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第9幕 開眼、そして殺害
「章……その……章っ」
「なんだ」
昨日。実質初夜、大失敗。俺だけ射精して、章にはふむ……みたいな顔させて、終了。
みっともねぇ、最悪の夜。
その事後から、本日現在昼過ぎまで───章は、俺にべたべたまとわりついている。女、というよりは、人懐っこい猫だ。身体を押し付けたり擦り付けてみたり、懐に潜ったりにおいを嗅いだり。いや、章の発作が起こったり記憶が飛んだりしてない時点で前回に比べたら大成功ではある。大成功ではあるが、章のことが本当に何も分からない。今は抜糸後の傷に数日貼りっぱなしになっているテープをわざわざ嗅ぎに行って眉間に皺を寄せている。なんなんだ、こいつ。俺ってなんで高校時代、こいつのことが何も言わなくても分かってやれてたんだろう。
「その……どうした。なにやってんの」
「累、僕ねぇ、分かったんだよ。分かった。全部じゃないけれども。」
章は俺に目も合わせず言い放った。散々すんすん嗅ぎまわり尽くした後、ひと仕事終えたと言わんばかりにため息をついて俺のそばで丸まる。
「僕、僕が思っているよりずっと動物なんだよ」
「……そ、そっか……」
「累ってさ、昨日僕とセックスしてる時、僕からなにか……フェロモンのようなもの、オメガとしての特性、感じていた?」
突如として投げられた問い。頭の中で高速で再生される、みっともない俺、俺、俺。章のごわごわした傷のある皮膚の感触、硬い骨と、あたたかい肉、内壁、襞。見せて、と囁く章。
「わ……わ、わかんね、よくわかんな、かった」
誤魔化した。嘘だった。自分でもよく分からなくなっていた。章がオメガだから惹かれ、欲を煽られていた、それが全てでは無いし、それが全くない訳でもない。上手く言えなかった。
「そうか。じゃあそれでいい。僕はね、分かったんだ、昨日。累はちゃんと僕なんかに向けてアルファとして発情していた……僕は累のフェロモンをちゃんと嗅ぎとることができた。抱き合うこともできた。嬉しかった、んだよ」
「そう、なのか」
「うん。だから僕は今、とても満たされた気持ちでいるよ。累がなにを気にしてるのか僕は知らないが、僕は何も気にしてはいない。ありがとう……このままここで少し寝ようかな」
章はそう言うだけ言い終えたら、目を瞑って俺に背を向けてしまった。
俺も目を瞑って何度か深呼吸する。章が投げつけてきた言葉をよくよく咀嚼して、大して出来のよくない脳みそでよくよく考えた。
そういえば、章って昔からそうだったな。たぶんこいつは、最初から他人に何も求めてはいないし期待していないのだ。誰に何と思われていたってどうだって良かった。なのに、自分なりの誠実さで筋を通すことは諦めない。俺ってそこが好きだったんだ、ずっと。
章のそういう生き方があんまり潔いから、俺はずっと惨めなんだ。
章を救いたかった。章を救うための俺を演出したかった。黙っておくこと、嘘をつくこと、見せる姿、被る罪、ぜんぶぜんぶ章の回復の為にって演出して、でもそれって俺の為だった。俺が、章に、カッコよく思われたかった。そうだった。そして章に好かれたかったんだ、きっと、アルファとして。
章はオメガとして求められることが一番嫌だったはずで、それでも俺とのセックスに繰り返しまっすぐ向き合っていた。それが何故か、俺はちゃんと考えようとしなかった。怖かったから。愛玩動物みたいに扱って目を逸らした。刺されて、ほとぼりが冷めるまで仕事を休んで、ようやく向き合った。
章は話そうとしてくれてたのに。
章は、荻原累と話そうとしてくれてたのに。
俺はずっと、ずうっと昔から、秋津怺みたいになりたかったんだ。
俺はずっと章を、秋津怺の成れの果てとして、見ていたんじゃないか。
ああそうだ。きっと俺たちって、秋津怺をちゃんと殺さないと生きられない。
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