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第9話 汚い奴隷
翌日も学校では酷い言葉を浴びせられた。
こちらが言い返さないと分かると、それはどんどんエスカレートしていく。
「奴隷は臭いから近寄るな。気持ち悪い」
「同じクラスなんて最悪ですわ。離れてくださる?」
「オメガが来るところではないぞ。奴隷商に返すべきではないのかい」
最初は小声で言っていた生徒も、遠慮がなくなるまでに時間はかからなかった。
「おい、廊下の真ん中を歩くな。奴隷の分際で」
午後になると正々堂々と蔑む言葉を突きつける者まで出てきてしまう。一人が言うと、別の一人がそれに倣う。すると別の人にも伝染していく。
「奴隷なんだから荷物を運べ。それが仕事だろう」
「勉強よりも仕事をすればどうだ。そのほうがお似合いだ」
すれ違いざまに、視線も合わさずに僕にだけ聞こえるように言われたりもした。
「マリユスは奴隷ではない。私の付き添いでもない。学校から正式に入学をみとめられた生徒だ。口をつつしみたまえ」
エリペールが睨みつけた時だけは怯んで逃げ出している。
「まったく、何をするために学校へ来ているのか……」
今日、何度目かのため息を吐いた。
その時エリペールの肩に手を置き、「やれやれ」と、逃げる生徒を見送る人影が現れた。
「あの者たちは貴族とはいえ身分は低い。称号だけ貰って思い上がっている馬鹿者たちだ。気にするな。君……、マリユスと言ったね? 言い返さないのは偉いと思うぞ」
話しかけてきたのは、同じクラスのブリューノという名前の男の子だった。
「やあ、君はラングロワ公爵家のエリペールだね。僕はブリューノ・ジャック・クラインだ。よろしく」
「クライン公爵様の……。私こそ、よろしく。価値感のあう人がいてホッとしたよ」
「ああいうのは見ていて気分が悪い。お父様から話を通してもらうといい」
「今朝それを頼んだのだ。やがて嫌がらせもなくなるとは思うが……。マリユスの方が余程熱心に勉強に励んでいる」
ブリューノとエリペールは直ぐに仲良くなった。僕に対しても気遣うでもなく、他の人たちと同じように接してくれた。
「しかし噂は本当なのだろう? マリユスが奴隷でオメガだと……」
「はい、そうです」
「その上、随分年上じゃないか。勇気がいるだろう。貴族ばかりが通う学校など」
「ブランディーヌ様から話をいただいた時は、驚きました。今は感謝しています。バース性が発症するまでにはなるでしょうが、精一杯学びたいです」
「そうか、君はとても真面目そうだ」
笑顔は凛々しい印象を受ける。エリペールと性格もよく似ていて、話しやすい。
ブリューノはオメガと出会ったのも初めてだと言って、好奇心を隠しきれない様子であった。
「僕も発症しないことには、何も分からないのです。ラングロワ様が買ってくれてからは、抑制剤を飲ませてもらえるようになりました。それが原因なのか、住む環境が変わったからなのか、ずっと体調が悪かったのがなくなりました」
「それは、どちらも関係していそうな気がするけどな」
ブリューノは思ったことをズバリ物申す。
「不衛生な場所で幼少期を過ごし、薬も飲ませてもらえなかった。そんなところから急に清潔で、薬も飲めて、栄養もとれる。全てが好転したから、これからは益々よくなるのでは」
目線を上げ、推察するように話す。
そんなところも、ブリューノはエリペールとよく似ている。
それについて二人が気づいている様子はないが、肌が合うとは感じているようで、それから一緒に過ごす時間が増えていった。
ブリューノからの質問攻めはその後も続き、奴隷とは実際どういうものなのか、どんな生活を送っていたのか、なぜエリペールが奴隷を買ったのか、思いつく限りの質問をぶつけてきた。
僕たちも嘘をつく理由もないので、答えられる全てに真実を述べた。
ブリューノは繰り返し頷きながら耳を傾け、特に奴隷として住んでいた頃の話しには、眉を顰め目を瞠るほど驚いていた。
不思議と奴隷やオメガのことを話しても嫌な気分にならない。
揶揄いもせず、真剣に聞いてくれているからだろう。
ブリューノとエリペールが友人となって大きく変わったのは、それまで僕の悪口を言っていた人たちが一斉に黙ったことだ。
強い権力を持った家柄なのだろうとは容易く想像できる。エリペールが敬意を示しているくらいだ。
「最悪の時は頼ってくれ」
「あぁ、ありがとう。そうさせてもらうよ」
握手を交わす。二人が並んでいる姿は絵になる。僕はこの二人を背後から眺めているのが楽しみになった。
「さあ、次は移動教室だ。本と、ペン、それに実験に使う植物を持っていかねばならない」
「直ぐに準備します」
「私のことはいい。マリユスも授業を受けるのだから、早く自分の準備をしたまえ」
エリペールは苦笑いを浮かべる。同じような表情を浮かべ、その隣でブリューノも待ってくれていた。
僕がこんな待遇を受けるのが気に入らないと言わんばかりの視線が遠巻きから送られてきたが、不思議と気にならなかった。
エリペールと二人だけなら、口では平気だと言ってもストレスに感じだだろうが、ブリューノと二人になった途端に一変した。
それだけ二人が心強い存在だった。
ブリューノとは長い付き合いになるだろうと思った。
そう感じているのは、きっと僕だけではないはずだ。
すでに相棒だと物語る距離感で二人は立っている。
それ以来、誰も僕に直接『奴隷』と言わなくなったし、奴隷扱いもしなくなった。
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