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第4話※
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「心堂先生、最近元気になりましたね」
良いことありました? と看護師に聞かれ、ボクはほほ笑む。
「犬を、飼い始めたんだ」
「あ、そう、なんですね」
気のせいだろうか。看護師が、少し気遣うような素振りを見せた。
「大型犬で、毛並みが良くて、かわいいんだ」
「ふふ。ボルゾイでしょう。先生」
「すごい! どうしてわかったの?」
「そりゃ、わかりますよ。名前はなんてつけたんですか?」
「アレクセイ。アレクって呼んでるんだ」
「え──」
看護師は青ざめた顔になり、ほんの一瞬、憐憫の眼差しをボクに向けた。
「ん? どうしたの?」
「あ、いえ。先生が元気になって、良かったなって……」
「? ボク、何か落ち込んでたっけ?」
「あ、いえ、いいんです! いいんですっ! 次の患者さん、お呼びしますね」
そう言っていそいそと、待合室に向かっていった。
アレクを拾って一年経った。今年も夏になり、愛犬のために二十四時間クーラーがかかせない季節だ。毎日、体調を崩してないか心配になる。
「アレク、ただい──アレク!?」
だが玄関をあけてぞっとする。ひどく蒸し暑い。
「うそ、冷房効いてない? アレクッ!?」
ボクは一目散にリビングに向かい、倒れているアレクを発見して、気が動転してしまう。
「アレクッ!」
そう叫んで急いで駆け寄る。呼吸は浅く、ぐったりしていて、目をあけようともしない。お皿にたっぷり入れていたはずの水が空っぽだ。その近くに吐き戻しがある。
「そんなっ、うそだろっ」
今日は忙しくて、ペットカメラで様子を確認できていなかった。まさか、クーラーが壊れているなんて──どうしよう、ボクのせいで、アレクが死んでしまったら──。
「アレク!? アレクっ!!」
ボクは急いで病院を探し、夜間診療のところに駆け込む。
「すみませんっ! 急いでください! ぐったりしていてっ」
落ち着いてくださいと言われ、ボクは呼吸を整える。
ドクターはボクの取り乱しっぷりに困惑している様子だったが、ボクの話を聞くと、うんうんとうなずく。
「脱水症状でしょう。水やスポーツドリンクを飲ませて様子をみてください」
「あ、ありがとうございます」
ほっと胸を撫でおろすボクに、ドクターが不思議なことを言う。
「それと……うちは動物病院なんですが……」
「? ええ」
薄暗いせいで、ドクターの表情が読み取れない。
「それが何か?」
ピシャッ、ゴロゴロゴロッ! と雷鳴が響き、ドクターの顔を鋭く切り取る。それは青白く、何か恐ろしいものを見たかのように怯えていた。
「いえ……お分かりなら、いいんです……」
「?」
ザーーーーーーーーーー!!!!
(そういえば、台風がくると言っていたな)
「では、失礼します。ありがとうございました」
このあたりは海が近い。ボクのマンションは二十三階だから水没の心配はないが、電気やガスが止まる可能性は高い。急いで家に戻り、アレクにスポーツドリンクを飲ませ、落ち着いたのを確認してから二十四時間スーパーに駆け込む。
身だしなみも気にせず、こんなに一生懸命走り回ったことはない。
大変だが、ボクは生まれて初めて〝充実感〟を感じていた。
夢を見た。アレクが死ぬ夢だ。誰かが一緒に泣いてくれていて、でも、それが誰なのか、思い出せない夢──
「ッツ!? はあ、はあっ……」
寝汗がひどい。外はもう台風が来ているようで、風がごうごうとなっている。
「アレクッ!? アレ──よかった……」
ベッドから跳ね起きたボクに驚きながらも、アレクがボクの手のひらに顔を寄せてくれる。
どうやらボクが寝ている間に、ベッドに乗っていたようだ。すぐそばにアレクがいてくれたことにボクは安堵し、ぎゅっと抱きしめる。
「よかった……生きてた……」
ただの夢だというのに、どうしてこんなにも胸騒ぎがするのだろうか──。
「なんか……妙にリアルで、怖かったな……」
それに、あれは誰だったんだろう。知っている気がする。それは、とても大事な人だったような──それなのに、どうしても思い出せない。
「くぅん」
ボクの不安が伝わったのか、慰めるように口元を舐めてくれる。
「ふふ……ありがとう、アレク……」
ちゅっと額にキスをして見つめ合うと、ふいに、あの夜の過ちが蘇る。それが彼にも伝わったのか、アレクの瞳に、雄の色が混じる。そして唐突に、ボクはそうしたかったんだと気づいて、愕然としてしまう。
「不毛だな……犬に恋するなんて……」
だが、気づいた瞬間、無性に彼が欲しくなってしまった。
「アレク……おいで……」
そう言って彼の股間に手を伸ばす。そこはすでに熱くうねり、ボクの手に反応して、より硬くなっていった。
「気持ちいい?」
アレクの中心を愛撫しながら、ボクは自分の後ろに指を入れ、中を柔らかくしていく。
「はぁ、はっ……」
ボクも彼も、吐息が荒くなっていき、自然と舌を触れ合わせてキスを交わす。
「あれく……いいよ……きて」
ボクの言葉が分かったのか、彼に押し倒され、ぬかるんだ後ろを硬いモノで貫かれる。
「んぁっあ♡! ぁあっ、やぅ、あ、あぁんっ!」
パンパンと水を含んだ音がリズムよく響き始める。
「ぁあ、はっ♡ いいっ♡ きもちいいっよお♡」
「ハッ、ハッ!」
「ぁあっ♡ いいっ! 出してっ あれくっぅ♡」
彼のモノがひときわ大きく膨らんだかと思うと、生暖かいものがボクの太ももを濡らしていく。
「あれく……今日は休みだし、もう一回しよっか……」
額にキスをして、もう一度彼のモノに触れる。
なんとなくだが、この生活は、長くは続かない気がした──。
昼過ぎまで睦合った後、ボクはようやくシャワーを浴びる。
「あーさっぱりした~」
それから朝ご飯──いやもう昼なのだが、それをどうしようかと考えていると、突如インターホンが鳴る。
「? なんだろ」
誰かが訪ねてくる予定もないし、何かネットで注文した覚えもない。しかも、外はまだ台風が通過中で、すごい嵐だ。不審に思いながらドアスコープを覗くと、まさかの人物が立っていて、ボクは目を見開く。
「警察です。ちょっとよろしいですか?」
けい、
さつ……?
(警察──ッ!?)
理解した瞬間、ボクは弾かれた様に彼の下へ向かう。
「アレクッ、アレク、よく聞いて、ボクが数を数える。そしたら」
ガチャガチャと、玄関のカギが開けられる音がする。
「キミは、人間に戻る。三、ニ、一──」
パチンッ!
「ッツ──!?」
皇くんが白目を剥き、黒目が戻ってきた瞬間に叫ぶ。
「ッ、なんでなんでっ! どうしてっ!」
「心堂さん? 上がりますよ。お話、聞かせてください」
「皇くん。もう一緒にいられない。ボクのクレジットカードだ。これを使って、逃げて」
「嫌だっ、先生っ! せん──」
涙で濡れている彼の頬を撫で、貪るように口づける。
「ぅ、んっ! し、んど、せんせっ」
はっと吐息が漏れ、唾液が糸を引く。そこへ警察が乗り込んでくる。
「!? これは──」
警察が息を呑むのがわかる。そりゃそうだろう。犬の耳と首輪をつけ、シッポ付きのディルドをお尻に入れた半裸の男が、泣きじゃくっているのだから──。
「君、大丈夫か!?」
「え? 誰? 先生? なに? どうなってんの?」
混乱してボクに泣きつく皇くんを、警察が、素早く引き離す。
「先生!? なあ! なんで! 答えろよっ!」
「皇くん……」
「心堂尽、監禁の容疑で逮捕だ」
「……愛してる」
「──ッ……」
ガシャンッと後ろ手に手錠がかけられる。
「違うっ! 先生は悪くないっ! なんで! 先生ッ! せんせーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
愛してる、なんて気づくのが遅すぎた。きっともう、彼とは二度と会えないのだろう。
「すめらぎくんっ……逃げてっ……」
ボクからも、両親からも──。
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