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第1話「離脱」1/2
湖と森に囲まれた、自然豊かなセルフォラ王国。
第一騎士団団長のハーウェル・アイリスは、整頓した団舎の自室を振り返った。
様々な業務の引継ぎは昨日までに滞りなく終え、騎士として身に着ける物をすべて棚に片付け終えた。
扉の横にある鏡の前に立ち、自分の顔をまっすぐ見つめる。
金の髪にアクアブルーの瞳。肌は陽に焼けてもすぐに白くなる。騎士になる前は――否、騎士になってからもしばらくは、綺麗な顔だの言われていたが、強いことが分かってくると、言われなくなった。
騎士団で力のあるものに、そういうことを言う奴は居ない。
騎士の服を脱ぐと、騎士として背負っていた覚悟も誇りも、途端に無くなる気がした。
どこにでもいる、ただの男だなと思うと、自然と苦笑が漏れた。
この七年間。ただひたすら騎士であろうと努めてきたのにと、一瞬頭を掠めたが。
――でも、それで、いいんだ。
静かな気持ちで部屋に一礼すると、しばらく戻るつもりのないその扉をゆっくりと閉めた。
団舎を出て馬舎に向かおうとした時、「団長」と呼ぶ声と、駆け寄ってくるたくさんの足音が聞こえた。
振り返ると案の定、団員達が大勢集まってきていた。
「お前達、訓練の時間だろ」
苦笑しながら言うと、「団長代理も来てますし」と笑う団員達と、苦笑している団長代理の姿が目に入る。
「見送りは良いと言っただろ。その為に昨日遅くまで、酒に付き合ったのに」
苦笑交じりのハーウェルの言葉に、団員達は「見送り位はさせてください」と笑う。
「団長が戻られるまでは任せてください。全員、今より鍛えあげて、団長にお返しします」
団長代理を任せた副団長が、笑いながらそう言った。
ハーウェルが「ありがとう」と微笑むと、団員達は少し寂しそうな表情を浮かべた。
ハーウェルは「蒼炎の騎士」と呼ばれ、もう長い間、敬仰されてきた。
父が亡くなり、兄が伯爵家を継いだのを機に、一騎士として入団したのが十七才の時だった。何年も続く戦で功績をあげて国王に気に入られ、若くして騎士団のトップに上り詰めた。
ハーウェルの剣は、得意とする炎の魔法で蒼く燃え上がり、敵を一度に何人も倒す。それは味方の士気に多大な影響を与えた。ハーウェルの下には優秀な部下達が集い、連戦連勝。やがて周辺国を制圧し、長く続いた戦乱の時代がようやく終わった。
二十四歳になっていた。七年もの長い日々がすべて、戦うことで過ぎ去ってしまったことに、戦争が終わってからふと気付いた。戦に勝つことだけが、全てだった。
国王を始めとする周りの者は皆、ハーウェルに、妻を娶り爵位を新しく得て自らの家を興すようにすすめた。
それが進むべき道だと、誰もが思うだろうことは、ハーウェルにも分かってはいた。
けれど、それらすべてを辞退した。
本当は、一度、騎士団から退くつもりだった。
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