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第7話 ことばが足りない※

「……」 「…………」  永遠にも思えた一瞬の間、僕はセレスと見つめ合った。正直、頭に血が足りていないからちゃんと状況を理解できない。  なんでおやすみって言ったのにまた来たの? という当然の疑問よりも、あとちょっとでイけたのに……という男としての、生物としての欲求が身体を支配していた。  その間がもう少し長引けば、僕も冷静になって身体も落ち着きいろいろと言い訳を考えだしただろう。だけどセレスの思考回路と決断は早すぎた。 「ウェスタ」 「あっ、」  セレスはすたすたと僕の方へ歩み寄ってきて、名前を呼んだあと、ぶつかるように唇を重ねた。端正な顔がすごい勢いで近づいてきたことに驚いて、咥えていた服がぽろりと口元から落ちる。  なにも言う間を与えられず感じたキスの感触に、昂ぶっていた身体は勝手に歓喜した。一瞬全身が強張ったようにぎゅっと力が入り、その後ふわっと弛緩する。ぶつけて触れるだけの、つたないキスだった。 「んんっ……」  屹立を掴む手に力が入ったせいで、その一瞬で……なんてことだ……僕は達してしまった。甘だるい解放感が全身を包む。  自分の手に生暖かい精液がかかったことで、やっと現実が僕の元へ追いついてきた。さっと冷静になる。いや、冷静じゃない。  ど……ど、どうしよう。やばい!  セレスが顔を離した。至近距離でじっと見つめられているように感じるけど、とてもじゃないが目を合わせられない。顔が熱くて、泣きそうなくらい恥ずかしかった。  目を伏せると、すっかり萎えた僕自身と汚れた下肢が視界に映る。あーあ、結局パジャマも汚れちゃったし。  言い訳しなきゃいけないことは山ほどある。聞きたいこともある。お互いに何かを尋ねるにしても尋ねられるにしても、とにかくこの状態じゃ無理だ。  用意しておいたちり紙で手と下肢を雑に拭って、服も直した。ちょっとベトッとしてるけど致し方ない。その間も刺さるような視線を感じてたんだけど……沈黙が怖すぎるし、なんでもいいから何か言ってほしかった。    よし。そう来るなら、こっちだって何もなかったことにしてみよう。 「セレス、どうしたの? もう寝たんだと思ってた」 「明日は朝から仕事になってしまったから、寝る前に伝えておこうと思って」 「う、あ、そうなんだぁ……」 「ウェスタ」 「は、はい!」 「性欲の解消なら、俺が付き合おう」  なにそれ。  処理を事務的に付き合ってくれるって? しかもキスのサービスつきで?  どういうつもりで言っているのかわからない。けれど僕は、セレスの言葉にカチンと来てしまった。 「別に、もうすぐ結婚する人にお情けで世話してもらわなくでも大丈夫ですぅ」 「……」 「今日はちょっと。偶然、変な気分になっちゃっただけでっ、僕なら相手なんて簡単に見つけられるから! ――へ? うわっ!」  気づけば僕の視界にはセレスと……天井が映っていた。へ、押し倒された?  わけも分からず抵抗しようとしたが、セレスが短く何かを呟いたかと思うと、両手が頭上で、何かに縛られたかのようにまとめて拘束された。えっ、魔法だよね? 魔法ってこんなことできんの!?  あっけに取られている間にセレスは僕の脚に乗り上げ、完全に身動きが取れなくなってしまった。  セレスは……すごく怖い顔をしている。アメシストの瞳も黒に近いくらい色濃く淀み、髪の色と相まって冷酷にさえ見えた。  眩暈を起こしたみたいに、ちょっと景色が揺らいでいるような……というか、本当にセレスの周りだけ透明な靄のような何かがある。薄暗い部屋の中で、ランプに照らされて影が揺らめいた。 「せ……セレス? どうしたの? なんか、それ……」 「……るせない」 「え?」 「俺は、ウェスタが他の誰かに身体を触れさせるなんて、許せない」  一言一言はっきりと告げられたその言葉に、僕は喜べばいいのか怒れば良いのかわからなかった。    セレスからはずっと、ピリピリする圧みたいなものを感じる。あ、物理的な圧ももちろんかけられてるけど。そうじゃなくて……魔力なのかな? 魔力が可視化できるものなのかは知らないけれど、セレスから漏れ出しているような。  ピシ、ミシ、と耳障りな音も周囲から聞こえてくる。陶器にヒビが入ったときみたいな、固いものに強い圧をかけた時のような音。ベッドサイドにある香油の瓶や魔導ランプが音の源になっている気がした。 「あ! ちょっと……やぁ!」  突然、セレスは僕の着ているパジャマの裾から捲くって上にあげ、僕の視界を塞いでしまった。当たり前だが……あっという間に身体は丸見えだ。いや、ほんとに、ちょっと恥ずかしすぎない!? このパジャマ駄目だろ!  なんとか身体をよじって抵抗を試みるけど、腕と脚を拘束された状態じゃ、腰をくねくね動かしているだけにすぎない。薄いパジャマ越しに、僕の上にいるセレスの僅かなシルエットだけが見える。 「ねぇ、やめてよ……んぁっ。は、ぁん!」  胸の尖りをぎゅっと摘まれて痛みを感じたと思ったら、そのまま指の腹で乳輪ごとやわく撫でられた。途端に快感が広がる。  ついさっきまで昂ぶっていた身体は、僕の意思とは関係なく気持ちよくなろうとしてしまう。だって……好きな人の手だ。    でも、単純に喜べるような状況ではなかった。セレスがどこまでやろうとしているのか分からないけど、一度は寝た相手だ。最後までしようとしている可能性だってある。  そしてそれは……とても悲しいことだった。  僕がどう考えているかなんてどうでもいいとばかりに、セレスは愛撫の手を止めない。胸から脇腹をなぞるように撫で下ろし、腰まで来たところで躊躇なく下穿きを剥ぎ取った。  視覚からの情報がないせいで手がどう動くのか読めないから、ひとつひとつの動きにビクッと震え、ぞくぞくと快感を拾ってしまった。 「せ、せれすぅ。あッ、も、もう……やめて…………ひゃぁっ」 「……」  セレスが黙ってしまったからなお悪い。相手はセレスだってもちろん分かっているけど、表情もなにも見えないのは怖かった。  僕の制止の声は、勝手に漏れてしまう嬌声のせいで弱々しいものとなっている。でも本当に、こんな愛のない行為は嫌だ。好きだけど……好きだからこそ。こんな風に身体を繋げてしまったら、もう二度と手に入らない気がして。    セレスの意外と大きな手に、僕の急所が握られた。その繊細な部分は、僕の気持ちを表すように萎えているだろう。セレスはごそごそと何かをしてから、身体の重心をずらしてベッドサイドに手を伸ばした。  パリン!  何かが割れる音がした。たぶん、香油の瓶……。さっきの物音から推測すれば、ヒビが入っていたんだろう。 「ねぇセレス、手は? 切れてない? 大丈夫?」 「……ウェスタ。そんな心配、してる場合か?」 「でも……っ、うあ!」  驚いて声を上げた。僕の中心に熱いものが……熱くて固いものが当たった。それが何なのかを理解する前に、香油にまみれた手で僕のペニスはそれとまとめて握られた。 (これ、セレスの……)  ずりずりと擦り付けられ、手で上下に扱かれる。香油のおかげで滑らかに動く手は、明らかに僕の快感を引きずり出そうとしていた。  自分だけが攻めたてられていたら、そのまま萎えていたと思う。けれど、セレスの興奮の徴しがそこにあることが、僕を煽ってしまった。  初対面のあの時とは全然違う状況で。なんなら僕はいま、視界を服で塞がれた間抜けな格好をしている。セレスが特殊な性癖を持っている可能性は考慮せざるをえないが、それでも男の、僕の丸みのない身体を見てガチガチに勃たせていることがちょっとだけ嬉しかったのだ。  その気持ちを反映するように、ペニスが成長するのを感じる。途端に裏筋をセレスのもので擦られて、腰が跳ね上がった。 「んん! ぃや!」 「くっ……」  背中に当たる柔らかいのシーツの感触に、ねちねちとペニスを擦り上げる音、中心部に感じるセレスの体温が僕の制限された感覚を容赦なく揺さぶった。  見えないのが怖いし触れないのがつらい。何よりもセレスの気持ちが見えないのが寂しくて、胸の奥がぎゅっと引き絞られるように痛い。  それでも身体はセレスを追いかけるようにして、高みへと駆け上がった。  達したのはセレスが先だった。熱い液体が、昂ぶりとその周りにかかるのを感じた。その後セレスの手によって集中的に攻められ、二度目の僕もあっけなく達してしまった。 「っ、うぅ……」 「う、ウェスタ……?」  もう限界だった。手酷く扱われたわけでもないけれど、気持ちよさに心がついていかなくて、悲しさで涙が溢れてくる。  ひっく、ひっくと肩を揺らしていると、パジャマがやっと下ろされて視界が開けた。すぐにセレスと目が合う。    先ほどまでの怒りはどこへやら、僕がぽろぽろと涙を流していることに気づいたセレスは、慌てた様子で魔法を解いて手を解放してくれた。ついでにさっと浄化されて全てがリセットされたように綺麗になる。  でも、ここで起こったことは巻き戻せない。どうせなら記憶もなくしてほしかった……。  ぐすぐす泣きながら僕が両手で顔を覆ってしまうと、ぎゅ、っと壊れ物を扱うみたいに優しく抱きしめられた。 「いやっ、触らないで!」 「ごめん、ごめんウェスタ……」  セレスの温かい体温も、優しい腕も、落ち着くはずの香りでさえも今は離れたかった。なのに僕がいくら暴れても、セレスは謝りながら決して離してはくれなかった。柔らかく抱擁されているはずなのに、頑丈すぎる檻だ。  さすがに途中で疲れ果てた僕は、諦めてセレスの胸で泣いた。くそう、どうせなら服をびしょびしょにしてやる。  しばらくセレスの胸をハンカチ代わりにして、僕はそのまま、服を握りしめて眠ってしまったのだった。

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