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第21話
「……ん」
頭がぼんやりしている。身体全体がどこか重だるくて、倦怠感がある。
「ここは……?」
目を開けると、見覚えのある天井が目に入った。砦の個室だ。オレは今、砦の個室でベッドに横たわっている。
「どうして……」
記憶が飛んでいる。昨日何があったんだっけ?
喉がカラカラに渇いていて、声を出そうとすると痛みを伴う。まるで昨日一日中叫んでいたかのように声が枯れている。それに、身体のあちこちが痛むような感覚もあった。
「目が覚めたか。大丈夫か?」
その声に振り向くと、部屋の隅の椅子にレオン殿下が座っていた。彼はいつものきちんと整えられた姿だったが、今日はそれにどこか気だるげな雰囲気が加わっている。
「殿下……」
その瞬間、昨日の記憶がドバっと脳内に押し寄せてきた。
夜中に襲ってきたヒート。夜の砦でのヴァレンとのやり取り。暴走する身体。監視塔の地下室。そして……レオン殿下と……
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!!」
思わず大声を上げてしまった。顔が熱くなるのがわかる。これ以上ないくらい恥ずかしい! 昨日オレはいったい何をしたんだ!? 何を言ったんだ!?
「レ、レオン殿下! 本当に申し訳ございませんでした!」
オレは勢いよく上半身を起こして頭を下げた。その拍子に身体の痛みが増して、思わず顔をしかめる。
「す、すみませんでした! オレ、ヒートだったからといって、殿下にとんでもないことをしてしまって! 本当に迷惑をおかけして! 二度とこのようなことが起きないように気をつけます!!」
言葉を並べているうちに、昨日の出来事がさらに鮮明になってくる。オレはレオン殿下の前で恥ずかしいほど乱れた姿をさらけ出した。その上、レオン殿下を誘い、求めた。思い出すだけで恥ずかしさのあまり死にたくなる。
レオン殿下は、オレの謝罪を聞きながら、なぜか少し不満そうな表情を浮かべた。彼の眉がわずかに寄せられ、どこか不機嫌そうにオレの顔を見る。
「なぜ謝る?」
意外な反応に、オレは顔を上げた。
なぜ謝るって……そりゃあ当然でしょうよ。オレのせいでレオン殿下は大事な視察の最中に余計な面倒を見る羽目になったんだ。護衛騎士のヒートの処理なんて、王子様にさせていい雑務じゃない。謝る以外の対処方法が思いつかない。
「だって、当然じゃないですか……オレがヒートで理性を失って、殿下に無理をさせてしまったんですから……」
言葉が続かない。ただでさえ恥ずかしいのに、さらにそれを口に出すなんて。
「無理だと?」
レオン殿下の声が低くなり、彼は立ち上がった。そして、何故か無言のままベッドに近づいてくる。
「か、勘違いしないでください! オレは別に殿下を責めてるわけじゃなくて、自分が悪いと思って……」
「セリル」
彼はオレの目を見て、改めて続けた。
「お前は私の婚約者だ。助けて当然だろう」
「でも……」
「それに、あれはすべて私の意思だった。だからお前が責任を感じる必要はない」
レオン殿下の言葉に、オレは納得した。そういうことか。オレが責任を感じないように気を遣ってくれているんだな。
「……ありがとうございます、殿下。二度とこのようなことがないよう気をつけますが、今回は殿下の心遣いに甘えさせて頂きます」
オレの言葉にレオン殿下はなぜか言葉を詰まらせたような様子だったけど、たぶん気のせいだろう。オレはとにかく話題を切り変えることにした。
「あの、それより……あの倉庫、結局何だったんでしょう。それにヴァレンはあの後、どうなったんですか?」
レオン殿下は少し間を置き、やがて深いため息をついた。
「お前が気を失った後、騎士団員を呼び出して地下室を調査した。すると、やはりそこには記録にある以上の物資が保管されていた。特に出自不明の薬品らしきものが数多く見つかった」
「ヴァレンは?」
「騎士団が拘束している。だが、ヴァレンは拘束されてからずっと黙秘を続けていて、現時点では捜査が頓挫している状態だ」
レオン殿下の表情が苦々しさを帯びる。
「今の状態だとだと、ヴァレンは軽い罪しか問えない。彼がどういう意図であの場所に物資を隠し込んでいたのか、明確な証拠が出てこない限りはな……」
そこでレオン殿下の言葉が途切れた。まあ、確かにそうだよな。物資を隠してたってだけじゃ、大した罪にはならない。オレが見つけた地下室にはなんかよくわかんない薬もあったけど、それだけじゃ「反逆罪」とか「密通」とかを証明するのは難しいだろう。
「また、ヴァレンの件もあって、ここの滞在が長引くことになった。砦の責任者であるヴァレンを拘束したので、王都から応援の軍が来るまで私がしばらく砦の指揮を取ることになる」
「王都から応援はどれぐらいで来るんですか?」
「おそらく、二週間程度はかかるだろう。移動距離もそうだが、軍を動かすのには議会の承認や王族の確認などの手続きが必要だからな」
「なるほど……」
「だが、お前は先に王都に戻ってくれ」
「え?」
レオン殿下から予想していなかったことを言われ、オレはつい聞き返してしまった。帰れだって? なんで?
「昨夜のヒートの件もある。アドリアンに一度診てもらうべきだ」
「いやいや、オレは護衛騎士なんですよ? こんな緊急事態に殿下のお傍を離れるなんてありえませんよ!」
「しかし……」
「大丈夫ですって! もうヒートは収まったし、通常のヒートサイクルならしばらくヒートは起こらないはずですから」
「だが、お前のヒートはまだ不安定なのだろう。また来たらどうする?」
オレを問い詰めるレオン殿下の言葉は鋭い。その視線はオレを射抜くように見つめている。
「だ、大丈夫ですよ! また来たら……」
オレはちらりとレオン殿下の顔を見た。また来たら、オレはまた殿下に助けを求めることになるんだろうか? 忘れようと思った昨夜の痴態がふっと思い出されて、オレは頭を振ってその記憶を脳内から振り払った。
「……抑制剤を使います。さすがに今度は効くでしょうし」
オレの言葉に、レオン殿下しぶしぶといった様子でため息をついた。
「わかった。お前の言い分を受け入れよう。ただし、条件がある」
「条件?」
「ああ。お前のヒートの件は放置できない。……だから、アドリアンをここに呼ぶ」
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