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「一二三様。本日は午後17時から2階ホールにて会食がございます」
「……わかっている」
起床して早々、秘書の風見からそう告げられて一二三はげんなりした。
豪華客船に乗船して早2日。自室へと宛がわれた部屋は74畳ととても広く、ワーキングスペースやリラックスルーム、ゆったりとしたバスルーム迄備え付けられている。
12階から眺めるオーシャンビューも最高で、バルコニーに出れば潮風と波の音が心地良い。
船内の設備も申し分なく、バイキング形式のレストランをはじめ、寿司、フレンチ、ステーキハウスに、ファーストフード店、酒好きが集まるバーなど、様々な店舗が軒を連ねており、飽きることはない。
他にもエステやプール、シアタールームにジムまで完備されている。船上で運動不足にならないよう、ウォーキングコースやパターゴルフなどが楽しめる場所まで設けられており、まさに至れり尽くせり。
船酔いを心配していたのだが、さほど揺れる事もなく安定した走りを見せている船旅は、快適そのものだ。
だが、今の一二三にとっては自分を閉じ込めている巨大な檻でしかなく、あと10日もこんな息苦しい毎日が続くのかと思うと、絶望的な気持ちになる。
「本日は一二三様の誕生日パーティも兼ねておりますのできっと賑やかな会になるのでしょうね」
「……それは絶対に参加しなければいけないか?」
「当然です。貴方は本日の主役なんですから」
「……だよな」
誕生日なんて、この世から消えてなくなってしまえばいいのに……。そんな風に思う日が来るなんて思ってもみなかった。
「やはり乗り気では無いようですね?」
「当然だ! 何が悲しくて自分の誕生日に、女たちに愛想を振りまかなければいけないんだ……」
「それは仕方が無い事です。諦めてください」
「……お前、俺を慰める気ないだろ」
淡々とした風見の物言いにイラッとしつつ、一二三は嫌味たっぷりにそう言った。
「まさか! この船旅でどこぞのご令嬢と麗しの一二三様が……なんて、考えただけでも寒気がします! ですが安心してください! 現在乗船されている令嬢たちの情報は全て調べておりますので。変な虫が付かないよう、しっかりと見張っておきますから」
自信満々にアンダーリムの眼鏡を押し上げながらそう言い切った風見を見て、本日何度目かの溜息が洩れる。
「どうでもいいが、麗しのとかなんとか……そう言う恥かしい事よく言えるな」
「一二三様が聡明でいらっしゃるのは事実ですので」
「あぁ、そう……」
一体なにをどうやって調べたのかは知らないが、そこまで言うのなら、この話自体取りやめろと父に助言してくれればよかったのに。
風見は自分が幼いころから付き人として仕えてくれている男で、いつだって助けてくれていた。
だが、雇い主である父にはどうあっても逆らえないのだろう。
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