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第1話

 αが、全てだなんって風刺は、止めた方がいい。  まだ幼稚園に通うぐらいの俺が、3つ年下の妹が生まれたからと母方の曾祖母の家で、報告会と言う名の親戚の集まりだったが、その人に会えたのは、偶然だったとは思えない。  広い洋風の庭…庭園? 庭師さんとか普通に居て…  その時は、大きなハサミでチョキチョキと小枝を剪定していて…   物珍しい気持ちになった俺は、妹の顔合わせそっちのけで、その家の窓から庭ばかり眺めていた。  曾祖母の家は、洒落た西洋風な家で室内は、木の温もりを感じさせる造りや装飾が施され飾れた絵や調度品が高そうで…  子供心にも、なんか凄い所に連れてこられたなぁ…  的な…そんな印象だった。    その屋敷の中で、一番大きな部屋の窓辺に置かれたロッキングチェアに座り俺を手招いたのは、曾祖母だった。  綺麗な白髪とにこやかな笑みが印象的で…  『アナタ…αね?』    まだその時は、α寄りだと医者の説明を受けた両親から不用意にα性の事は言ってはならないと言われていたからか、ムッとした表情になっていたと思う。  すると曾祖母は、ニコニコと自分の耳を指さした。  『耳?』  『ばあばと2人で、内緒話しましょうか?』  普通に、ニッコリと笑っているのに不思議と眼力のある人だと思った。  眼光が鋭いだけじゃなくて、ハッキリとした自分を持っているような毅然とした表情にビックリしていると…  『私もよ。同じね』小声で耳打ちされた。  柔らかい微笑みに俺は、目を丸くした。    『おそらくアナタは、これからそう診断をされるわ』  『αとかβとかよく分からない…』  今にして思えば、両親が曾祖母に産まれた妹を見せに行くと言いながら俺と曾祖母の2人で、会えるようにと予め頼んで連れてきてくれたのかもしれない。    『確かにαは、希少性が高くて目立つ存在よ』  『きしょうせい?』  『とても珍し言ってことね…頭も良いかも知れないわね。スポーツも得意になるかも?』  『本当に?』  『でも、いっぱい努力しないとダメよ? 自分の中にあるαを過信しすぎても、ダメよ』  『かしん?』  『自分は、誰よりも優れている。自分は上に立つ人間だ。何でも出来るからって…他の友達よりも、偉いとは、絶対に思ったりしちゃダメよってこと…』  『…うん…』  何となく分かる程度の知識で、難しい話に意味も分からず戸惑っていると曾祖母は、俺の頭を撫でてくれた。  そんな助言を、気にしつつ俺がαと証明された直後に起こった親族同士の揉め事もあり。  改めて曾祖母の言葉を思い出した。  揉め事を起こした親族は… 『その子は、誰よりも優れている。上に立てる人材なんだ』  両親が言うには、どこぞの社長? とかでプライドが高く自分の事業を拡大したと躍起になっていた所で、俺のα性が発覚。  目の色を変えて両親に俺と自分の養子縁組をと、持ちかけたそうだ…  経営者として優れていのるは、別として…  俺のα性を経営手腕の1つとして将来を見据えたい? だっけ?  『α性は、優秀なんだろ?』    α性だからって、怠けていたらそれまでだって…  何もしないで、認められるわけがない。  俺は、曾祖母の助言以降、努力してきた。  α性ってよりも、自分に恥じないように…みたいな?  けれど、親族でもあるその社長の出現から俺は、α性を隠すようになった。  以降、その話は親族内でタブーとされている。  『えっ…にーに…これからは、βって名乗るの? えっ…ちょっ…あのオッサンの影響? 気にすることないでしょ? にーには、凄い努力家だよ! それをαだから当たり前だみたいな言い方されて本当、腹立つ!!』    妹の未麻はプンプンと怒って、その親族に怒りの電話を掛けようとしたのを、俺が止めた。  『父さん達や他の親族からも、関わるなって言われただろ? それにαだからって、オジサンの事業拡大に繋がるかどうかも怪しいだろ?……』  『あのさぁ…にーに…私、聞いちゃったんだよね…』  『何を?』  平日の夕方、まだ両親が帰ってきてない状態なのにも関わらず。  改まったように妹の未麻は、声を潜める。  『あの人の奥さん…Ωだって知ってた? その人の親族にΩの女の人居るんだって…』    それは、初耳だった。  『って、ドコで聞いたの?』  『お父さん達が、夜遅くに話してるの聞いちゃって…』     そう言う事か…  例の俺との養子縁組の話し以降、込み入った話になりそうだからと、俺や他の親族の子供たちのが、一斉に曾祖母宅の広間から出されたのは、言うまでもない。  それから両親達が、あの親族とどんな話をしたのかは分からないが…  『二度と来るんじゃない!!』  庭にまで響き渡った曾祖母のドスの効いた声は、成人未満の孫達を震え上がらせた。  そりゃそうだ滅多に怒らないと親族の中でも知られている曾祖母が、とんでもない剣幕で、あの親族に対して塩を撒いて追い払ったと言うのだから。  『80過ぎのおばあちゃんが、座ってたロッキングチェアから勢い付けて立ち上がって…』    ロッキングチェアの後ろの棚を破壊して、高そうな皿が何枚か割れたらしい。    『…で、カッと大きく目を見開いて孫のお嫁さんに塩持ってきな! って叫んだらしいもん…』  凛とはしているものの…  さすが、あの年で立ち姿の背筋ピーンは伊達じゃない。  昔のように歩けなくなったとはいえ自宅の庭を、孫のお嫁さんと一緒に散策するのが日課とか…    『あと…若い頃は、居合抜きしてたとか…だっけか?』  『薙刀じゃなかった?』  確か、居間の梁に薙刀と床の間に日本刀(模造だと思われる)と竹刀と木刀が飾られているからなぁ…  『凄いおばあちゃんだよね…』  『スマホゲームもしてるんだっけ?』  『音ゲーらしいよ…』  『マジ?』  『マジらしいよ…しかも、流行りの歌とか知ってるし詳しいし…』  妹とは笑って話を終えた。  その後、改めて曾祖母宅に呼ばれた俺は…  あの日の経緯を聞かされた。  妹が家で聞いた話は、略当たっていて…  俺と養子縁組をして、その奥さんの実家に居る同い年ぐらいのΩの女子と結婚させたかったらしい。    その話を聞かせると妹の未麻は、『キモ』と身体を震わせた。  それから約三年。  自分でも、第二次性がα性だと自覚するようになり。更に三年が経過した。  あのまま例の親族達とは、疎遠となり…  俺は、志望していた高校に入る事が出来た。  ただ特に気にしてこなかった第二次性だったが、周りも第二次性を意識し始めたのか、ハッキリとした差が現れるようになったと言うか、どちらの性も牽制まではいかないものの…  互いに気を遣っているようなぁ…  遠回しに相手の出方を、気にしているようにも見え始めていた。    そんなものだから中には、自分の性を推す者だって出てくる。  この数百人単位の学校の中で、αやΩの比率程曖昧な数はない。  それこそ知る術なんってないだろう。  俺と同じように黙っていたり。  βとして偽ったまま生活を送るヤツだっているだろう。  今までの自分が、第二次性の出現によって一時的にバランスが、崩れたり保てなくなる頃が、丁度今なんだと、主治医の先生が言っていたことを思い出す。  俺はαで、その数値は揺るがなしい。ただ俺は、特性上自分の第二次性も、Ωも認識できてないらしい。  俗に言うΩのヒートと呼ばれる変化時のフェロモンが、全く分かってないらしいし……    少し『匂う』かぁ? 程度で興奮作用もなさげだ。  少し強めの香水って感じるのは、Ωを認識出来ない俺の体質が、どうも影響しているんだとか…  本当にこんなんでαと言えるのか? 俺には、αと名乗れるほどΩを強く惹きつけるモノが、何も無い。  身体がαであっても、意識的な深い部分の何かが、子供の頃から無いに等しく。  その頃に曾祖母に言われた事を、実践したてきたからなのか…  αである自信よりも、いまの自分である自信のほうが強い。  だから安易にαと名乗って、あの親族達と同様のヤツらが、近付いてきたらと思うから余計に俺は、βと名乗りαもΩも、無関係だと突き通そうとしているのかも知れない。  そうは言っても、高校生の立場上Ωの同級生の予期せぬヒートに同じ同級生のαが反応して教室が、騒然となるとか…  ヒート間近のΩが、αの存在に強く依存し反応してしまい…と、その逆も…無くはない。    『…本当に気にならないの?』  主治医の先生は、男でβだ。  同僚の看護師さん達にチラ見される程顔が良い。  何よりも、個人経営の病院の息子ときたたもんだ。  しかも次の院長候補で後継者…    『先生の方が、モテないはずないですよね…』  『コラ! 話を逸らさない!』  白衣着てシュッとしたモテ顔でパソコンを打つ姿は、非常に絵になる…  『…じゃ…今回も、αの興奮作用を抑える薬は…処方しないでおくね…次回は、また1ヶ月後のこの時間に…丁度…日曜の夕方かな? その時間だけ開けとくから入ってきてね』  『ハイ。ありがとうございました』  うん。と頷くも押し黙った先生は、言葉を選ぶように慎重に声を掛けてくる。  『もし…だよ』  『………………』  『何らかの形で、身体に不調が現れたりしたら連絡するように対処法は、色々と考えてあるからそれだけは、忘れないでね』  『ハイ』  物腰が柔らかく面倒見が、良いし頭も良くて話しやすい。  誰かに似てる…  あぁ~あの人だ…  一歳年上の幼馴染杏の恋人でもあるαの石田先輩だ。   あの人も、良くできた人だよな…  あの人もαって言うなら。  Ωのヒート時にαが、嗅ぐと興奮するとか言うフェロモンを感じるってことだよな?  抑制剤は、フェロモンを感じにくくするとか、感じても暴走事故を抑制するために飲んでいるわけだし…  あの涼しそうな顔して、そう言うのを飲んでるかもしれないって事に少し動揺した。  でままぁ…  Ωのヒートに反応するのが、αの本能としては正常なんだ。  診察を終えた日だけは、疲れているのか、妙に気怠く夕飯の後は、大抵部屋に引きこもる事が多い。  「にーに。お風呂空いたよ?」    ノックと共に妹未麻の声が、部屋に響き渡る。  何となく寝れそうな…  眠れなさそうな…    「寝ちゃった? おーい」  しばらくして未麻は、一階に降りていったらしい。  カーテンの隙間からもれる光源は、近くの大きなショッピングモールの光だろう。  夜中近くまで、この光は消えない。  ボーッと、部屋の天井を眺めながらほんの数ヶ月前に主治医の先生と話し合った会話を思い出していた。    『一応、まだ高校生だし…ま・だヒートになったことのない子にとって、ヒートは辛いだろね…』  …まぁ…Ωじゃないからなんとも言えないが…  『…咄嗟の対処法なんって…自分の身体同様に未発達な部分でもあるから。難しいんだよ…だからココは、他の先生達と協力して曜日で診療科目や内容を変えているし完全予約制にしているんだよ…』  どれが正解で正常なのなか、それはΩのヒートが続く限り問題視されているらしい。  『番…』何気に口をついて出た言葉に俺自身が、深く動揺している。    『先週、地方の大学でソレの未遂の事案が、起こった話は聞いてる?…』  『ネットで…』   報道規制なんってのは、昔の話だけど…  『まぁ…番の有無関係なく悪い話は、絶えなからね…』  悪い話とは、Ωのヒートのフェロモンに当てられたαが、Ωを襲ってしまった事例だろ。  だから中には、αは凶暴と誤解されがちだしΩに関しても、そんな匂いで人を誘惑するなんってと、偏見を持っている人も、少なからず居るらしい。  『だから。過度な接触や突然のヒートから身を守る抑制剤やチョーカーを、着けているわけだし…αも興奮や気分の高揚を抑える薬を飲むわけだ…』  『そうですね…』俺は、ま・だ飲んだことないけど…  『本当は、お互いに寄り添える事が出来て支え合える番が、見つかればいいけど…』    そんな都合の良い話は、略ない。  妥協とか…  その人に見合う人をとか……  縁故なんって話もよく聞く。  それをやろうとしたのが、親族のオッサンだ…  『だから運命なんって言葉が、生まれたのかもね…』  『俺は、そんなの信じてませんけど…』  『それは、まだキミがαとしてΩを、見れていないからだと思うよ…』    そうハッキリと言われると、身の置き場がない。  『ヒートとか…番うとか…そんな本能丸出しで…噛み跡つけたらΩは、逃げられなくなるとか…』  『Ωが、可哀想?』  『……えっ…と、仮に…Ωが居て本当に好きな人とか居て…でもその人がαであば良いけど…そうじゃない場合もあるんけでしょ? 自分が本当に望んだ人とって…』  『考えすぎだよ。昔と違って薬はよく効くし。暴走騒ぎなんってそうそう聞かないでしょ?』    穏やかに微笑む先生は、少し席を外してインスタントのコーヒーを淹れてくれた。  『ありがとうございます…』  『それにね。今は、Ωにだって選ぶ権利はあるんだよ。確かにαは、優秀だ。優れている。だからこそΩに選ばられんだよ…』  『はぁ……そう言うもんですか?』  『そうだよ。キミだって選ばれる可能性が、あるんだからね…』    それは…  気にしたことなかった…  自分が、選ぶ側かと思ってた…    『あっ』  選ぶ側。本能的に思い込んでいた?  『どうかした?』  『いえ…』    αとΩ。  もっと客観的に見る必要が、あるかも知れない。  どんなにΩが、ヒートをむかえようとフェロモンを撒き散らそうが、本能的な欲が沸かない俺にとってΩのヒートは、他人事だった。  甘く香るフェロモンも、あの虚ろな目も、赤く火照ったふうな首筋を見せられても、苦しそうとしか思えなかったけど…  Ωは、Ωで、αを見ているんだ…  噛まれても、良いならまず事件にはならない拒否反応があるから事件になる。  そうだとしても、やっぱりΩの本心もαの本心も、理解できない。    『あの…やっぱり俺…βなんじゃないんですか?』  『数値的にキミは、αだよ。全く諦め悪いなぁ…』  『ですね』    フッと爽やかに笑う先生は、場を和ませるのがうまい。    『それに…フェロモンの匂いは、何となく分かるんでしょ?』  『…多分…ですけど…あの甘い感じの…独特な?』     先生は、真剣に頷く。    『この先、どうなるかは…正直ボクにも分からないけど、一緒に解決していこう…』  『ハイ』  俺の生まれ持った第二の性ってやつが、機能していない以上、どうにもならない。  だからこそ周りが、怖い時がある。  自分が気付いてないだけで、近くにΩがいるかも知れない。  俺の第二次性が、悪い意味で知られてあの時の親族のオッサンみたいなのが現れたり。  考えたくはないけど、本物のオッサンが、まだ俺を諦めていなくてΩである奥さんの親族をと……なんって考えだすと恐ろしい。  しかも噂では、同い年って話だから同級生に紛れて近付かれれは、お手上げだ。  だから一歩、同級生にもクラスにも馴染める気がしなくて、踏み込めない。  同じ年頃の同級生達を、少し怖いとさえ思っている。  それでも、一般的にαの希少性が、高い事は揺るがないから。  バレれば、βでも自分にとって有益とか、得なことがあるのではと騒ぎ立てられるかも知れない。   そうなれば、あからさまにΩであると態度を変える同級生も、出て来るはずだ。  『気を抜くなとは、言わない。とにかく注意するように…』と、親から言われてから全く気が抜けない状態も続いている。  親からしてみれば、αと言われ続ける息子が鈍感なαだと楽観視し過ぎてある日突然、α性に目覚めてΩや他のクラスメイト達に迷惑を掛けないか、気が気じゃないんだろう。    一つ上の幼馴染の杏のカレシでもありα性でもある石田先輩が、歩くだけで第二次性に関係なく同級生達が、目の色を変えて擦り寄ろうとするんだから嫌悪感しかない。   そう考えると俺が、αである事は、ずっと隠し通すのが一番なんだと思う。  ただ俺が、変わってしまった時…  周りは、どう反応するんだろうか?…  『アンタってさぁ…意外に顔整ってる? 眼鏡取ってみ?』  『えっ? いや? 俺…視力悪しい…』    女子のカースト上位からは、ダサい。オタク。と呼ばれているのに、どう言う主観で俺の顔を見たらそうなるのか…  『取ってよ!』  『見えなくなるし…』  『イイじゃん。取るぐらい!』  『いや…その…』取ったら周りに容姿がバレる…  そんな押し問答の中で『止めなさいよ!』と割って入ってきたのは、学校では、先輩と位置付けれる幼馴染で、俺の第二次性を知る安東 杏だった。  『ナルは、昔から乱視でド近眼なの…そう言うの迷惑だから止めて上げてくれる?…』  ハッキリと何でも言える杏は、意外にもβである。  ただ普通に天才肌で勉強もスポーツも、得意でそれなりの成績を残している。  曲がった事が、大嫌いで正義感にあふれていると言うか、熱いと言うか、俺と違って常に堂々としている。  子供の頃から自分に自身を持っていて、気も強い……  『杏。あんまり責めないで、ちゃんと話せば、向こうも分かってくれるよ…』    そう後ろから杏に声を掛けてきたのは、カースト最上位も驚く。  全てを兼ね備えていると言われるα性の石田 楓也先輩だった。  家は昔からの金持ちで、社長さんで? 両親も兄もα…  由緒正しいβ一族とは、雲泥の差だ。  笑顔も姿も、眩しい。  『でも、人の嫌がることを、するのは、ダメだと思うのよ!』  『だとしても、言って言い返しても解決しないよ。けれど杏の言う通り嫌がる事は、しないであげてね…』  杏のキツイ物言いに、石田先輩の隙のない笑顔が中和剤になる。  俺に難癖を付けてきたカースト上位の女子達は、バツが悪そうにそそくさとドコかへと行ってしまった。    『成瀬くん。大丈夫だった?』  杏よりも早く声を掛けてくれたのも、計算された遣り取りみたいで…  俺は、無言のまま頭だけを下げてその場を後にした。  『アンタってさぁ…意外に顔整ってる? 眼鏡取ってみ?』  まぁ…確かに?    容姿やら頭の良さは、生まれた時から恵まれていたらしい(ただし俺は、要領が悪いと両親談)  なのに視力は、本の読みすぎなのか…いつの間にか、ド近眼で眼鏡を掛ける事を余儀なくされた結果それが、コンプレックスになり前髪の生え方を気にしているうちに長くなったと言うだけで、オタク的なレッテルを貼られるようになったらしい。  家族には、散々。    『前髪を切りなさい! それか横に別けるとか…流すとか…』  『にーにコンタクトにすれば?』  『いや…コンタクト合わないし。ドライアイだし…前髪は、前髪の横につむじがあるから短くすると上がっちゃうから』と、嘘は言ってない。  『ねぇ…にーにって本当にαなの?』  『…多分…』と、疑いをかけられる始末だ…  そんな事が続き同じようなα性ヤツを見掛けても、対等にとか自分の方が、格上だとか思えなくなっていった。  きっと、第二次性は自分に関係ない。  αとか、Ωとか…  振り回されるヤツら同士で騒いでいれば、良いんだよと諦めることにした。  まぁ…俺の場合は、本当に第二次性を気にした事がないからβって言っても怪しまれない。  一応、幼馴染は、俺の第二の性がαだってことは知ってる。  ちなみに杏こと安東 杏は、さっきも触れたが、βだ。  容姿は、見ての通り長身で綺麗。  母親がモデルで、今もなお現役て活躍していらしくその容姿を、色濃く受継いだって感じだ。  大きな目元で素直で明るく元気とくれば、モテないはずがない。  栗色の髪を緩く編み学校のブレザーを着込めば、彼女の戦闘態勢は整ったも同然。  ただ彼女の美意識は、母親似で非常に高い。  美こそ全てとは言わないが、美しいモノが好きと、ハッキリと言えるし。  そこは、抜け目がない。  各有、彼女のカレシの石田先輩 は、この近辺の学校内外で有名なモテ男αだ。    美的観賞用かよってぐらいに容姿端麗で、全てが整っている。   透明感漂う肌に、くっきりとした色艶のある黒髪。   身長もそこそこ高い。(俺よりは、多少低いが…)  それでも、成績は優秀。  ただ噂で聞いたけど身体が弱いのか、たまに数日休んでいるから心配だとする意見もある。    「美人薄命ってやつだろ?」   「なんか…使い方…違くねぇ?」  「いや…まぁ…そうだけど…石田先輩って線が細いっぽいじゃん? だからなんって言うか、儚げ?」  「男に儚げ?」  その日の放課後。  部活動中の親友の永久井 蒼(アオ。数少ない友人の一人)から休憩と称してグランド側から正門まで続く通り掛かった所で、声を掛けられた。  そんな俺達の視線の先には、木陰で休む石田先輩の姿。  「先生からの指示での熱中症予防の休憩って言っても、綺麗な見た目の分。儚げに見えるなぁ~ってさぁ…」  「そうか?」  「お前…興味なさ過ぎ…」  「ってか、くっちゃべってると顧問に怒られんじゃねぇ?」  「大丈夫だよ…今は、休憩中だからな!」  言われてみれば、皆一斉に日陰で休んでいるように見える。  水分を取ったり何か話し込んでいたり…  気軽に挨拶を、交わしているようにも見える。  「それにしても石田先輩って…日焼けしないのか、日焼け対策してるのか…肌白いよな…」  視線をズラした先に、木陰で一人休む幼馴染のカレシでもある先輩が居る。  先輩は、部活動とは認められていない陸上系の長距離走を走りたいとのことで、自ら似た趣味を持った同級生達と同好会なるものを立ち上げグランドの隅で走り込みをしたり他の部活動にまじってグラウドの外周を周ったりしている。  タオルで汗を拭き水分補給する姿は、普通だが…  それだけで、注目を集める事が出来るとか…  化け物級なαだよな…  「透明感半端ねぇ~」  「病的じゃねぇ?」  「だよな…そう見えるよな…ってか、オレ最初に言ったろ? 美人薄命って…」  「いや…勝手に余命みたいに付けるのは、ヤバくねぇ?」  「そうか? でも、嫌味の1つも言いたくなるだろ?」    存在感、人徳、信頼、容姿、頭脳、立ち振舞。そこまで揃っているαなんってのは、そうは居ない。  「優しいし。いかにもって、威圧感もないしなぁ…」  「……………」    周囲が、溜息まじりのどよめきを上げる。  要は、先輩が動く度に注目が集まるんだろうな…  「さすがは、全てを持っているαだよな! 成瀬もそう思うだろ?」  「分かんねぇ…」  「えっ…」  「αだのΩだの…βの俺らには関係ねぇ~し」  「確かに体質的には、そうかもだけど…オーラってあるだろ?」  「オーラ?」  「なんかこうさぁ…βでも分かる圧みたいな?」    俺は、首を傾げる。  「お前、何でそんなに鈍いの? 希少性高いαだぞ?」    永久井は、前のめりに詰め寄ってくるが、俺自身もαのためか、どう切り替えしていいのか、迷うところでもある。  「なぁ…成瀬って…βだよな?」  「?…当たり前だろ? 何を今更…ってかお前も、βだろ?」    なんでβばかり生まれる家系でαが、生まれるかね?  そう言う家の事情もあるから余計に俺の場合は、αらしくないのかも知れない。    『う~~ん。成瀬くんの場合は、それもあるかも知れないね。ただ極稀に居るには居るんだよ。αらしくない…? αの特性が影響しにくい体質っていうのかなぁ? 要するに、どのΩのヒートに対しても反応しない特異体質みたいな…ね…』と、医者を困惑させるほど、俺の身体は鈍いらしい。  だからβとして振る舞えるわけだけど、同級生の中には、第二の性の特性状の不調に苦しみ抑制剤を飲んだり時には、効かず倒れたりそんな場面に出くわすことが、俺自身成長するにつれて多くなってきた。  だから余計に周囲を、注意深く見ているからこそなのか、何となくそういった不調を見抜けると言うか……  その日は、気温こそ30度手前だったが、ジメジメした夏前特有の不快感が半端なかった。  日陰の茂みに寄り掛かるみたいに先輩は、急に苦しそうに膝をつきそうになったが、持ち堪えてフラッとグランドを去った。    どよめくグランド内。  具合でも悪くなったのか?  数人が駆け寄ろうとしたが先輩は、それを静止し足早に校舎の中に入っていってしまった。  誰が、どう見てもかなり調子が悪そうで…  「暑いから…かな?」  「じゃねぇの?」  そうこうしているうちに休憩時間が終わり永久井も含めて皆んなは、部活へと戻っていった。  俺はと言うと、まぁ…幼馴染のカレシなんで…  少し様子を見に行こうかと、校舎の方に引き返した。  後で杏から何って言われるか、『見て見ぬ振りしたの? 最低! 私のカレシを、何だと思ってるの?』と、これぐらい平気で言うヤツだ。   しゃーないと、校門に向かう足を校舎に向ける。  花咲き誇る季節とあって、色取り取りの草花が、風に揺り動く。  環境委員だったかが、朝と放課後に水やりや草むしりをしている光景を、度々目にしていたが…  こんなふうに少しむせ返るような甘い香りのする花なんって、植えてあったか?  別に酷い臭いとか、不快とかそう言う意味じゃない。  ただ気になるのは、周りがこの匂いを気にしている素振りがないことだ…  俺自身、鼻に付くぐらいで臭うなぁ~が正直な感想だけど、周りは特に気にしたふうじゃない…  気付いても、ないみたいな?  まぁ…花の匂いなってそんなもんだよな…  そんな微小な匂いに気を取られながらキョロキョロしていると、人の気配がない階段の影で、荷物の中をゴソゴソと漁っている石田先輩の姿を見つけた。   のぼせているのか、顔が赤くて…  今、声を掛けるべきじゃない気がして黙っていたけど…  手が震えているのか、せっかく取り出した何かのケースを廊下に落としてしまったようだ。  手を伸ばそうとしているのに身体の震えが酷いのか、うずくまるようになってきて…  それを、見過ごすわけにもいかず俺の数歩先に転がってきたその何かのケースを、拾い上げ先輩に手渡そうと声をかけた。  「石田先輩。これ落ちましたよ」  「えっ…」  「体調不良ですか? 先生呼びます?」  顔も上げられない程に具合が悪いのか、ふらつく先輩の肩を掴もうと手を伸ばす。  別に悪気がある触れ方ではなかったと思うが、一瞬俺の指先が先輩の横顔に触れたらしく酷く慌てだし…  俺は、微熱に近い先輩の体温に少し驚いていると、その目は虚ろになってきた。  俺のスダレのような前髪から見える先輩の「顔色…」は、そこまで悪くはない。  「…赤いですけど…熱中症とか平気ですか?」  微熱に近い体温の中で、先輩は、と言うと…  「あの…えっと…大丈夫…」  らしくないと言うよりも、弱って見えた。    「大丈夫そうには見えないんですけど…杏呼びますか? アイツまだ校内に居ると思うし…」  「えっ…あぁ…キミ……杏の幼馴染の…後輩の…」    顔を、ガバッと上げて俺を見る先輩は、自分に声を掛けていたのが俺だと言う事に、初めて気付いたらしい。  まぁ…前髪長いし眼鏡だし顔に個性ない分、余計に誰だよ状態なんだろうな…  「成瀬です…」  「そうだ。成瀬くんだ」    おそらく下の名前は、知らないだろな。  俺も知ってるのは、名前ぐらいで先輩をよく知らない。  「あの…それより…成瀬くんが持ってるケース」  「あぁ…コレ? どうぞ…」    俺から受け取り蓋を開けようとするものの手が、震えてケースを開けられないか困った顔をしては、辛そうに顔をしかめている。  「貸してください」  強引って程ではないけど、先輩の手からケースを受取り蓋をカパッと開けると、同じ種類のカプセルが数個入っていた。  その一粒を手にした先輩は、飲み込もうする。  「あっ…水…買ってこないと…さっき飲み干していたんだ…」  さっきの休憩で、全部飲んでしまったことを、今思い出したようだが、そんなフラフラで数メートル先の自販機から水買えるか?  「俺…買ってきますから。休んでてください…」  「悪いよ…」  「何かあったら杏に怒鳴られるんで…」  「なんで?」  恋人には、恋人の何かあるんだろうけど、幼馴染にも幼馴染の腐れ縁ってもんがあるだよ。  まぁ…アイツは、αが有利とされる世の中でβの母親が活躍しているのを、見てきたし…   口に出さないだけで、色々噂や気苦労してきた母親を尊敬してるからαを敵視している所もあるのに…  何でαの先輩と付き合っているのかが、俺には理解できない……  俺だって、杏と幼馴染じゃなかったら気軽に話せる知り合いにはならなかったよな……  「いえ…こっちの事です」  「はぁ? そうなの?」  「それに具合の悪い人を、そのままにしておけないから…」  しばらく考え込んだ後に先輩は、俺に水を買ってきて欲しいと頼んだ。  「あっ…でもオレ財布…今持ってない…」  「良いですよ。水ぐらい」  「でも…」何ウジウジしてんだ? このα…  「…じゃ今度、自販機で何か奢ってください」  「うん…」と、頷く割には、納得してない。  意外に面倒くさい人なんだな…  全てにおいて、秀でたαじゃなかったのか?  ピッと、ボタンを押しガコンッと言う音を確認して取り出し口からペットボトルを出すと、ブルブルと震えている先輩に駆け寄るよる。  途端に香る甘い感じのする例の匂い。  あぁ…先輩からも、同じ匂い?  花の香りの香水をつけているとか?  まぁ…いいけど…  筋肉質には程遠い細い肩は、αには似つかわしくないような…  それでも先輩は、この辺りでは優秀って有名なαなわけで…  ご両親も、αだって噂だし。  どこぞの社長一家で、お兄さんって人が居るらしい。  年が離れていて、社会人らしいけど父親の事業を手伝っているとか、勿論、その兄って人もαらしい。  確か、その会社のPR企業案件で杏の母親が所属している事務所とタイアップすることになって、大人の女性で進められていた商品と企業イメージから杏の母親が、先陣を切り企業モデルをすると…  次々と起用したモデルや商品が、バカほど売れたとか…  それを祝してのパーティーで、杏の母親と石田先輩の母親が意気投合して、その繋がりで紹介されたのが、石田先輩だったのだとか…  ブツクサ言ってたなぁ…  なんか庶民には、関係ない華やかな世界だとは、言いたかないけど優秀な家系で優秀な家族。  それが、杏や先輩のバックグラウンドなんだろうけど…  単独で弱った先輩を見ていると、逆にそれが不自然に見えて…   何って言えばいいのか…  αの持つ特有の存在感とは、思えない。  俺自身βとして振る舞っているせいで、個人的に他のαを避けてきたからか、どう対応すればいいのか分からないけど、敵対する気は起きなくて…  体調不良で弱ってんなら世話してやらなきゃ…みたいな気持ちっての? 大きなお世話かもしれないけどペットボトルのキャップを開けて、軽く締め直して手渡した。     「ハイ。先輩どうぞ」  「ありがとう…」  ジロジロ見るのもアレだと思いながらも、チラッと目で追ってしまう。  「キャップを、開けてくれたんだ…」    フワッと香るような笑みは、コチラ側が、守らなければみたいな…  ほんの少し鼻につく薄まった甘い香に気を取られる。    「いえ…」  先輩の存在と香りが気になるが、そこまで気になるかと言えば、それとはまた違って、不思議な感覚を自分が持ち始めた事に今、自分が、一番驚いている所だ。  薬をのみ終えた先輩は、息を吐き出しながら壁に寄り掛かる。    「辛いんですか?」  「…ん~…少し…でも今、薬飲んたし…時期に効いてくるから」    かなりしんどそうだ。    「送りましょうか?」  「いいよ。落ち着いたら帰れると思うから…」  「思うからは、当てになりませんって…」  気取っているのか、弱みを見せたがらないのか…  「………………」  先輩は、思いの外、渋った  「制服は?」  「陸上部のロッカー…」  「歩けます?」  熱っぽい上にダルそうって、余っ程だろ?  「部室に行くなら付き合いますよ?」  「………………」じと~~っ。    スゲー見られてる。  一応、顔見知りなのに…  もしや俺、信頼されてない?  そりゃ先輩からしたらカノジョの幼馴染って…だけの存在だから尚更か…  だとしても、このままほっとくわけにもいかないだろ? と手を差し出すが、やっぱり良い顔されない。  躊躇してるのか、微妙だけど…  ここで強引に手なんって引こうものなら突き飛ばされて、罵られるかもしれない。  単純にそう思った時、先輩は俺の手を掴んだ。  「………………」  「…手を引いてくれるんじゃなかったの?」と言う言葉で、我に返った。    「あっ…立てるようなら…部室に回って…」  「このまま帰る…」  「えっ…荷物は?」  「どうにでもなるから…」    そう答えながら先輩はスマホで、誰かと連絡が取れたらしく学校の裏門に迎えを頼んだから…と、    「そこまで付き合ってくれないかな?」と、言ってきた…  「良いですよ」俺は、お決まりなセリフを言う。  とは言えフラフラと立ち上がる先輩は、危なっかしくてついと言うか、無意識で腰に手を添えてしまった。  「スミマセン! 倒れそうたったから…つい…」  「…ふ~ん…」シラッとした視線を向けながら腕を振り払うみたいに廊下を壁伝いに歩いていくけど、気持ちが悪いのか時々、胸を押さえるような動きを見せる。  俺は、咄嗟にバッグから水色のタオルを取り出しそれを先輩に渡した。  「?…」  「たまたま入っていたとかじゃなくて…今日、体育だったんですけど、先生が急な出張とかで自習になたから使ってないやつなんで…良かった使ってください」  「ありがとう…」  使う使わないは、別としても不服そうだな…  人を頼らないって周りから聞かされているけど、これがαのプライドだったりすのか?  俺は同じαであっても、αとして立ち振舞たいわけでもないし希少性高をひけらかす気はない。  αだから特別なのだとは、思われたくない。  αなのだから出来て当然。  優秀で当たり前。  αなんたから。αでしょ?  αなんって、羨ましい!    どんなに頑張った所で、最初から周りがそう認識している現実では、αと名乗った所で俺からすれば、何の得にもならない。  俺が、地道にしてきた努力がαなら当たり前で終わる結果ならαになってならない方が、マシだ。   もしかしたら曾祖母も、俺と同じ考えを持っていいるんじゃないかと…  αと、もてはやされたり。  時には、ひがまれたり利用されそうになった事も、あったんじゃないかって…  それで、普通に恋愛して…  曽祖父に出会ってとか?  実際、そう言う話は、曾祖母とはしたことがないけど…    曾祖母と俺は、似ていないし恋愛観もたぶん違う。  「…まだ、迎え来てないみたいだなぁ…」  先輩は、ゆっくりと裏口の方から校舎を出た。  勿論、上履きのまま外に出た。  心配になって、一応聞いたら。  とにかく家に帰りたいから今日は、いいそうだ…  一瞬、俺は? ってなったけど、先輩の様子から察するにそう言う余裕はないのだろう。  今日は、レアケースとか?  余裕のない姿は、本当にそれに当てはまった。  体調不良なんって、いつもの先輩からしたらざまぁとしか思えない。    決してαの特性上、他のαよりも優位に立ちたいとか、そう言う話しじゃない。  いつも、何となく感じている劣等感と言う置き場に困っていると言うか、取り敢えず宙ぶらりんだけど、俺のα対する偏見を今だけ横に置いてみたが、先輩を支えるように歩く自分の姿程、滑稽なものはないような気がしてきた。  優れたαを下にとか?   こんな時にしか優位に立てないとか、俺も大概だとは思うもののモヤモヤは、残るわけだ。  「何?」と、気だるそうな冷めた目付きにゾクッと気持ちが、跳ね上がる。  何で俺の方が、興奮しているみたいな衝動になってんだよ!  先輩は、目をつぶり裏門に背中を預けるように立っている。  レンガ調うふなタイル張りの門柱により掛かると、服が汚れたり服の材質では毛羽立ってしまう。    「辛いなら肩貸しましょうか?」  「えっ…?」  「体操服汚れるかもと思って…」  「あぁ~成る程、助かる」  ポスンと俺の肩に寄り掛かる先輩は、また軽く目を閉じた。  その立ち振る舞いからか、弱っていてもαには、変わりはないのに弱い人に見えて助けなきゃと思わずにはいられない。  でもそれとは真逆に…  今俺が、無責任に帰ったとしたらこの弱い人は、少しでも俺に縋ったりするのかなぁ…とか…  αに対して、あり得ない心境ばかりが思い浮かぶ。  「なんか…この肩の寄り掛かりが、心地良い…」  「はぁ?」  「なんか落ち着く…」  「……………」何言ってんだこの人?  「なんか楽になったし手の震えとか、少し治まったみたい…」  「へぇ~…」  これは、寄り掛かる壁として優れているってことか?  まぁ…先輩が、俺みたいな中途半端なαを相手にするわけない。  それに俺が、今の先輩に何かを仕掛けたところで周り(特に杏)が黙ってない。  皆んなの理想のαは、多くのファンを抱えている。  わざとらしく整った表情で、周囲を引き込む。  自分を彩れるαの先輩とは、根本的に性格的にも、色々と合わないだろうな…  何って言うか、鼻につくんだよな先輩から漂う花の甘い香水みたいな匂いと一緒で…  イライラするから疑い深くなる。  あまり嗅いだこのない匂いは、わずかだけだが、無性に鼻についた。  金持ちなのか、知らんけど…  お取寄的なものとかで香りからして、市販のモノじゃないんだろうなぁ…  俺みたいなβとβの間に生まれた特級品みたいなのじゃなくて、全て持っているαの親から生まれたαは、ドコか格が違う。  「…何?」    そのすましたように見上げてくる目を見詰めていると、嫌味の一つも言いたくなる。  常に落ち着いていて冷静で、冷めていようにも見えるけど、よく周りを見ている。  この間みたいに何かあれば、直ぐに声を掛けてくれる。  上に立つ者の余裕ってやつか?  それでも今は、いつもの余裕が感じられない程に弱っていて…  俺に肩を支えられてとか、俺からしたら本当にざまぁだし…  「迷惑掛けたこと怒ってる?…」  「怒ってませんよ」  「いや…怒ってるよね? そんな顔されたら気になるでしょ?」  「何ですか…そんな顔って…」  「前髪のせいで、よく見えないけど…眉間にシワ寄せて睨んるみたいな? 杏や友達と話してる時みたくない感じゃない…」  「……………」  「ねぇ…なんで顔隠してるの?」    先輩は、手を伸ばし指先で俺の前髪を上げようとする。  「やめてください。肩貸しませんよ…」  「ゴメン。調子に乗っちゃった」  「…わざとですか?」  「えぇ…何で?」  時折、花のような甘味を含んだ香りに心が惑わされそうになるのは、俺の何気ない言葉でも先輩が、軽く受け流すように柔らかく笑うからだろうか?  裏門に立ってから数分後、いかにもって言うゴツイ黒塗りの高級車が、俺達の少し手前で停まった。  「…やっぱり成瀬くん。怒ってる? 機嫌悪い?」   「何をですか? それよりも迎えに来てくれたんじゃないんですか?」  「逃げるな!」プクッと頬を膨らませる。  よく杏は、こんな面倒くさいのと付き合ってんなぁ…    「迎えに来きたぞ!」  「兄さん…」    運転席から降りてきた男は、丁寧に俺の前で頭を下げた。  先輩のお兄さんも、身長も高くかなり美形だ。  しかも何かのスポーツでも、していそうなガッシリとした体格。  この人も、もれなくモテてそうだ。  「スミマセン。弟が、世話になったみたいで…」  「いえ…近くを通り掛かったので…」と、しておこう。変に疑われたくないし。  「まぁ…高校生は、明日から月曜日まで連休だから。よく休むと良いよ。荷物は後で取りにくるから」    先輩を支えるように手を取る姿は、それだけで絵になる光景だし 兄弟だから顔立は、よく似ている。  少し小柄な先輩を、素早く後部座席に乗せ会釈で俺の前を通り過ぎ…  運転席へと戻るために車道を注意している後姿を眺めていると、後部座席の窓がスーッと開いた。  「成瀬くん…タオル洗って返すね!」  花を、顔に近付けられたみたいな甘くて濃い匂い。  具合悪いのに車に乗った途端、香水でもつけたのか?  それとも、車内の芳香剤とか?   いや…芳香剤と一緒の香水とかあるわけないか…  動揺する程に鼻へとこびりつく香りに思わず顔を、思わず背けてしまった。  「あの成瀬くん…?」本人は、単にお礼が言いたくて、窓を開けただけなのかもしれない。  だからその匂いは、本人の意図したものじゃない。  そう言えば杏が、先輩は車で送り迎えされてることが、よくあるって…  車の芳香剤が、髪とかについて香っているとか?  でもそこまで臭うものか?  たまたま花壇に咲いてる花と同じ匂いと芳香剤が、一緒の香りに感じたに過ぎない…  「あの…どうかした?」  「いえ…」あぁ~でも、これ臭うとかクサイとか、問題になる前にハッキリ言った方がいいのか?   「…その言い難いですけど、先輩からする香水みたいな香りが、少しキツイかも?」  「へぇ…」  「あっ…俺は、別に気になりませんよ。良い匂いだし…だけど…人によっては、あからさまにそう言う匂いを、嫌う人いるでしょ?」  「…香り?」  「そう花みたいな…」  「…オレから?」  「気づきませんでした?」  その間に先輩のお兄さんは、車が途切れるのを確認して、素早く運転席に乗り込むと、助手席側の窓を開け再び深々と俺に頭を下げて走り去って行った。  

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