるようなキスをしても尚機嫌の直らない八雲が、出雲の首元に顔を埋めてすーはーと大きく吸い込む。 「あいつまた留学しないかなあ、高校卒業までいなくていいのに」 「お前らお互い嫌いすぎ。静樹はヒートの俺を隔離して守ってくれたんだぞ、信用しろよ」 「無理。番がいるクセに出雲に匂い付けるなんて浮気と同じだろ、そんな奴信用できるかよ」 「八雲に取られるって静樹もビビってたんだからそれは許してやれよ」  アルファが心から大切にしたいと願うオメガに対する執着は、常軌を逸する程なんだと静樹が言っていた。自分でも制御できない激しい感情なんだそうだ。  徐々にその片鱗を示す八雲は、どんどん独占欲を現し隠さなくなった。これが素なのだから、再会時、家族の前ではかなり余裕ぶっていたようだ。 「番にしても信じてやれないなんて考えられない、あんな情けないヤツが学校にいるとか危険じゃん。いっそ全部オンライン授業にして家にいなよ」 「ハイハイ、アルファの独占欲ね。八雲君は安心して大丈夫よ? ちゃんと俺はおまえ一筋だから」  頬をすりすりして撫でるとその手を取られ、グイっと腰を引き寄せられた。 「出雲は俺のものなんだから死ぬまで離さないよ。死んでも離さないけど」 「八雲だって俺のものなんだから俺から離れんなよ。離れたら俺死ぬからな」 「重っ」 「重っ」  同時に笑ってもう一度キスをした。 「ああ、出雲大好きだ。早く番になって出雲の全部を俺のものにしたい……」  出雲を強く抱きしめるとうっとりと囁く。  朝から熱っぽく身体は常にしっとりと汗をかいていた。そろそろ二回目の発情期が来そうな兆候が出ている。抑制剤は飲んでいない。喘息も大丈夫そうだ。  学校へは登校せず、昨日からオンラインで授業を受けている。  身体の奥がむずむずと疼き出し、下腹がきゅうっともの寂しそうに収縮するのがわかった。出来上がった出雲の身体が八雲を欲して訴える。もうヒートは目前まで来ている。 「目が赤く潤んでるね……そろそろヒート来るんじゃない? 匂いも今朝より濃くなってるし」  出雲の目元や頬にキスをしながら八雲が「いい匂い」とその香りを楽しみながら吸い込む。 「わかんねえ、ただ一触即発な感じ。何かきっかけがあれば弾けそう」  自分で意識を食い止めていないと、八雲の匂いに浮かされて、頭の中が霞みがかってしまう。今はそれに必死だ。  ヒートが来たら八雲は三日間学校を休むと言ってきかない。進学校故、勉強の遅れを気にして出雲は反対したが、八雲は耳を貸さない。  学校への届け出は、貴文にさっさと頼んでしまって用意周到だった。 「あーもう、めっちゃ誘ってくるじゃん」  どんな目をして八雲を見ているのか分からない、けれどキスが欲しくて自分から唇を開いて舌をチラつかせていた。  八雲は宥めるように啄むキスを繰り返し、汗で纏わり付く出雲の髪を掻き上げた。  絡みつくアルファフェロモンが出雲をいざなう。再会した時からずっと纏わりついて来た匂い。この香りに誘われて、出雲の中のオメガが呼び覚まされのだ。 「ヒートが来たら、多分ラット起こすけど、怖くない?」 「うん……てか、余裕ないおまえも悪くないし、俺もぶっ飛ぶし」 「マジ? ゴムつける余裕なくなるから、めっちゃ中出しするよ?」 「そしたらおまえがピル飲まして」  八雲の首に巻き付いて甘えると、身体を抱き上げられて寝室のベッドに移動した。  洗いたてのシーツの上で向かい合うと、八雲は出雲の手を取り、自らの心臓の上にその手を置いた。 「首、噛むからね。もう誰にも出雲のフェロモンは吸わせない、俺だけのために出すんだ。出雲が俺に全部を差し出してくれる代わりに、俺はもう二度と喘息を再発させないって誓う」  八雲がうなじに唇を寄せて囁く。重ねた心臓の上が大きく脈打っている。八雲の鼓動がダイレクトに伝わり、自分の心臓も呼応する。 「うん……おまえ専用になるよ」 「一生出雲だけを大切にする」  八雲の真摯さに一瞬ぼーっと見惚れてしまい、出雲は熱い吐息を吐き出した。 「ヤベえ、おまえめっちゃカッコいい、ゾクゾクする」 「俺、番になったらすげー束縛するからね、覚悟して?」 「ふはっ、怖え。他人に束縛されんのなんかゴメンだけど、おまえならどうでもいいわ。兄弟パワーすげえ、好きにしていいよ」  二人纏わりつきながら服を脱がせ合い、ぼすんと倒れ込んだ。顔を寄せ、足も絡ませ合ってキスを交わす。 「俺八雲とキスすんの好き。おまえしか知らないけど、気持ちいいからもっとしたい」 「うん、俺も出雲しか知らない。だからたくさんしよう」  お互いの顔にキスをし合ってから深く唇を重ねた。口内で逢瀬する舌が絡み合い、夢中になる。 「好き、好きだ、出雲。やっと捕まえた、俺は生まれる前からずっとこの時を待ってたんだ」  アルファの言葉が呪文になってオメガの心を満たす。出雲は身を任せ、自分の上になる八雲を見上げた。  自分より力強い身体。自分だけを見つめる艶やかな黒い瞳。  なんだか眩しい、八雲が眩しくて眩暈がしそうだ。 「今はオメガに生まれて良かったって思ってるよ。そんくらい俺もおまえの事が好きで堪んないんだ」 「出雲……」  告白と同時に一気に身体の枷が弾けた。フェロモンが自分から大量に放出され、火に包まれたように身体が熱くなった。 「ああ、ヒート来たね」  アルファを誘惑する、むせ返るほどの濃く甘い香りに、八雲の頬がしっとりと紅く染まり、目元に熱が灯る。自分がそうさせているかと思うと、もっともっと情熱的になったいやらしい八雲が見たくなる。  艶やかに輝く瞳に自分が映っている。似ているのに似ていない、血と肉を分けた大切な兄弟。  フェロモンに当てられたその頬に手を伸ばすと、八雲は唇を寄せ出雲の手に頬を擦り付けた。 「出雲の中に入ったまま噛みたいんだ」  瞳を閉じた睫毛が艶めいて美しいと思った。アルファの内から発するエネルギーが八雲の身体の周りを覆い、キラキラと弾けている。  オメガに愛されて自信に満ちたアルファは一段と輝きを増す。番になったらどうなってしまうんだろう。  自分がそうさせられるんだと思うと、狂おしい愛しさが増した。  唇が首筋を這う。感じすぎる肌がゾクゾク震えて止まらない。発情期で赤く熟れた胸の突起を口で愛撫されながら、既に濡れて滴る孔に指が差し込まれ、びくびくと下腹が波打つ。八雲のフェロモンが出雲を包み込み、もう彼を欲する事しかできない。  息が上がる。欲に支配され、訳がわからなくなる前に噛んで欲しい。 「指はいいから、」  そこはもう慣らさなくたって、八雲を迎え入れるために柔らかくなっている。  出雲は自分から俯せると腰を高く上げ、滴らせる孔を八雲に晒す。 「早く、番になりたい──」 「出雲」  呼吸を荒くさせて八雲が覆い被さった。八雲の性器がヌルヌルと出雲から滴る体液を塗り付けると、一気に貫いた。 「──はぁっ、あぁぁ、ぁぁ……」  突然の挿入に嬌声を放ち、八雲をきゅうっと締め付ける。逆らうように腰を引くとまた突き込まれ、強い快感にあられも無く声が上がる。何度も何度も身体が揺れるほど打ち込まれ、断続的に気持ち良い波が襲う。  ああ、もう駄目だ、ヒートに飲まれる── 「出雲、出雲、俺達ひとつになろう──」  背後から耳に直接流し込まれた吐息。刹那、身体の奥深くに灼熱が届くと、歯が皮膚をめり込んで行く。痛みと強い快感が同時に襲い、身体を震わせて達していた。 「……あっ……なに、これ……」  目の奥が光の塊のように強く光り、身体はフワフワと浮遊するように軽くなった。  ああ、気持ちがいい── 「出雲」  愛おしそうに名を呼びながら、八雲が強く抱きしめる。  熱い身体の中で、ドクドクと強い鼓動が響いてくる。それがとても心地良く、充実感に満たされて、目を閉じた。  これか、これが番契約か。  こんなにもオメガの本能を満たす、アルファの所有の印。  もう離れられない。もう一生八雲としか愛し合えない。  それがこんなにも嬉しいなんて──  立ち上がるフェロモンに、出雲はヒートの波に飲まれていく。八雲は何とか正気を保ちながら、ゆっくりと出雲の中で動く。 「番になってくれてありがとう。ずっと一緒にいよう」  八雲が額を合わせ鼻先にキスをする。 「うん……番にしてくれてありがとう。ずっと一緒だ」  約束を交わし、出雲も鼻先にキスを返した。  夢の中で話しているみたいで心地がいい。じわじわと沁みる胸の中に、その肌の熱さまでも擦りつけているように近く感じる。  ああ、シンクロしているのか。だからこんなにも混ざり合うみたいに八雲が分かるのか。 「ヒートから醒めても俺達は変わらないよ」  うん、変わらない。家族で兄弟で、そして友達だったり恋人だったり。  とても贅沢な関係だ── ────…END

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