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第13話 不思議な視線

 高等部に通うようになり、流石に全て同じ教科を選択するわけにはいかなくなっていた。  というのも授業は選択制になり、エリペールやブリューノは好奇心のままに興味のある講義を手当り次第受講している。その上、ブリューノに誘われて体験した射撃がとても気に入ったエリペールは、どちらか一つでいい乗馬と射撃の両方の講義まで受講を決めた。二人のスケジュールはこれ以上詰めようもないほどに埋まっている。  高等部ともなるとそれなりに遊びにも目覚め、授業よりもいろんな生徒との交流に重きを置き、最低限の講義しか受けない人の方が断然多い。   「与えられた時間は皆同じだ。私はその中で学べる最大限に触れたいと思っている」  目を輝かせながら登校する馬車の中でそう語っていた。  エリペールは『学校は学びの場』と位置づけているが、周りはそうはいかない。校内を歩いていると、精悍な顔と圧倒的オーラに周りに人だかりが生まれる。長いウェーブの髪が揺れるだけで、長い睫毛の眸を伏せただけで、口角を僅かに上げて微笑んだだけで、誰もが釘付けになってしまうのだ。  負けず劣らず人気のあるブリューノと並んで歩いた日には、女子生徒から悲鳴にも似た歓声まで上がる。  同級生だけにとどまらず、上級生まで見物する始末だった。  僕はといえば、そんな彼らの取り巻きの、少し後ろを追いかけるようについて行く。視線は二人にしか向けられていないので、本当の空気になった気分になる。 「今日もすごい人だかりだ」  ポツリと呟き辺りを見渡すと、先生までもが遠巻きに見ていた。  その中にいた一人の先生と目が合った。小さな丸めがねをかけたその人は、他の先生に比べれば少し若そうな印象を受ける。  エリペールやブリューノではなく、確かに僕にだけ視線を送っている。歩きながらなんとなく目が逸らせなくて、時間にしてみればほんの数秒だが見詰めあってしまった。その間だけ全ての動きがスローモーションのように流れた。  その後先生は、はっと我に返ると踵を返して立ち去ってしまった。  なんだったのだろう……。後ろ姿を視線で追いながら、しかしすぐに人だかりの勢いに弾き飛ばされ転びそうになってしまった。 「うっ、わっ」  その辺の何もかもを薙ぎ倒しそうな勢いで、更に女子生徒が詰め寄った。 「ぼうっと立たないで頂戴!」キッと睨みながら邪魔だと突き出され、つんのめってしまう。 「マリユス!!」  エリペールは咄嗟に振り返り庇ってくれた。 「危ないから、私から離れないで」  肩を組まれ、何事もなかったかのように歩き始めるが、周りからの突き刺さるような視線は全て僕に注がれている。  僕は肩を竦め、頭の中で周りの女性に釈明する。 『僕はエリペール様の奴隷であって、恋愛対象ではございません。どうか安心なさって下さい』と。  そういえば、さっきの先生も見失ってしまった。  見渡しても、影すら見当たらない。 「マリユス、誰か探してるの?」  ブリューノに訊かれ、頭を左右に振る。 「いや、別に何もありません」  初めて見た先生で、もちろん名前も知らない。  目が合って気になったと言えば、今度はエリペールからの質問攻めが始まるのは目に見えている。  気のせいかもしれないうちは、口外するべきではない。  校舎に近づき、それぞれの講義へと人が散っていくと、雑音しかなかった同級生らの話し声が聞こえてきた。 「とても怖い先生がいるそうよ」 「当たったらどうしましょう」 「必須科目の先生だと聞いたよ」  どうやら厳しい男性の先生がいるのだとは分かった。小さな丸いメガネをかけているようだ。  課題の提出が僅かにも遅れると単位を落とされる。  補習はしてくれない。そんな感じの情報だった。  さっきの男性を思い出す。小さな丸メガネをかけていた。そんなに怖そうな印象はなかったが、喋ると違うのか。  僕も講義は沢山選択してる方なので、あの先生が担当する教科があるかもしれないと思った。  そしてランチ前の最後の授業で、予想は当たった。  ドアが開いて入室した先生は、朝のその人であった。  最前列に座っていたこともあり、今度は勘違いでなくしっかりと目が合う。 「よろしくお願いします」  挨拶をすると、先生はじっと僕を見て言葉を失ったように唇をひくつかせ、気まずそうに立ち去った。  壇上へ上がると、咳払いをし「パトリス・ルブランだ」とだけ言った。  やはり知らない名前だ。 「マリユス、あの先生は?」  隣を陣取るエリペールもその様子に違和感を覚えたようだったが、答えられる情報は何一つ持っていない。 「僕にも、誰なのか分かりません。今、初めて会いましたから」 「もしかして、マリユスに惚れたのではないだろうな」 「エリペール様に惹かれるならまだしも、僕になんて有り得ません」 「そんなわけはない。マリユスほど魅力的な人はいないと断言できる」  それはエリペールの贔屓目でしかないと言いたいのをグッと我慢した。情熱的な言葉を毎日かけてくれるが、こちらとしては躱すのが大変だ。──エリペール本人には下心もないのが厄介である── 「さっきからチラチラとマリユスを見ている。私と別の講義の時は気をつけたまえ」  小声で言われ、大人しく頷いておく。  ランチ後は早速エリペールとブリューノだけで受ける講義なので、僕は図書館で過ごすと伝えておいた。  特にエリペールが心配する事はないと聞き流していたが、先生は早速アクションを仕掛けてきた。  エリペールのいない図書館で、あたかも偶然居合わせたような素振りで声をかけてきたのだ。 「マリユス・ラングロワだね」 「そうですが……何か」    授業の時は怒鳴ったりしないものの、居眠りの生徒を容赦なく追い出したり、予習をしていない生徒に追加の課題を出したりと、噂通りの厳しい先生だと思ったが、今は全くの別人だ。  少し緊張しているようで、照れているような、そわそわと落ち着かず、指と指を小刻みに擦り合わせている。 「二人で話をしたいのだが、どうだろう……」  唐突な申し出に瞠目としてしまったが、断る理由も思い付かず頷いた。  学校図書館の直ぐ近くに先生の研究室があると言われ、二人で移動した。

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