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「あー、なるほど。だから今日は一段と機嫌が悪かったのか」 「うっせ。ほっとけ」 これ以上辛気臭くなるのも、変に気を遣われるのも嫌だったので、総一郎は立ち上がると上着を掴んで外にでた。 「なんだよ、もう仕事すんの? まだ時間あるのに」 「ちょっと海を眺めて来るだけだ」 鬱々した気分を晴らすには、潮風に当たるのが一番いい。 「ハハッほんっと好きだよなぁお前」と呆れたようなの佐伯の声が背後から聞こえて来るのを背に軽く手を振って、総一郎は部屋を後にした。 ドアを開けると途端にびゅうっと強い海風が吹き抜けた。飛ばされないようにコートの前を押さえつつ甲板に出れば、船内の洩れ出る灯りに照らされた夜空が目に飛び込んでくる。 あと数日もすれば満月になって綺麗な夜空が拝めるはずだが、残念ながら今日は分厚い雲に覆われて星も見えない。 航行中のエンジン音と波の音が混じり合い、とても静かとは言い難い海。11月になったばかりの冷たさを含んだ潮風を全身に受けながら、総一郎は欄干にもたれかかって空を見上げた。 真っ暗な海と夜空を眺めていると、何も考えず無心でいられる。 肌を刺すような寒さのせいで、甲板に出てくるような乗客はほとんどいないし、ささくれ立った気分を落ち着かせるには丁度良い。 特に、船尾は薄暗くて人目もつかず、頭を冷やすにはちょうど良い総一郎のお気に入りの場所。 「ふー……」 欄干に腕を乗せ、夜の海を眺めていると、なんだか自分の悩みなんかちっぽけな物のように思えてくるから不思議だ。 船内からは軽快な音楽と人々の賑やかな話し声が洩れ聞こえているが、この辺りは静かなものだ。 そのままぼんやりと海を眺めていると、不意に視界の端に黒い影のようなものが蠢いたような気がした。 気のせいだろうか? そこは立ち入り禁止区域に指定されており、一般人は入れないようにロープで塞いで通れないようにしてある。 だが、ひょっとすると善悪も判らないような金持ちが興味本位で入り込んだ可能性だって否定はできない。 念のため、確認してみようと近づいて行くと暗闇に紛れて細身の男性が何やら深刻な顔をして、海を覗き込んでいるのが見えた。 これは流石にこれは注意しなくてはいけない。そう思って一歩踏み出そうとした矢先――。 雲の隙間から差し込んだ月明かりがサァっとシャワーのように男の横顔を照らし出した。 「……っ」 柔らかそうな薄茶色の髪は月明かりでキラキラと輝き、海のような深い青色をした瞳は何処か儚げで、憂いを帯びた顔はまるで絵画から出て来たかのように美しい。 俳優でもこんなに美しい男は見たことがない。思わず見惚れてしまう程整った容姿に、総一郎は一瞬息をするのも忘れ、声を掛けるのを躊躇ってしまった。 男がこちらに気付いている様子はなく、思いつめた表情をしたまま何を思ったのか欄干に足を掛け体を乗り上げ――。 「おいッ、何やってるっ!」 危ない! そう頭で認識した瞬間にはもう、総一郎は甲板を蹴って飛び出していた。 慌てて声をかけ、無我夢中でその男性に飛びついて柵から引き離した。 「は、離して下さい!!」 「離すわけ無いだろ!!」 ぐらりと船が波で大きく傾いたタイミングで、甲板へと引き摺り上げ、思わず怒鳴った。 「何考えてんだ! 冬の海でこんな事をするなんて、自殺行為だぞ!」 「……っ、ほっといてください!」 唇を噛みしめ、震える男を放っておくことなど出来るはずがない。 よくよく見てみれば、その美しい男は、先ほど雑誌で見た御曹司、西園寺一二三その人だった。

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