18 / 37
第18話
翌朝、オレとレオン殿下は砦の倉庫へと向かった。今日は騎士団のメンバーたち全員がそれぞれ別の場所を担当して視察するという行程になっている。
「騎士団の皆には城壁や見張り台、兵舎など拠点の調査を任せた」
「オレたちは倉庫の物資を確認するんですね」
「ああ。昨日、倉庫の物資が少ないことを確認したからな」
広い砦内を歩きながら、オレは周囲を観察した。あちこちで砦の兵士たちが動き回っているけど、どこか不自然さを感じる。まるでオレたちの動きを監視しているかのようだ。
「何か変だと思いません?」
オレは小声で言った。
「砦の兵士たちの動きがやたらと不自然だ。オレたちをずっと見てるような……」
「気づいていたか。恐らく、私たちの監視を命じられているんだろうな」
レオン殿下は平静を装いながら、声を低くして答えた。
倉庫に到着すると、砦の兵士が鍵を開け、オレたちを中に通した。
「何か必要なことがあれば、お声がけください」
兵士はそう言って、扉の外で待機した。明らかに監視役だ。
倉庫の中に入ると、思ったよりも広い空間が広がっていた。何列にも整然と並べられた棚には、食料品や装備品、薬などの物資が箱や樽に入れられて置かれている。
「うわ、結構埃っぽいですね」
オレは声を上げた。指で棚を触ると、指先が灰色に汚れる。
「レオン殿下がこんな場所で作業するなんて、なんか変な感じ」
思わず笑みがこぼれる。何事にもきっちりした完璧主義の王子様が、埃だらけの倉庫で物資を数えるなんて、なんだかミスマッチな光景だ。でも、実際に彼がそれをやっている姿を見ると、妙に新鮮で面白い。
「何がおかしい?」
レオン殿下は眉をひそめた。
「いや、なんでもないです。さあ、調査しましょう!」
オレは慌てて話題を変えた。彼の真面目な表情を見ると、どうしても笑いがこみ上げてくる。どんな状況でも凛とした態度を崩さない殿下の姿は、オレにとってはどこか愛らしくさえ感じる。
(あれ、 愛らしい……? なんでそんな形容詞が浮かんだんだ?)
頭をぶんぶん振って、変な考えを振り払う。集中しなきゃ。
「ここの物資を、王国の配給一覧と照らし合わせていく」
レオン殿下が、持ってきた書類を広げながら言った。オレも隣に立ち、一緒に確認していく。
「小麦粉の袋か。……20袋ほど常備することになっているが、ここには8袋しかないな」
「塩漬け肉も、記録の半分以下しかありませんね」
オレも確認して言った。次々と調べていくと、ほとんどの物資が記録よりも少ないことが判明する。
「それに……」
レオン殿下が棚に置かれた箱に近づき、手で触れた。その指にはしっかりと埃がついている。
「この辺りの物資は、最近動かされた形跡がない」
そう言って、レオン殿下は倉庫内をゆっくりと歩き回り始めた。オレもつられて周囲を見回す。
「あれ? これって……」
オレは小麦粉の入った袋を触ってみた。ここにも表面に分厚い埃が積もっている。
「この袋、ずっとここに置きっぱなしじゃないですか? でも食料って定期的に使うはずですよね?」
レオン殿下はオレの発言に頷いた。
「その通りだ。兵士たちが日々食事をしている以上、食料は回転しているはず。だが、この倉庫の食料はほとんど手付かずのようだ」
「つまり……」
「ああ。おそらくここ以外に、もう一つ倉庫があるのだろう。本当の物資はそちらに保管されているのだろうな」
レオン殿下の推理に、オレも納得した。確かに辻褄が合う。
「でも、なんでわざわざ物資を隠す必要があるんですか?」
「それを調べるのが我々の役目だ」
二人で倉庫内を隅々まで調べ終え、オレたちは外に出た。するとそこには、何故かヴァレン隊長の姿があった。
「視察はいかがでしたか、殿下」
ヴァレンは恭しく頭を下げながらも、その目は冷たい光を放っている。まるで「何を探っている?」と問いただしているかのようだ。
「物資の管理状況を確認していた。ここの倉庫は、よく整頓されているな」
レオン殿下は何も問題を指摘せず、むしろ褒め言葉で応じた。
「騎士団の皆様も非常に熱心に視察をされておられます。兵たちも良い刺激になっているようです」
ヴァレンの言葉は丁寧だけど、その裏には「お前たちがコソコソ砦を嗅ぎまわることを快く思っていない」という感情が見え隠れしている。
「セリル殿も……」
ヴァレンの視線が突然オレに向けられた。冷たい瞳でじっとオレを見つめてくる。まるで猛禽類のような鋭い目だ。
するとレオン殿下がすっと一歩前に出て、オレとヴァレンの間に立った。その背中はいつもより広く、頼もしく感じる。
「私の婚約者に何か言いたいことがあるのか、キリシュタイン隊長」
「……いえ」
ヴァレンはすぐに視線を外し、深々と頭を下げた。
「昼食の準備が整いましたので、お知らせに参りました」
「そうか。では行こう、セリル」
レオン殿下がオレの肩に軽く手を置き、先に歩き始めた。オレもそれに続くが、背後からヴァレンの視線がまだ突き刺さっているような感覚に襲われる。振り返ると、確かにヴァレンはまだこちらを見ていた。
(なんだあいつ……)
食堂に向かう途中、オレはレオン殿下に近づいて小声で言った。
「あいつ、オレのことやたら変な目で見てますね」
「気づいていた。ヴァレンはお前に並々ならぬ関心を持っているようだ」
「なんでオレなんかに?」
「わからない。だが、十分に注意しろ」
レオン殿下の声には、普段より強い心配の色が混じっていた。
「わかりました。気をつけます」
食堂での食事を終え、オレたちが別の場所を調べに行こうとしたとき、一人の砦の兵士が近づいてきた。
「殿下、砦の案内をいたします」
若い兵士が言った。その表情や立ち姿は緊張感に満ちていて、明らかに誰かに言われてやってきたという感じがする。
「ありがとう、だが自分たちで回るつもりだ」
レオン殿下は丁寧に断ったが、兵士は引き下がらない。
「隊長の命令でございます。視察のお手伝いをするよう言われております」
つまりはやはり監視役だ。オレとレオン殿下は顔を見合わせた。
「レオン殿下、この兵士をどうにかしてまいて、物資を隠している場所を探りましょうよ」
オレは小声で提案した。でも、レオン殿下は首を横に振った。
「いや、もう十分だ」
「でもまだ証拠が……」
「今回の名目はあくまで定期視察だ。あまり派手に動くと相手をさらに警戒させ、証拠を隠滅されてしまう可能性がある」
レオン殿下の声は冷静だった。
「それに、監視もついてしまった。今回の視察はここまでとして、このことをフリードリヒ兄上に報告して判断を仰ぐのが適切だ」
オレはその説明に納得した。確かに、いくら証拠を探したいからといって、向こうを刺激しすぎるのはよくないのは確かに一理ある。
「わかりました。そうしましょう」
結局その日は、監視役の兵士に付き添われながら砦内を一巡りしただけで終わった。騎士団のメンバーとも合流したが、彼らも同じように砦の兵士たちに見張られていたという。
夕食後、オレたちは割り当てられた部屋に戻った。
「明日には王都に戻る。今夜はゆっくり休め」
レオン殿下はそう言って、机に向かい、報告書の作成を始めた。オレは窓辺に腰掛け、外の景色を眺めながら考え込んだ。
どうにかして証拠を見つけたい。でも、レオン殿下の言う通り、今回は無理に動くべきじゃないのだろう。
オレは仕方なく、就寝の準備を始めた。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ランプが消され、部屋は闇に包まれた。昨晩と同じく、レオン殿下はすぐに眠りについたようだ。規則正しい寝息が聞こえてくる。
一方のオレは、またしても眠れずにいた。それだけでなく、今日はなんだか身体がおかしい。腹の底がムカムカするような感覚があり、身体が熱い。
(なんだろう、この感じ……)
ベッドの中で何度か寝返りを打ったけど、どうにも落ち着かない。特に、隣で眠るレオン殿下の姿が目に入るたびに、顔が熱くなってきて、変な気持ちになる。
(ちくしょう、なんでこんなに落ち着かないんだ……)
もう限界だと感じ、オレはそっとベッドから出た。頭を冷やす必要がある。
「少し外の空気を吸ってくるか……」
小声で呟き、オレは部屋を出た。
夜の砦は昼間とは全く別の顔を見せる。石の壁が月明かりに照らされ、長い影を作り出している。廊下は薄暗く、松明の揺らめく光だけが道を照らしている。足音が廊下に響き、妙に不気味な雰囲気だ。
オレは中庭に出た。星空が広がる夜空の下、少し深呼吸してみる。冷たい夜風が頬を撫で、少しだけ熱を持った身体が冷えてきた。
(よし、少し落ち着いてきた……)
「こんな夜更けに、一人で何をしている?」
突然背後から声がかけられ、オレは思わず身構えた。振り返ると、そこにはヴァレン・キルシュタイン隊長が立っていた。
「あ、キルシュタイン隊長……すみません、少し夜風に当たりたくて」
オレは警戒しながら答えた。ヴァレンの様子がどこかおかしい。彼の目は血走っており、足元がふらついている。そして、その視線はオレの身体をじっと見つめていた。
「お前は、一年前にここでラインハルト殿下を庇い毒矢を受けた兵士だな」
ヴァレンが一歩近づいた。
「あの毒を受けたのに、どうしてお前は生きている? 」
その言葉の意味を考える前に、ヴァレンがゆっくりとオレに近づいてきた。本能的な警戒心が背筋を走り抜ける。
「──セリル・グランツ、お前からはとても……いい香りがする」
その言葉に、オレは思わず後ずさりした。
(いい香り……?)
そのとき、自分の身体の異変に気づいた。この熱、この落ち着かなさ、そして身体の奥底からこみ上げてくる感覚——これは間違いなくヒートの兆候だ。
(ヤバい!)
オレのヒートに反応している様子からすると、ヴァレンはおそらくアルファなのだろう。アルファはオメガのヒートに強く反応してしまう。このままだと、オレのヒートに充てられてヴァレンがオレを襲ってくるかもしれない。
「し、失礼します!」
オレは慌てて身体を翻し、その場から逃げようとした。
ともだちにシェアしよう!

