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第57話 噂 ②

 宮殿に来て一ヶ月ぐらい経った頃より、僕の食欲はどんどん減ってきて、最近では殆ど食べられなくなってきていた。  だから侍女に叱られるのも仕方ない。  僕はここでも厄介者だ。食べさせてもらえるだけでもありがたいと思わないと……。  以前は少しだけでも、僕の部屋をのぞいてくださっていたルーカス様も、最近はめっきり来られない。    部屋に生けられていた青い花は、早々に枯れてしまい、自室は僕ができる範囲で毎日掃除はしているけれど、美しく清潔だった部屋の中は少しずつ埃が溜まり、シーツのシワが目立つようになってきた。  下着は清潔だけれど、服はあまり手入れしてくれず、新しい服なんて全く入ってこない。  なぜルーカス様が僕を妃に選ばれたのか?  もし僕への罰なら、もっと酷い罰があるはずなのに……。  大きな窓から、園庭を見る。  太陽の光を浴び、美しく成長していく草花。   少しでいいから、あの庭に出て、花の香りを楽しみたい。  花に水やりをしたい。  木々の間にできた木漏れ日で、一人たたずんでいたい。  ミカもそう思っていたの?  外は素晴らしく美しいのに、出られない悲しさ。  ミカは小さい頃から、その悲しさと戦っていたの?  ごめんねミカ。  僕がもっと早く気がついてあげられていたら……。  いつかミカが眠るお墓に行けたら、ミカが大好きな青い花をたくさん持っていくよ。  ミカが大好きだった本も持って行って、一緒に読もう。  木漏れ日はどう持って行こうか?  大きな木は持ち歩けないし……。  こんな時は、物知りなサイモンに聞けば、いい案を教えて……。   そう思った時、優しく微笑むサイモンの顔が思い出される。  できるだけ思い出さないようにしていたのに、いろいろな場面で、ふと思い出してしまう。  サイモンは元気だろうか?  こんなに噂が飛び交う宮廷内でも、サイモンの噂話は聞こえない。  サイモンのあの優しい笑顔に会いたい。  熱い眼差し、愛おしげにキスをしてくれる時の唇の柔らかさ。  求められる時に瞳の奥に見え隠れする、獣のような視線。  甘えるように後から抱きしめられた時の、温もり。  繋いだ手から伝わる体温……。  全てが懐かしくて、全て自分で壊してしまったもの。  サイモンが恋しい……。  でもそんなことを思ってはいけない。  だって僕はルーカス様の妃になる。  帝国のため。人々のため。僕ができることをしていくんだ。  僕の役目はルーカス様を支えること。  あの夜、僕に見せたルーカス様の心の痛みを、僕が少しでも癒せるように、どんなことがあっても……。

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