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第22話

「まったくもう! レオったら、王都からこんな辺鄙な場所に『すぐ来い』なんて横暴が過ぎるよね。王族の権利を乱用しすぎだよ! 急いでここまで馬を飛ばしてきたせいで、お尻がパンパンになってるし」  アドリアンの愚痴が部屋中に響く。  彼が砦にやってきたのは、ちょうどついさっき。レオン殿下がアドリアンを呼び出してから、3日後のことだった。  どうやら、レオン殿下は王族とそれに近しい者だけが使える通信用の魔道具を使って、アドリアンを呼び出したらしい。アドリアンを呼ぶと言ってからかなり早いタイミングで彼がやってきたので、魔道具の存在を知らなかったオレはかなり驚いた。 「あー、すみません……オレのせいで」 「いやいやセリル、君は悪くないよ。悪いのはヒートになった君を襲おうとしたヴァレンとかいう砦の元責任者と、職権乱用気味な君の婚約者のせいだね」  彼はニヤリと笑ってオレを見た。 「レオったら、いきなり『すぐに来い、命令だ』なんて通信してくるんだもん。まったく、昔からそうなんだよ。自分の大切なものにはめちゃくちゃ過保護っていうかさぁ……」 「た、大切なものって、違いますよ! オレはただのレオン殿下の護衛騎士であり、形式上の婚約者です!」 「はいはい、そうだったね~」  アドリアンの口調からして、彼はオレの反応を面白がっているようだ。なんだかこっちが試されてるみたいで落ち着かない。 「そういえば、レオンはどこ?」 「えっと、殿下なら外で待っています。前回と同じです。診察が終わるまで外で待っててもらってます」 「あはは、またか。外で待たされるあいつの姿、想像するとなんだかかわいいよね」  アドリアンは陽気に笑いながら診察道具を取り出し始めた。 「さて、診察するけど……服脱いでくれる? 一応ね、全身を見ておきたいんだ」 「え……今回もですか?」 「大丈夫、すぐ終わるから。それともレオンに入ってきてもらおっか?」 「や、いいです、脱ぎます!」  オレは慌ててシャツのボタンを外した。とりあえず上半身だけでいいかな。  オレがシャツを脱いで背中を見せると、背後でアドリアンが一瞬だけ、言葉に詰まった様子を見せた。どうしたんだろう、オレの背中に何かあったんだろうか? 「あー、これは……」 「どうしたんですか」 「いや、あのね……ええと。君の婚約者さんに、ちょーっと|痕《あと》残しすぎって言っておいてくれる?」 「は、痕……?」  アドリアンが何を言っているのか分からなかったが、自分の背後にあった鏡をみた瞬間、オレはすべてを悟った。  痕だ。背中にめっちゃ痕がある。これは……たぶん、レオン殿下がつけた痕。 「~~~~っ!!」  オレの顔は一瞬で沸騰した。まさかまさかまさか、レオン殿下がオレの背中にこんな痕を残していたなんて。行為の最中はヒートでそんなこと気にしている余裕はなかったし、そもそもなんでこんなに痕つけてんだよ殿下っ!  オレがあまりのことで絶句していると、アドリアンが「いやぁ、ヒートを自然な形で解消できたようで良かった良かった」と言ってオレに追い打ちをかけてきた。恥ずかしさで死にそうだ。勘弁してくれ。  それから診察が始まった。アドリアンの診察は前回と同じく丁寧かつテキパキとして、無駄な動きがない。さすが宮廷に仕える研究者というか、その姿はとても様になっている。 「うん、君の状態はいたって良好そうだね」  診察を終えたアドリアンが、にこやかに結果を告げた。 「ただ、抑制剤の常用は引き続き控えるようにね。今回みたいな強いヒートが起こると、アルファに無差別に襲われちゃうようなことも起こりえるから」 「は、はい。気を付けます」  そこで、診察は終了になった。アドリアンは診察に使った器具を片付けながら、そういえば、と言ってオレに問いかける。 「そうそう、今の砦の状況を教えてくれる? レオからはざっとしか聞いてなくて」 「あ、はい」  アドリアンの質問に、オレは状況を説明し始めた。 「ヴァレンは、視察の際に物資を隠匿したという罪を審議するため、騎士団の数名と共に王都へ向かっている最中です。残りの騎士団はここに残ってます」 「なるほど。それで、今はこの砦の指揮はレオが取っていると」 「そうです。今のところ、特に問題は起きていません」 「でも、この砦の兵士たちって第二王子の息がかかった兵士だらけって話じゃない。君もそれは知ってるよね?」 「はい。レオン殿下から聞きました」 「だとしたら、油断はできないね」  アドリアンの表情が鋭くなった。いつものおちゃらけた雰囲気が消え、途端に研究者らしい理知的な表情になる。 「……そんな状況だろうと思ったから、馬を飛ばしてきたんだよ。少しでも味方が多いほうがいいかと思ってね」  冗談めかして言ってるけど、その言葉には本心が込められているのが分かる。たぶん、彼はレオン殿下の置かれた状況や、王位継承争いの件についてオレよりも詳しいに違いない。そんな彼がこうして駆けつけてくれたことは、素直に心強いことだと感じた。 「……あれ?」  そんな折、突然廊下が騒がしくなった。誰かが走り回る足音や、慌ただしい声が聞こえる。 「オレ、ちょっと見てきます!」  オレは上着を羽織り、部屋を出た。  すると廊下には珍しく少し慌てた様子のレオン殿下と、青ざめた顔のルークがいた。 「殿下、ルーク! どうしたんですか?」 「セリル先輩! 大変です!」  ルークの声には明らかに狼狽していた。 「騎士団のみんなが、急に体調を崩してで倒れ始めたんです!」 「なんだって!?」  予想外の出来事に、オレは言葉を失った。今朝まで元気だったはずの騎士団の仲間たち。それが急に体調を崩すなんて。  ここに来ているルーク自身も顔色が悪く、額に汗を浮かべている。足元もふらついているようだ。 「お前こそ大丈夫なのか?」  オレは心配になって、ルークの肩に手を置いた。するとただ手が触れただけなのに、彼の身体がかなりの熱を持っていることがすぐにわかった。  オレはすぐさま彼を背負い上げた。ルークは弱々しく抵抗したが、力なく肩にもたれかかってきた。彼の熱は背中を通して伝わってきて、状況の深刻さを思い知らされる。  すぐに、オレたちは急いで騎士団の兵が収容されている兵士宿舎へと向かった。  宿舎の中はまさに地獄絵図だった。オレのよく知る騎士団員たちが、みんな苦しそうに横たわっている。顔は紅潮し、息は荒く、うめき声を上げている者もいる。 「なんだよこれ……」  思わずオレは呟いた。これはただの体調不良なんかじゃない。明らかに何かがおかしい。  アドリアンが素早く近くの騎士の脈を取り、額に手を当てる。 「うわ、すごい熱!」  彼はすぐに次の騎士へと移動し、同じことを繰り返す。 「全員同じ症状? いつ頃から?」  アドリアンの質問に、まだ意識がはっきりしている騎士が弱々しく答えた。 「朝食の……後から……」  ルークも頷く。 「僕も朝食後から気分が悪くなって……」 「朝食?」  レオン殿下の眉が寄った。 「何を食べた?」 「普通に出された朝食を……砦の兵士も同じものを食べていたはずですが……」 「だが、彼らは無事のようだな」  レオン殿下はさっと周囲に目をやる。確かに、砦の兵士たちは平然と任務を続けている様子だ。 「まさか、食事に何かが……?」  アドリアンがそう呟いたとき、オレたちの背後から声がかかった。 「失礼いたします」  そこには、砦の兵士がいた。兵士は騎士団員の様子が目に入っているだろうにも関わらず、表情は不気味なほど冷ややかだった。  彼はオレたちを一瞥して、こう告げた。 「──レオンハルト様。隣国より使者の方が訪れております」

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