1 / 102

第1話 見つけた

 ついに見つけたんだ。妄想の恋人。実在するならこんな人がいい、と想像していた。  俺はスーパーマーケットで働いている。バイト。朝から品出しをしていた。商品を補充する仕事。この界隈でも安くて評判の店だ。  近くに大学がある。俺はそこの学生だ。 今日は金曜日。仲間たちが集まって、誰かの部屋で飲み会をやるための買い出しだろう。数人の学生風のグループが来た。 「あいつの部屋には、油と塩コショウしかないってよ。」 「何買う?やっぱ焼き肉?あとタレも。」 「ビール買おう。それとワインも。」 「私ってビール飲めない人なの。 甘いカクテルがいいな。」  彼女なのか、腕にぶら下がるようにして、甘えた声を出している。こう言う女に憎悪を覚える。  俺はミソジニーか。 みんなが食べ物を夢中で探している。他にも女子が数人混じっているが、彼女が彼を独占している。  彼と目が合った。品出ししながら、邪魔にならないようにせっせと商品を並べていた俺を、その人はまっすぐ見つめてくる。  世界でその人だけが、俺には見えていた。 背が高くて長そうな髪を引っ詰めてまとめている。端正な顔が小さい。  まるで自分のもののように腕を組んでこちらを睨みつける彼女。  なんてウザい女だ。俺とその彼の間に割り込んでくる。わざと品出し中の商品を手に取り、また、投げ返してくる。  棚に並べたばかりの商品を、関係ない所に放る。 「ねえ、サラダが食べたい。私、野菜がないとダメな人なの。」  舌っ足らずな喋り方がイラっとさせる。 彼は困った顔をして彼女に引っ張られて行った。 (なんて綺麗な彼。女なんか霞んでしまう。)  しばらく見惚れてしまった。割と広いスーパーの中を彼らはグルグル回っている。買い物に慣れていないのか、必要な物が探せないらしい。  その都度、彼は彼女に仕切られて後をついていく。牛肉を手に取った。その手に見惚れる。骨ばって長い指。  しきりに牛肉を見ている。常陸牛の特上。焼肉用の霜降り。柔らかくて焼いたらあっという間に舌の上で溶ける。当店のおすすめ品だ。  手を離した。丁寧に元あった場所に返した。 その長い指を見る。大きくて逞しい。  俺のばあちゃんが言ってた。 「指のきれいな男はダメだよ。 働かない、頼りにならない。気を付けろ。」  この人は違うよ、ばあちゃん。俺を騙しに来たわけじゃない。ほら、女の子にくっつかれて少し困ってる。  綺麗な手の人は、帰ってしまった。どこか俺の知らない所に。  もう二度と会う事はない。いつも一瞬の出会いを元にして夢をみる。俺の悪い癖。

ともだちにシェアしよう!