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第14話
「やっとセルディア砦が見えてきた!」
王都から3日かけて馬で移動し、オレたちはようやく目的地の国境砦に到着した。
目の前に見えるのは、灰色の石壁がそびえ立つ重厚な要塞だ。山と山のあいだの峠に建てられたこの砦は、東の隣国・ソルデーリア帝国に対する重要な関所になっている。
久々の長旅でさすがに疲れたけど、オレはちょっとワクワクしていた。こういう外出的なこと、騎士を辞めてから全然できなかったからな。なんせ王宮に幽閉されてたようなもんだし。
「これから砦の中へ向かう。ヴァレン・キルシュタイン隊長が出迎えてくれるはずだ」
隣のレオン殿下はいつものように淡々と言った。その背筋はまっすぐで、長旅の疲れなど感じさせない凛とした佇まい。こいつ、本当にオレと同じ3日間を過ごした王子様なのだろうか。昔からだけど、体力バケモンだよな……。
馬から降り、オレたちが砦へと向かう道を歩き始めると、後方から騎士団の面々がぞろぞろとついてきた。
彼らは、レオン殿下直属の部隊から選抜された10名ほどの騎士たちだ。当然ながら全員、オレがよく知っている顔ぶれである。
つい数ヶ月前までは仲間として一緒に汗を流していた連中。けど、彼らはオレをチラッと見るだけで、ここに来るまで誰一人として話しかけてこなかった。
(……まあ、そりゃそうだよな。急に辞めていなくなった元同僚が、上司の婚約者兼護衛なんて訳わかんない立場で戻ってきたら、オレだって話しかけづらい)
心の中でぼやきながら、オレはそそくさとレオン殿下の近くに寄った。
砦の入口に近づくと、出迎えの一団が見えてきた。先頭に立っているのは、この砦の管理を任されているヴァレン・キルシュタイン隊長だろう。黒髪に灰色の瞳、傷跡の入った厳格な顔。歳は40近くか? 軍服は一寸の狂いもなくピシッと決まっていて、その姿勢からも軍人としての長いキャリアが感じられる。
「レオンハルト殿下、ようこそセルディア砦へ」
ヴァレンは深々と頭を下げる。礼儀正しい仕草だけど、直感的にオレはなんだか白々しさを感じた。感情がこもっていないというか、妙に儀式的というか。
「ヴァレン隊長、ご無沙汰している」
「どうぞこちらへ。まずは砦内をご案内いたします」
ヴァレンの先導で、オレたちは砦の中へ入っていった。厚い石壁をくぐると開けた空間になっていて、中央に広場があり、兵舎や倉庫、訓練場などが配置されている。
そんな中、砦の兵士たちが行き交う様子を見て、オレはちょっと違和感を感じた。
(兵士たちの年齢が妙に若くないか?)
そう、目に入る兵士たちは、ほとんどが20代前半ぐらいの若者ばかり。辺境とはいえ国防に関して重要な砦だというのに、中堅以上の年齢層の兵士がほとんど見当たらない。
「レオン殿下」
オレは小声でレオン殿下に呼びかけた。
「なんだ」
「ここの砦の兵士たち、若すぎやしませんか? 国境の砦なら、もっと老兵がいてもいいと思うんですけど」
レオン殿下はちらりとオレを見て、小さく頷いた。
「気づいたか。その件も含め、後で話そう」
そう言って、彼は前を向き直った。やっぱり何かあるんだな。
砦内を一通り案内された後、ヴァレンは個室へとオレたちを案内した。騎士団のメンバーたちは兵士たちの詰所を案内され、レオン殿下とオレは、彼らとは別に砦の奥へと案内される。
「殿下のお部屋はこちらです。最上の部屋を用意させていただきました」
紹介された部屋は質素な内装ながらも、広々とした部屋だった。窓からは東の雄大な山々が見渡せる。なかなか良い眺めだ。
「付き添いの騎士団員たちは兵舎を案内させましたが……」
ヴァレンは少し戸惑ったような表情をして、オレを見た。
「こちらの護衛の部屋は……」
「彼は私の婚約者だ。同室で構わない」
レオン殿下はさらりと言い切った。
「え、同室?」
思わず声が出た。同室? マジで?
ヴァレンもレオン殿下の言葉に驚いた様子で、オレとレオン殿下を交互に見た。
「婚約者、ですか? てっきり護衛の方かと……」
そう言いながら、ヴァレンはオレを見て眉をひそめた。どうやら何かに気づいたらしく、オレを見る目がみるみるうちに嫌悪を含んだものになっていく。
「この匂い、なるほど……オメガですか」
その言葉には明らかな侮蔑が含まれていた。
「何か問題でも?」
レオン殿下の声が一段と低くなる。表情こそ変わらないが、彼が怒っていることは明確だった。
「いえ、ただ……王族の婚約者なら、由緒正しい血の女性の方が──」
「黙れ」
レオン殿下の一言で、ヴァレンの言葉は途切れた。
「私の婚約者を侮辱するつもりか?」
「い、いえ! そのような意図は──」
「それとも、お前は私の判断に意見があるというのか?」
レオン殿下の声は低く、抑えられているのに、凄まじい威圧感がある。隣にいるオレでさえ、背筋が凍るような感覚だった。
「申し訳ございません! 無礼をお許しください」
ヴァレンは慌てて頭を下げる。その額に汗が浮かんでいるのが見えた。
「二度とそのような発言はするな」
「はい……食事の準備ができましたら、お呼びにあがります」
ヴァレンは逃げるように部屋を出て行った。完全にビビってるな。さすがというべきか、殿下はこうやって言葉で相手を黙らせる術をよく心得ている。
「すみません、オレのせいでなんだか空気が悪くなっちゃって」
部屋に二人きりになって、オレは申し訳なさそうに言った。
「何を言っているんだ」
レオン殿下はじっとオレを見つめながら言う。
「お前は悪くない。あの男の考えが古すぎるだけだ」
「でも、オレがオメガなせいで……」
「その話はもういい」
レオン殿下はオレの言葉を遮った。そして、まるで話題を変えるかのように椅子に座り、ゆっくりと話し始めた。
「この砦について説明する」
オレも隣の椅子に腰掛けた。
「お前も気づいたようだが、ここの兵士は若すぎる。……セリル、この砦のベテラン兵たちはどこにいったと思う」
「異動でもさせられたんですか?」
「そう。あのヴァレン・キルシュタインがここの隊長になってから、ほとんどの古参兵は『適性がない』などという曖昧な理由で異動させられてしまった」
レオン殿下の声には不信感がにじみ出ている。
「あの男は第二王子カイルと親しい。というより、カイル兄上の手先だ」
「カイル殿下の? ってことは……」
「ああ。ここの兵士たちは、カイル派の若者で固められている。言ってみれば、カイル兄上の私兵部隊だ」
レオン殿下の表情は厳しく、声は抑えられていた。
「それだけじゃない。この辺境地帯での隣国との小競り合いが、ヴァレンがここに配属になってからぱったり止んだ」
「ん? ……それっていいことじゃないんですか?」
オレは素直な疑問をぶつけた。平和になったならそれはそれでいいんじゃないかと思うんだけど。
「普通ならそうだが……」
レオン殿下は窓の外を見つめながら続ける。
「隣国ソルデーリア帝国は資源に乏しく、常に領土拡大を狙っている国だ。彼らが突然攻撃をやめる理由がない」
「じゃあ、どうして小競り合いがなくなったんでしょうか」
「考えられるのは、何らかの密約だ。我が国に侵攻しなくても、彼らが得るものがあるという取引」
レオン殿下の言葉に、オレは息を呑んだ。なんだかどんどん話が重くなっていっている気がする。
「まさか、第二王子とソルデーリア帝国が密約を……?」
「証拠はまだない。だが、私はその線で調査している」
そこまで言うと、レオン殿下はオレに視線を戻した。
「この話は内密にしておいてくれ。騎士団の面々にも決して漏らすな」
「わかりました」
オレは真面目に頷いた。こんな重要な情報、軽々しく扱うわけにはいかないもんな。
「……で、オレたちはこの砦で具体的に何をすればいいんです?」
「表向きは定期視察だ。明日から砦内を詳しく見て回り、何か不審な点がないか確認する」
「不審な点ですか……」
オレが呟いた時、ふいに部屋のドアがノックされる音が響いた。どうやら食事の用意ができたことを砦の兵士が伝えにきたらしい。オレたちは会話を中断し、食堂に向かうことにした。
食堂に着くと、レオン殿下直属の騎士たちも集まっていた。彼らはオレと視線が合うと、やはりすぐに目を逸らしてしまう。仕方ないとはいえ、ちょっと傷つくな……。
しかし、その中でただ一人、オレに熱い視線を送っている若い騎士がいた。ルーク。オレが可愛がっていた後輩だ。彼の目には隠しきれない好奇心が浮かんでいるのが見て取れる。
「座れ」
レオン殿下の言葉に、一同は席に着いた。当然、オレはレオン殿下の隣の席。他の騎士たちからチラチラとたまに視線が向けられて、居心地が悪い。
「今宵は特別な宴をご用意いたしました」
ヴァレンは誇らしげに言った。
テーブルには次々と豪華な料理が並べられていく。焼き鳥、煮込み肉、上等なワイン……辺境の砦にしては明らかに豪華すぎる食事だ。
「かなり豪華な食事ですね」
オレは思わず口にした。これだけの物資がどこから来ているのか、素直に疑問に思う。
「第三王子様のご視察には最高のおもてなしをと思いまして」
ヴァレンは笑いながら答えたが、その笑顔は相変わらず胡散臭い。
食事はそれなりに美味しかった。けど、オレは元同僚たちの視線が気になってしまい、正直なところあまり楽しめたとは言い難かった。
仕方なく、俺は食事を終えると早々に席を立つことにした。廊下に出ると、なんだかどっと疲れが押し寄せてくる。つい最近まで気楽に話せていた仲間と話せなくなったことは、予想以上にオレにとってしんどい出来事だったようだ。
そんな帰り道の途中、廊下を歩いていると、突然背後から声がかけられた。
「セリル先輩!」
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