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act2 一二三SIDE
「一二三。お前ももう26だ。そろそろ結婚を考えてもいい年頃じゃぁ無いのか?」
朝晩の冷え込みも段々と厳しくなり、オフィスの窓から見えるイチョウ並木が色づき始めた10月半ば。
SOC現社長にして、一二三の実父でもある西園寺聡に呼びだされた一二三は、社長室に足を運ぶなりいきなりそんな事を切り出された。
「急に改まって何かと思ったら……」
珍しく神妙な顔つきをする父を前に、一二三は困惑の表情を隠せず、眉根を顰めて溜息を一つ。
「父さん。悪いんだけど僕はまだ結婚なんて……。この間も話したと思うけど、僕はまだ社会人としても未熟だし、まだまだやってみたい事が沢山あるんだ」
世間一般的に見たって、26歳での結婚なんてどう考えたって早いだろう。ましてや今は晩婚化が進んでいる世の中。20代での結婚なんて考えた事も無かった。
それに、自分が恋愛結婚に向いているとも思えない。正直言って、女性にはどうしても興味が持てないでいた。むしろ、苦手意識さえあった。
昔から人の視線や会話の内容に敏感で、何となくだがその人が何を考えているのかがわかってしまう一二三は、昔から周囲の好奇な目を嫌と言うほど向けられてきた。
元女優だったという母親譲りの美貌は、成長するにつれて更に磨きがかかり、一二三が街中を歩けば男女問わずすれ違う人が必ずと言っていいほど、振り返る。
それに加えて、地元でもかなり有名な西園寺家の跡取り息子と言う肩書は女性から見ればとても魅力的に映ったのだろう。
眼の色を変えて、少しでもお近づきになろうとすり寄ってくる女達の醜い争いを何度目にした事か。
彼女たちは自分をアクセサリーかステータスの一部としか見ておらず、本当の意味で自分と言う人間に興味など持っちゃいない。
擦り寄って来る女性たちは皆、自分では無く家柄や、自分の外見を好いていると言う事が痛いほど伝わって来る。
あからさまな色仕掛けも不快で仕方がないし、色々な匂いが混じった香水も不愉快だ。
「父さん。悪いけど僕は、恋愛なんかより今は仕事が楽しくて仕方がないんだ。今はまだ結婚なんて考えられない」
「お前のその心意気は認める。私の力を使わず、自分の努力だけで部長候補にまで上り詰めた功績は認めてやろう。だが、いずれ会社を継ぐことが決まっているお前にいつまでも独身貴族を気取られても困るんだ。そこでだ、来月のお前の誕生パーティは昇進祝いも兼ねて船を貸し切って盛大に行う事にした。日本有数の令嬢達に招待状を送るから、その航海中にいい相手を見つけるように」
「そんな……っ」
そんなのは横暴だ! と思ったが言い返せず一二三は喉迄出掛かった言葉をグッと呑み込んだ。
昔から父の言う事は絶対で、異論は一切許されない。それが西園寺家で育って来た一二三の常だった。
反論した所で、何だかんだと難癖をつけては、多少強引にでも勝手に物事を進めてしまうのが目に見えている。一二三の意見など受け入れようとは決してしないだろう。
「いいな? これは命令だ」
「……わかり……ました……」
結局、自分に拒否権などないのだ。父の決定事項に従うしかない。
あぁ、憂鬱だ。本当は嫌で嫌で仕方がない。なのに親に逆らう事も出来なくて、一二三は渋々と頷くしかなかった。
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