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第24話 新たなる一歩
王宮魔法治癒局への初出勤だ。
セレスが一緒だから、保護者同伴みたいなものだ。すれ違う人みんなから注目を浴びてしまって恥ずかしかったけれど、一人よりだいぶ心強かった。
結局二日あったセレスの休日は、僕の足腰が立たなくなったせいで生活の介助に丸一日潰れてしまった。セカンド童貞を煽った代償は大きい。
まぁ、本当は半日くらいで動けるようにはなっていたんだけど。心配したセレスが「練習だ」とか言って、庭に出るのにも書斎に行くのにも付いてきて、あれこれ世話を焼いてくれたのだ。……練習って老後の?
初めは一緒にいられて嬉しかった僕もだんだんと申し訳なさが勝ってきて、最終的には子どもに言い聞かせるようにして叱ってしまった。
使用人のみなさんは「ウェスタ様はいいお母様になりそうですね」と微笑ましそうに見てたけど……セレスも今まで一人だったなら、休日に済ませるべき用事とかあるんじゃないのかと思ったのだ。
そして夜はまた気持ちが昂って肌を重ねてしまった。だって、その……今までさんざん悶々としてきた訳だから? セレスは結構むっつりだと思う。
翌日に支障が出ると困るから回数は控えてもらったけど。思い切って僕も口での奉仕にチャレンジしてみたりして……えへへ。無事トラウマは克服できたみたいだ。
昨日はセレスと一緒に治療院へ行った。
僕が勝手に退職してしまったし、結局はこの国に戻ってきたんだから挨拶もしないというのは悪いと思ったのである。まぁ帰国してすぐセレスが事情を説明していたみたいで、僕たちが顔を出すとひたすらに恐縮されてしまった。
あの事件の日僕を押しのけて暴言を吐いた男のスタッフは、以前急に辞めてしまった女性と仲良くしていた人で、彼もひと月ほど前に辞めてしまったそうだ。いまは人手不足だと治療院の院長は嘆いていた。
僕は疑わし気な目でセレスを見たけど、彼はどこ吹く風。真相はわからない。
通算八年近くここで働いていたが、当たりの強い人以外は一定の距離を置いて接していた人ばかりで、特別仲良くなれた人はいなかった。それほどに魔力なしに対する差別は大きいのだ。
僕はこれからセレスと一緒にそれを変えていく一端を担うのだろう。うん……がんばろう。
その後は実家ともいえる孤児院に連れて行ってもらった。
セレスが柄にもなく緊張しているのでどうしたのかと思ったら、ネーレ先生に「ウェスタさんを私にください」と頭を下げたので時が止まった。
……そのあと爆笑したんだけど。ヒュペリオさんに用意してもらった手土産までばっちり持ってきていたんだから驚きだ。
ネーレ先生も本気なのか悪ノリなのか、長く白い髭を撫でながらずいぶんと返答をためらって、セレスを真剣な目で見つめていた。
「ウェスタは私たちの大事な息子じゃ。性根は強いが、心根が繊細だからこそ優しい。……彼を支えてやってくれるか?」
「もちろんです。私も未熟ですが、ふたりで支え合っていきたいと思っています」
それがなんだか結婚の誓いのようで、思わずじわっと目頭が熱くなってしまった。セレスが僕の肩に温かい手を置く。
名実ともに僕が一方的に寄りかかっていると思っていたが、セレスはそう考えていないらしい。僕でもセレスの支えになれているんだろうか?
ふたりでこれから何を為せるのかは分からないけれど、『支え合っていきたい』という言葉は僕の心に響いた。支え合えばなんでもできる気がした。
しんみりしているところにルキウスとマイラが突撃してきて、すぐに涙も引っ込んだ。
ルキウスは僕と一緒にいるセレスを見て、なぜか高らかに「おれのほうがウェスのこと知ってるからな!」と宣言した。それに対してセレスも「俺だってウェスタのことは隅から隅まで知っている」と言い返すものだから頭を抱えた。
ねぇ、そのマウントの取り合いなんなの?
僕は二人を放置してマイラを呼び寄せた。
「あの魔法師長と結婚するってほんと? ウェス、すごい! おめでとう!」
「あー、うん。照れくさいな……ありがと。マイラ、就職先のことだけど。この前は後ろ向きなこと言ってごめんね。もしかしたら王宮で働くのも難しくなくなるかもしれない」
僕もごく一部は関わるものの、主に魔法研究局の人たちの成果次第だからすぐに、という訳にはいかないだろう。でも僕は以前、マイラの理想を挫くような現実を教えてしまった。未来の見えてきたいまは、希望を捨てずにいてほしかった。
「なんで謝るの? ウェスに聞いたお陰で、私すごい視野が広がったよ! それに私のことを心から心配してくれてるのが分かって、嬉しかった。カシューン魔法師長がウェスのこと選んだの、よくわかるなぁ。ウェス、優しいもん!」
かっ、かわいい……! 曇りなき笑顔が眩しかった。なんていい子なんだろうか。
マイラの恋は応援してあげたいけど、ルキウスにはもったいない気がして、嫁にやりたくない気持ちになってきた。
しばらく話していると、この前来たときに怪我をして運んだ男の子、キューモが走ってきて僕の腰にひしっと抱き着いた。「ウェスってほんとモテモテね」なんてマイラは冗談を言う。セレスが大人気もなく引っぺがしていたけど。
こっちは独占欲がなぁ……。それを嬉しいと感じる僕も大概だ。
そして時は現在に戻る。
ポロスが着ていたのと同じデザインの詰襟服を身に着けるのは、少しくすぐったい心地だ。色だけ局によって違うらしく、治癒局は茶色に白のラインが入っている。
セレスやクリュメさん、ロディー先生も着ていないが、局長や副局長は制服の着用が免除されているらしい。その代わり魔法師はローブ、治癒師は白衣など、わかりやすいものを羽織っているそうだ。
僕がそんな新しい制服を身につけ、どきどきしながら“魔法治癒局”と書かれた扉を抜けると、ローズピンクの髪が波打つ美女、ロディー先生が待ち構えていた。
「ウェスちゃん、待ってたよ! ようこそ魔法治癒局へ!」
部屋の中は子どものお誕生日会のようにわざわざ飾り付けされていて、壁に『ようこそウェスタ』と書かれている。歓迎っぷりは嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。
つい僕がもじもじしていると、僕たちふたりをじっくり見たロディー先生は目を剥いて声を上げた。
「え、なにこの雰囲気。魔法師長の満足そうな顔……ウェスちゃんから滴る色気……! はぁ。丸く収まったって聞いてたけど、ずいぶんと仲良くなったんだね」
「余計なお世話だ」
「それが余計じゃないの。あなた忘れてるでしょう。精液には魔力がたーっぷり含まれてるってこと」
「せ……!?」
突然の単語に僕があっけにとられていると、ロディー先生は僕たちをバスルームへと誘導し、そこにある魔導具で僕にお湯を出すように言った。
ここで以前水さえ出せなかったことを思い出して、かすかな恐怖が忍び寄る。
最近の僕はセレスと家の使用人さんたちに甘えて、自分で魔導具を動かすこともないのだ。新しい魔導具の検証のために、今朝は魔力の含まれる食べ物も摂取していない。
僕は隣に立つセレスを見上げる。目が合って頷いてくれたことに勇気をもらって、おそるおそる魔導具に触れた。
すると――実にあっけなく、蛇口からは勢いよくお湯が流れ出した。
「あ……! なんで?」
「ほらね。こっちでの仕事には問題ないけど、魔導具の検証前日に性行為は控えることだね」
「昨日はしていない」
「は〜〜っ……カシューン魔法師長。あなたどんだけ……」
えっ……そういうこと?
ロディー先生が呆れる理由に思い至って、僕は恥ずかしさから今すぐ家に帰りたい気持ちになった。勤務初日に逃亡なんて伝説を作るわけにはいかないから、セレスの後ろに隠れて縮こまる。
図らずも、飲食以外での魔力の摂取方法を知ってしまった。
家の使用人さんたちならまだしも、これから上司になる立場の人に、一日経っても魔力がなくならないほどたっぷりのアレを注がれたと知られるのは……うあああああ無理ぃぃぃ!
でも……だったら仕事のためには、キスもできないのだろうか。セックスを一日我慢するくらいならできそうだけど、その、僕たちは結構……仲良しなのだ。
「もう……宝石でも買ってあげなさい。ウェスちゃんが魔力をそこに貯めれば、使い切るのも簡単だし、自分が必要な時にも使えるでしょう」
「そうしよう」
ぐぅ。セレスだけ平気そうなのが解せない。それでも、僕の方に身体を向けて「すぐ買ってやる」と額にキスをするものだから、なんだかそれでいいかという気持ちになってしまった。
そこでやっとセレスは自分の研究局の方へ追い出され、僕は治癒局での仕事を開始したのだった。
魔法治癒局にはロディー先生の他に四人のスタッフがいるらしいのだが、治癒魔法専門の魔法師はロディー先生だけで他はみんな魔法研究局に所属しているらしい。
治癒魔法の技術は彼女が飛びぬけていて、しかし彼女でさえもちょくちょく研究局の仕事を手伝うのだというから魔法師の人手不足が伺える。なろうと思ってなれる職業ではないからな……
アシスタントといっても僕に治癒が出来るわけではないから、細々とした雑用が中心だ。ロディー先生には王宮内の様々なところから治癒の依頼が舞い込んでくる。そこにはもちろん王侯貴族も含まれているから僕はドッキドキだった。
さすがにいきなり僕を表に出すつもりはないみたいで、基本的には裏方である。確実に大丈夫であろう人のときだけ、挨拶がてら僕も顔を出している。
そこに国王様が含まれていたのには大いに疑問を呈したい。え、僕が大丈夫じゃないんですけど?
「君の婚約者のせいで胃が痛いんだよ」
「ひぇっ。も、も、申し訳ありません……」
「王、悪ふざけはよして下さい。結果的に国の発展に繋がるから認めたんでしょう」
どうやらセレスが進めている改革――魔力がなくても使える魔道具の開発や同性間妊娠の研究――には膨大な予算と、発表に至るまでの根回しが必要になっているらしい。
それに加えてセレスが失踪した僕を追いかけたおかげで魔法研究局長の長期不在、並びに隣国ディルフィーで暴れ回ったことの後始末云々……み、耳が痛い。
ロディー先生曰く、ディルフィーからは謝罪と共に魔導具貿易の税率優遇などの特権をちゃっかり受け取っているから気にしなくていいとのことだ。
治癒に呼ばれてはいるが、この時間はほとんど国王様の休憩 に使われているから、腹黒狸に騙されないようにと言い聞かされた。
わーん、だから関わりたくないんだよう。
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