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「相変わらず辛辣だな。ま、機嫌が悪いのは今回の利用客がお前の大っ嫌いな金持ち集団ばかりだから、余計に、か? 11日間も一緒の船の中だもんなぁ」 「……それを言うな」 総一郎たちが勤めているのは、『エトワール』と言う、所謂豪華客船と言われる類いの物。 横浜港を出発し、九州を経由して韓国、台湾を巡るクルーズが主流で、11日間かけて各地を巡る船旅は日常を忘れゆったりとした時間を過ごせると人気があり、毎年かなりの予約が入っている。 客層は主に中高年層が多く、比較的リーズナブルな値段でラグジュアリーな船旅が体験できるとあって、昨今は若者の間でも注目され始めているらしい。 総一郎は佐伯と共にそんな豪華客船エトワールの客室クルーとして、日々奮闘している。 昔から海も船に乗るのも大好きだったし、人と接することも苦ではない。なにより、嬉しそうにはしゃぐ乗客の姿を見るのが総一郎は好きだった。 それなのに……。 「息子の誕生祝いにクルーズ船丸ごと貸し切るとか、アホだろ」 「まぁ、そう言うなって。噂では、例の西園寺一二三の嫁探しも兼ねてるって話だぜ?」 益々くだらない。あの男ならちょっと微笑めば、どんな女でもイチコロだろうに。 「くだらねぇ。金持ちの道楽に付き合ってられっか」 「そう言うなよ。一応、お客様なんだから」 「……わかってる」 どれだけ嫌いでも、公私の区別は付けているつもりだ。この船に乗船している以上どんなヤツでも全員客なのだ。 「全く、金持ちの美女がわんさか居るこの船で、浮足立たないとかお前、ほんっとクソ真面目な奴だよなぁ。あと10日もあるんだからワンチャンあるかも? とか、思わねぇの?」 「アホか! 思うわけないだろ! 人の事を使用人程度にしか思ってない奴らばっかじゃないか」 部屋からのコールがあって行ってみれば、売店に行ってアレを買ってこい、これは嫌だとわがまま放題。他の仕事をしていたとしても、顔を見るなり廊下で呼び止められ理不尽な要求を突き尽きられたり、蔑むような目で見られても営業スマイルを欠かさなかった自分を褒めてやりたい。 「こんな生活があと10日も続くのか」 クルーになって早2年。こんなにもこの仕事が苦行だと感じた事は無い。 枕に突っ伏して呻くと、佐伯がポンポンと慰めるように背中を叩いた。 「まぁ、そう言うなって。俺は結構楽しんでるけどな。右を見ても左を見ても美女ばっかでさ、華があるし目の保養になるだろ。酔いつぶれたお嬢さんを介抱したり、優しく声をかけてやると、たまーに良い感じになるし?」 残念ながらお持ち帰りはまだだけど! と、佐伯がにやっと笑う。その左頬に一筋の引っ搔き傷があるのが目に入った。 コイツは人があくせく働いている間にどうやらここぞとばかりにナンパしていたらしい。 結果は芳しくないようだが。 「お前ってホント……女の事しか頭にねぇのな。馬鹿なのか?」 呆れて溜息をつくと、佐伯は心外だと言わんばかりに身を乗り出してくる。 「ひっでぇな。人生の潤いを求めてると言ってくれ! お前ももっと人生楽しめよ」 「……いいよ。俺は」 「ンだよ。ノリ悪いなぁ。あと10日経ったら愛しのさくらちゃんに会えるだろ? それまで頑張れって」 「さくら? あー、アイツとはこの間別れた」 「は? マジ!?」 「マジ」 さくらは総一郎が以前付き合っていた彼女だ。その辺の女とは違い、本当に総一郎の事を好きでいてくれた可憐で大人しめの可愛い子だった。 そのさくらに5日前別れを切り出されたのだが、彼女の事を思い出すと今でも苦い気持ちが込み上げる。 「……なんで? あ、浮気とか?」 「まぁ……そんなとこ」 相手は地元でも有名な代理士の息子だと言いにくそうに切り出して来たさくらの顔が忘れられない。 定期的な航海で家を開けがちな自分とは違い、いつでも側にいてくれる優しさに絆されたのだとか何だとか。 そりゃそうだろう。親が代議士なら働かなくても金は有り余るほど持っているだろうし。 いい歳して親の脛を齧ってるニート男の何処がいいんだと喉まで出かかった言葉を呑みこんで、渋々別れを受け入れた。

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