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 病院に着くと、既に八雲の手術は終えて眠っていた。静樹は荷物を取ってくると、八雲の無事だけ確認して学校に戻った。 「まるでデジャブだわ……春は八雲とあなたの目覚めを待って、今度はあなたと八雲の目覚めを待つなんて……心臓がいくつあっても足りない」  眞知が赤くなった目を押さえながら声を落とす。  出雲が二週間入院していた時と同じ病室は、相変わらず天井にアメーバみたいな染みがあって、ベッドを取り囲むカーテンレールの一ヶ所は外れている。  事故を起こした高齢の運転手は、アクセルとブレーキを踏み間違えたと供述しているらしい。  土曜の昼下がり、駅前のコンビニにはそこそこ人もいて、乗用車は歩行者を跳ねながらコンビニの入口に突っ込み停止したそうだ。  八雲も運悪く巻き込まれた被害者の一人だった。 「八雲学校に行ってなかったみたい。お義姉さんから連絡を受けて教えてもらったわ」  とうとう行くのを止めてしまったのか。貴文の診察の時に聞いたのが五日前。たかが五日。ああ、なんですぐに八雲の所へ行かなかったんだろう。今日会えるからとすぐ行動しなかった自分のせいだ。 「ごめん……八雲が不安定になってたの知ってたのに」 「何で出雲が謝るのよ。何かあったの?」 「俺がすぐ行かなかったから。俺が、行ってやらないといけなかったのに」  ぐずぐずになったまま鼻をすする。吸入薬で発作は引っ込んではいるが、涙腺は緩んだままだ。 「こら、あなたたちはすぐ自分のせいにする。八雲は大丈夫よ、この子の回復力は桁外れってオペしたお父さんのお墨付きだから」  そう言って眞知はティッシュを出すと出雲に渡した。  八雲の保護者になっている伯母の鞠子は今警察に行っているそうだ。貴文は診療時間が終わり次第、鞠子と合流するらしい。  店内の防犯カメラから、制御不能となった車が店内に突っ込んだ時、八雲はベビーカーを押していた女性を咄嗟に押し飛ばし、粉々に割れるウィンドウから離したそうだ。怪我が腕の骨折と足の打撲で済んだのは、陳列されていた雑誌類がクッションになったからだと言う。  ガラス片での切り傷だろうか、呼吸器を嵌めた八雲の額と頬にガーゼが貼られていた。  出雲と同じように右腕がギプスで固定され、左腕には点滴が繋がっている。  深い眠りの中にいる八雲の瞼はきつく閉じられており、目覚める気配はなかった。  痛いよな、痛かったよな──咄嗟に俺を呼ぶほど。自分もそうだったんだから。 「怪我まで同じなんてね……あなた達には昔から驚かされてばかりだわ」  出雲の事故から半年たたずに起きたのだから、眞知も堪らないだろう。  本当ならば、今頃ホテルで家族四人揃って食事をして、双子の遅い誕生日祝いをしているはずだった。  そこで出雲は八雲に心の内を話し、マンションに戻るつもりだった。次の発情期が来たら番になろうって、八雲と永遠の約束をするはずだったのに──  こんな再会になるとは思いもしなかった。  ──八雲、早く目を覚ませ。  心の中で八雲に声を掛ける。アルファとオメガじゃない、双子でもない、出雲と八雲で全てを話そうじゃないか。 「手術終わってね、すぐ目を覚ましたんだけど、出雲の名前呼んでまた眠っちゃった。私しかいなくてがっかりしたんだわ」 「まさか、まだ俺達喧嘩したまんまだし」  出雲の答えに眞知は意外そうに驚いていた。 「やだ、まだ仲直りしてなかったの? だからそんなに落ち込んでるんだ。早く謝っちゃいなさいよ、八雲は出雲が声掛ければすぐじゃない」 「だよね」 「そうよ。ホント露骨よね、私には塩対応なのに」  そう言えば八雲と喧嘩をしたことがなかった。祖父の家のアレが初めてかもしれない。でもあれは喧嘩なのか? アルファの怖さにオメガの防衛本能が働き逃げ出したようなものだから、喧嘩とは言わないのかもしれない。  さてと、と眞知は荷物を取ると携帯を確認した。 「八雲のことは出雲に任せるわ。この子も目を覚ました時出雲がいた方が嬉しいでしょ。私は警察行ってくるわ。お義姉さんとお義兄さんにずっと任せちゃってるから」 「わかった。俺ギリギリまでここにいたいから、今夜はお父さんのマンションに泊まっていい?」 「そう……いいよ。実はあそこ、出雲が戻った後も八雲が占領しちゃってね、お父さんはまだマンスリーマンションのままよ」 「だからあそこにいたのか……」  なぜ貴文は教えてくれなかったんだろう、八雲が戻っていた事を。出雲から動くのを見守っていてくれたのだろうか。 「また必要になるからどうしてもって鍵返さないの。あの子が我を通す時は大体あなた絡みよ」  それはきっと親をもねじ伏せるほどの熱量だったのだろう。アルファの威圧力でもって押し通す理由は。  出雲の発情期だ。八雲はいつも先を見据えて行動する。そのために部屋を確保しているのだ。 「八雲が退院したらさ、またマンションに戻るよ。今度は八雲の世話を俺がしなきゃ。それでそのまま八雲と暮らしたいんだけど」 「そうね、喘息のことを考えたら家から通うより負担はなくていいと思うよ。けど、あなた怪我してる八雲の世話できるの? この前みたいな喧嘩しない?」 「……しない、よう努力する」  しおらしくすると眞知は出雲の背をポンと叩いた。 「ホントに? 二人で生活できるのはこの前でわかってるから反対はしないわ」 「ありがとう。俺達さ、離れるとこうやって無理矢理引き合わされるみたい。だからさ、もう仲良くしてくしかないんだよね」  眞知は仕方ないねと頷いた。 「あーあ、結局八雲の宣言通り出雲取られちゃった。決着は私の負け、子離れしないとなあ。寂しいなあ」  フフフと別段寂しくなさそうに眞知は緩く微笑んだ。そして「じゃあ、警察行って来るね」と背を向けた。 「俺がいなくなったってお母さんにはもうお父さんがいるだろ」  そう呟いた声は届いたかどうか。  眞知が病室を出た後も、出雲はベッドの傍らに置いた椅子に座って八雲の寝顔を見ていた。  きっと今も八雲は不貞腐れて起きないだけだ。一ヶ月も連絡を入れず、マンションに戻らない出雲に拗ねている。出雲の声すら無視して心配させて、いつまで眠っているつもりだろう。  二人の心がシンクロしているなら、眠っていても届くはず。  あの時、自分も眠っている間、ずっと問いかけられていたのだから。  ──…八雲、俺の声が聴こえているなら目を開けろ。  規則的に鳴るモニター音がいつの間にか出雲を眠りの中に誘い込んでいた。  暗闇の中で、幾重にも重ねられた繭のような中で丸くなっている八雲が見えた。  不思議だ、これは夢のはずなのに、具現化させた映像を見せられているみたいだ。 「八雲、いつまでそこにいるんだよ。ずっと待ってんだから早く起きろ」  むくりと顔を上げた八雲がゆっくりと振り返る。 「嫌だ」  夢の中で八雲は無視せず出雲の声に応えてくれた。 「なぜ?」 「怖がらせて……出雲の喘息を再発させた」 「あれは、」 「俺は子供の頃から出雲の苦しさをなくしてあげたいってずっと願ってたのに……俺のせいで……」  深い悲しみが流れ込んでくる。  苦悩し続ける八雲の感情。寂しくて辛い、欠けた想い。欲しくて欲しくて堪らない、手を伸ばしても届かないもう一つの魂。  再発させるのが八雲ならば、その火種を沈黙させられるのも八雲なのだ。 「俺の喘息をコントロールできるのはおまえなんだ」  微かに聴こえるモニター。病室の向こうでは人の声や足音が聞こえている。 「八雲」  何度も呼ぶ。自分はあの時八雲の声掛けに目を覚ましたのに、なぜ八雲は目を覚ましてくれないんだろう。  八雲の声はもう聞こえない。ぷつりと通信が途絶えてしまったみたいに八雲の心が流れてこない。  それがとても辛くて堪らない。 「──出雲?」  名を呼ばれてハッと起き上がった。そこには白衣を着た祐作がいて、驚く出雲の肩をポンと叩いた。 「やべ、ちょっと居眠ってた」 「起こして悪いな……後少ししたら面会時間が終わるから」 「え、そんな?」  時計を見ると終了の十五分前だった。ほんの五分程度居眠りしていた感覚だったが、ゆうに一時間は眠っていた。  裕作は驚く出雲に「疲れてるんだな」と疲労の色濃く笑みを作ると、眠る八雲の向こう側に置かれているモニターをじっくりと見た。 「少し……睡眠障害を起こしているみたいでね。麻酔から覚めた後会話もできてるんだが、それからまたずっと眠ったままだ。外科的手術を受けると起こす患者もいるんだ。そのうち目を覚ますから心配しなくていい」  眠った八雲の顔を眺めたまま祐作が静かに説明する。 「手術が原因って事?」 「睡眠障害は痛みや不安等心因的な要素が強い。特に八雲は事故に巻き込まれて怖い思いをしているからな」  祐作は心配ないと安心させるように頷いた。 「お父さん、俺達を助けてくれてありがとう。俺、お父さんの子供で良かった……誇らしいよ」  突然の感謝の言葉に裕作は驚いたのか、動きを止めて出雲を見た。 「どうした、急に。本当にお前達は何もかもが一緒なんだな。出雲を手術した時も八雲は一語一句同じ事を俺に言ったぞ」 「俺達……心が繋がってるから……」  揶揄ように言うと、祐作はぐしゃりと出雲の髪をかき交ぜた。そして強く頭ごと抱きしめ、ポンポンと優しく撫でた。子供の頃はこんな風にされた事もなかったのに。 「二人を離してしまってごめんな、これはきっと神様からの罰なんだ。家庭を顧みなかった俺へのな」  出雲の空に広がった八雲の隙間から、一筋の光が差した。  まるで神様からの贈り物のように生まれ出でた二つの命。  無事生まれてきた時の喜びを忘れてはいなかったのに、夫婦の亀裂で離してしまった。神様に祝福されて生まれた二人を、離してはいけなかったんだ。  祐作は眠る八雲を見つめ、懺悔するよう胸に手を当てていた。 「お父さん、八雲が退院したら俺また八雲と一緒になりたいんだ」 「ああ、もちろんだ。おまえ達は兄弟なんだからそうするべきだ」 「そしたらお母さんは? 俺が家を出たら一人になっちゃうよ。それでいいの?」  そう言うと祐作は必死に訴える我が子に父の目を向けた。 「出雲、心配するな。お母さんは一人にはならない。今日四人で食事だっただろう? お前達には誕生日祝いなんて理由をつけていたけど、本当はもう一度夫婦として共にする事を報告する予定だったんだ」  本当の理由を聞いてドっと脱力した。 「なんだ、そうか……そうだったんだ……」  眞知が心を決めないと、と言っていたのはこの事だったのか。 「ああ。今まで本当にすまなかった。お前たちに感謝している……俺達を引き合わせてくれて、ありがとうな」  胸に喜びと安堵が広がり、噛みしめる。ずっとずっと張っていた緊張の糸がぷつりと切れたように、出雲はどさりと椅子に腰を落とした。 「八雲が退院したら四人でまた一緒に暮らそう。ちゃんと父親らしく、お前たち二人、社会に出るまで面倒見させてくれ」  こんなにも父親らしく話す祐作を初めて見た。父親なのに他人行儀で、途切れた中身のない会話以外何を話したらいいのか分からなかった人なのに。 「あはは、やだよ。お父さんとお母さんの再出発の邪魔したくないからさ、二人で仲良くやってよ。俺達は兄弟で仲良くやるからさ」  悪戯っ子のように断ると、祐作は心底驚いたのか止まっていた。 「俺達と一緒に住んでくれないのか?」 「お父さんが一番幸せにしてあげないといけないのはお母さんでしょ」  指摘すると裕作は情けなさそうに力なく笑った。 「息子に言われるか。ああ、こんなに早く親離れされるなんてな、俺のせいか。はは、じゃあ無理には言えないな」 「あ、でも大学卒業までの学費はお願いします。あのマンションの部屋も住まわせてください」  ぺこりと頭を下げて出雲ははにかむ。 「もちろん学費も出すしマンションも今まで通り使っていい、どんな事でもいいから俺に父親の役割を与えてくれ」  声音を落とすと裕作は医者ではない父親の顔をして出雲を見つめていた。 「本当に何でも言ってくれ」  真剣な顔で穴が開くほど出雲を見ている。 「うん?」  どこか哀愁のこもった瞳だった。なぜ、自分をそんな風に見つめるのかわからず、出雲もただ見つめ返しているしかできなかった。  幼い頃、激務だった祐作と、旅行や遊びに連れて行ってもらった事は一度もなかった。家にいても自分の部屋に籠っているばかりで、風呂すら一緒に入った事もなかった。父親とはそういうものだと思って育った為、尊敬心すら持っていなかった。  救急専門医として人の命と対峙する祐作が、どんな気持ちで向き合って来たか今ならわかる。幼少期からアルファと変わらない能力を求められて育ち、自分の自我を抑えつけられた祐作は、救急専門医として人の命を救う事で己の存在価値を見出してきたのだ。  アルファの多い医師の中で、今では局長となり、若手の人材育成に力を入れている。  激務で退局する医師が多い救急専門医だが、祐作は一人でも多くの命を救うため、家のクリニックは継がず、救急の仕事を全うするのだそうだ。  そんな父を事故で診てもらうまで知ろうともしなかった。自分は父としての祐作より、医師としての祐作が好きなのだ。 「ありがとう。容赦なく甘えさせてもらうから」 「お、怖いな」  祐作は痩せて薄くなってしまった出雲の肩を、確かめるようにゆっくりと撫でた。真剣な目で何か言いたげに見ていたが、流れて来た面会時間終了を告げるアナウンスを聞いて、医師の顔に戻った。 「アルファはベータと違って治癒が早い、基本的な体力や免疫力がずば抜けて高いから八雲もあっという間に治る。今眠っている間にも身体は着々と修復していくし、体力もフル充電される」  アルファの優位性──精神的にも強く、肉体や頭脳、容姿においても優れた性別。ウィルスや病原菌に対する抵抗力も強く、病気をする事もほとんどない。どこまでも優位に作られた種。医療では、アルファに投与する薬や治療計画が異なるほど、肉体は強靭でタフなのだ。  祐作は眠る八雲の頬へ手を添えた。父自らが執刀したアルファの息子。あとは目を覚ますだけ。 「お父さん、八雲は起きてるよ……眠っているけれど」  だってさっき、自分の声に答えた。身体は眠っているけれど魂は眠っていない。  出雲の曖昧な言葉に「そうだな」と祐作は深く追求せず相槌を打った。  八雲は起きている、ただまだ目を覚ましたくないだけだ。出雲と対峙したらまた喘息を再発させてしまうのだと、眠りの中へ身を置いているだけなのだから。  ──早く目を覚ませよ。  発情期のために部屋に残ってたんだろ?   眞知も祐作も自分達の思惑通りちゃんとくっついたよ。  もう八雲は眞知と出雲を取り合わなくていい。自分達はまた同じ家族になるんだから離れなくてもいいんだ。 「明日また来るよ。八雲、またな」  そう声を掛けて病室を後にした。  一ヶ月ぶりに戻ったマンションの部屋は八雲の匂いに満ちあふれていて、出雲を一気に二人だけの時へ引き戻した  真っ暗だったリビングに灯りをともすと、そこは見慣れた光景があって、何も変わっていない。  テレビの前に置かれたローテーブルには、タブレットや青と白のチャート、単語帳が出されたままになっていて、ちゃんとそこに八雲がいた痕跡があって安堵した。  冷蔵庫を開けると思ったより入っていて、それは殆ど二人がここに居た時と変わらないラインナップだった。出雲の好きなつぶつぶみかんのジュース、八雲の好きなみかんがどっさり入ったゼリー、二人が好きな◯ツンとみかんのアイスバー。クスッと笑いが漏れた。俺達どんだけみかん好きなんだよ。  伯母によると、八雲が学校を休んだのは今日だけで、昨日までは登校していたそうだ。ただやる気はないから授業には出ず、図書室で本を読んだり自学をしていたらしい。担任も静かに見守ってくれていたそうだ。  まるでエネルギーが切れてしまったみたいに八雲の意欲が消えたのは、半身が離れたから。  自分と同じように八雲もまた、心が欠けたまま、血の巡りを感じない日々を生きていたんだろう。  それでも出雲がオメガに覚醒した事を秘密にしたまま、次の発情期に備えてキープするため、ここに留まっていたのだ。喘息の発作で埼玉の家に戻ったが、八雲はちゃんと先を見越して行動している。  全ては出雲のために。  もういい、もういいよ。  ひとりにしてごめん。すぐ戻らなくてごめん。  これからは自分が八雲を幸せにしてあげるから。  八雲が得られなかった愛情を、これからは自分がうんざりするほど注いでやる。そうしてたくさん愛してやるんだ。  寝室にしていたもう一つの部屋に行き、ベッドに腰を落とすとそのまま後ろに倒れた。衝撃と同時に広がった八雲の匂い。無意識に枕と毛布を手繰り寄せ、顔におしつけた。  そうか、この一ヶ月の間、八雲はこのベッドで一人眠っていたんだ。離れていた間の八雲の基軸を辿るように、出雲は一つ一つに思いを馳せる。  目を閉じ、スーッと深く深く匂いを吸い込む。八雲の匂いしかしない部屋の中で、八雲に包まれていたいと本能で思うのは──もう自分は完全にオメガなんだろう。  ふわりと身体を抱きしめられたかのように、八雲の匂いが強くなった。身体の奥底がざわざわと落ち着かず、ぎゅうっと強く枕を抱えて顔を埋めた。急速に身体に熱がこもったように熱くなり、ゾクゾクゾクっと背を熱波が駆け上がった。  ──足りない。もっとたくさん八雲を集めなくては。  起き上がると、クローゼットを開けて、八雲の服を片っ端から取って行く。脱衣所に行って洗濯機の中に放り込まれていた衣類とタオルを抱えてベッドの上に放った。  強く香る八雲の匂い──自分だけのアルファだ。この男を誰にも渡してはいけない。八雲は自分だけのものだ。  今朝脱いだのだろうパジャマ代わりの長袖Tシャツに首を通す。自分よりもサイズの大きい服は、数時間前にいた八雲の抜け殻だ。  彼に包まれて、出雲は胎内にいた時のように丸くなる。トクントクンと鼓動だけが聴こえる。  ──八雲、聞こえるか?  心の中で問いかける。  おまえが足りない、こんなにたくさん八雲を集めているのに全然足りないんだ──早くここに戻って来いよ。  いつまでそうやって眠ってるんだ。  俺はおまえが怖いよ。  だっておまえがいないと生きていけない。俺の生命は八雲が握ってるんだ。  おまえが俺を生かしも殺しもするんだぜ?  もう離れようがないよ。  おまえじゃないとダメなんだ。八雲がいないと生きた心地がしないんだ。おまえだけが確実に俺を生かせられるんだ。  ──好きだよ。  今度はアルファとオメガじゃない、出雲と八雲として、ちゃんと告白から始めよう。  改まるのは照れるかもしれないけれど、兄弟なんだから恥ずかしくないよな。  心だけじゃない、口に出して伝えるよ。  八雲が好きだって。  番になって、おまえとちゃんと繋がりたいって。  ──出雲。  八雲の声が聴こえた。  同時に熱い涙が頬を伝う。自分の意思では制御できない涙は止めどもなくあふれ、ぼとぼとと落ちシーツを濡らす。  これは八雲の涙だ。  あの時と同じ──八雲が難関校に合格した時、感情が爆発したかのように涙があふれて止まらなかった、あの時と。  今自分達はシンクロしている。  心が通じ合い、お互いを想う満ちあふれた愛情に包まれている。純白の羽毛に埋もれているみたいに優しくて、柔らかくて、気持ちがいい、甘いフェロモンに酔うこの多幸感は二人だけのもの。  二人にしかわからない不思議な力──  ここは何て気持ちが良いんだろう。八雲の匂いに包まれて安心する、もう二度と八雲から離れたりしないから。  自分達は、兄弟だとか血の繋がりだとか性別だとか、全てを超逸してしまっている。モラルもタブーもない、誰に理解されようとも思わない、二人だけがわかり合っていればいい。  小さい頃からずっと求め合って来た、アルファとオメガに分かれた二つの分身なんだ。  自分達は──離れたら死んでしまうのかもしれない。  だからもういい。だって離れられないんだから。  神様は色んな手を使って双子を一緒にさせようとする。  運命に逆らおうとするからこんな目に会うんだ。

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