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第56話 噂 ①

 翌日もその次の日も、あの晩あったことなんてなかったように、ルーカス様は僕のことを「お前」と呼び、まともに顔も見ないようにしていた。  多分ルーカス様の中で、あの夜のことは夢だとされていると思う。  僕はそれでいい。  現実では会えないミカだけれど、夢の中でミカに思いを伝えられたと思えば、少しは気持ちが楽になるかと思うから。  ルーカス様が僕の部屋に訪れることはなく、部屋の外に出てもいいとも言われない。  侍女も食事を持ってくる時と、湯浴みの湯を用意する時以外、僕の部屋には寄りつかない。基本的な生活はできるので、それだけで感謝している。  けれど、時々僕に聞こえるように廊下で色々な話をしていく。  その話の大半が、僕に対しての冷たい視線と噂話。 「レオナルド様って、流行病の高熱で自分のことを『ミカエル様』だと思っていたみたいだけど、本当なのかしら?」 「え~そんなの違うわよ」 「どう違うの?」 「きっと活発で美しいミカエル様に嫉妬して、流行病をいい口実になりかわろうとしていたんじゃない?」 「え~、そうなの!?」 「そうに決まってる。それしか考えられない」 「それにミカエル様に成り代われば、あのサイモン様と結婚できるのよ。こんないいことないじゃない」 「本当にそうね。レオナルド様ってか弱そうな顔して、本当は怖い人なのね」 「本当よ、私達も騙されないようにしないとね」  毎日、こんな話が繰り広げられている。  ミカエルになりたいと思ったことも、流行病でミカエルとして生きていくのを選んだのも、サイモンと結婚したいと思ったことも真実。  どれも本当のことだから、何も言い返せない。  心の中でミカとサイモンに謝ることしかできなかった。 「レオナルド様、今日も残されるのですか?」  侍女が呆れ顔で、僕がほとんど手をつけていない昼食を下げる。 「食欲がなくて」  食材を作ってくれた人にも、僕のために食事を作ってくれた人にも、運んでくれた人にも申し訳ない。 「お腹が空いても食べられない人が、大勢いるんですよ。それを考えたことがありますか?」 「それは……」  世の中にはお腹いっぱい食べられない人は、大勢いる。  そんな中、僕はなんて酷いことをしているんだ。 「それに私達も暇じゃないんです。仕事が山積みなんです。そんな中、食べもしないレオナルド様の食事を運び、残飯をとりにくるんです。すごく手間なんです」 「ごめんな、さい……」 「はぁ~。謝れば何とかなると思われるお貴族様は、ホントに困るんです」  そう言われて、申し訳なさで潰されそうになる。 「じゃあ、何と何だったら食べられるんですか?」  黙りこくる僕に侍女は問いかける。 「どう言う意味?」 「いつも残されるんだったら、食べられる食事だけお持ちすれば残飯も減ります」  ああ、そういうことか……。 「パンとスープさえあれば……」 「パンとスープですね。では夕食からメニューを変更してもらえるように、シェフに伝えておきます」  そういい、侍女は部屋を出た。

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