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第12話 相変わらずな二人
第二章
エリペールが高等部に上がった時、僕はすでに二十二歳になっていた。
十八歳で成人を迎えるこの国では、もう立派な大人として働いている年齢である。
だが幼少期に栄養を取れていなかったことや、オメガなのも重なって、体の成長は中等部の頃に止まってしまったようだ。少しくらいは身長も伸びたけれど、周りの生徒に比べてもかなり華奢で、女子生徒の方が大きいくらいだった。
男らしい体格に憧れるがこればかりは仕方ない。今、健康でいられるだけでも有難いと思わなければならない。
エリペールとの生活は相変わらずだった。お互い未だにバース性を発症していないのもあり、同じベッドで寝て、寝る前に頬にキスをする。
初めての時ほど緊張はしなくなったけれど、キスを誘うエリペールの色気は歳を重ねるほどに増していて、胸の高鳴りは膨らんで今にも張り裂けそうだった。
しかしこれは恋心ではないと、自分に言い聞かせる。
例えこれが恋愛感情だったとしても、報われない。奴隷だった過去はどんなに頑張っても消せない。
貴族が奴隷と結婚なんて許されるわけもないし、番にでもなってしまえば大事だ。
分を弁えなければならない。
公爵家の後継者に抱いて良い感情ではない。
———そう、これは憧れだ———繰り返し言い聞かせなければ理性を保てなくなりそうだった。
一緒にいる時間が長くなり過ぎているのもあり、彼の立ち振る舞いや言動からも、勘違いを起こしそうで懊悩する日々を送っている。
エリペールは子供の頃よりも随分と大人びた。
ぷくぷくとしていた頬はそぎ落とされ、すっきりとした輪郭が浮き彫りになり、大きな眸は切れ長で蠱惑的な印象に。薄い色素の髪の毛は健在だが、今では腰まで伸ばして一つに結っている。
他の生徒と同じ制服を着ているにも関わらず、飛び抜けて瀟酒で映ている。
初等部の頃に生まれた身長差はどんどん広がり、エリペールを見上げるようになっていた。
添い寝係は継続されているとはいえ、僕の腕枕で寝ていたのはすでに過去の話。今では彼の逞しい腕枕で眠っている。
中等部の卒業間際、「まだ添い寝は必要なのか」と訊いたことがあった。
即答でYESだったことに、少なからず驚きは隠せなかった。幼少期から精神的に老成していて、夜に一人で眠れないのが本当なのか疑点が浮かぶ。
本当は僕の公爵家での仕事がなくならないよう、気を使ってくれているのでないかと思っていた。
「マリユスは私と一緒に寝るのは嫌になった?」
「そんなわけありません。逆に、いつまでも隣に居させてもらうなど、申し訳ないような気がして……」
「何故そのように考える?」
「いえ、ただエリペール様が言い出しにくくなっているだけならば、遠慮は必要ありませんとお伝えたくて。いつ婚約者ができてもおかしくありませんし、僕が妨げになっているなら責任を感じます」
現にブリューノは十歳の時既に許嫁がいた。
エリペールは貴族にも関わらず、婚約者もいないのは珍しいのではないかと思うほどだ。
あと二年で成人を迎える。
もしも僕が身を引いていれば、結婚の話が出ていたかもしれない。
「考えすぎだ。マリユス、こっちへ来たまえ」
エリペールが手を引く。
そのまま寝室へと移動すると、すっぽりと包み込み首元の匂いを嗅ぐ。その度くすぐったくて、体を捩って逃れようとするのだが、様々なスポーツを嗜むエリペールは自然と体が鍛え上げられ、力では到底敵わない。
「この匂いを嗅いだだけで、一日の疲れなど忘れてしまう。マリユスにはとても大切な任務がある。こうして毎晩、私を癒すことだ。どんなことがあっても、例え喧嘩をしてしまったとしても、こうして私を癒してくれ。それが私の心からの望みなのだ」
「はい……」
それ以上は何も言えなかったが、情けなどではなく本心なのは素直に嬉しかった。
これだけアルファの特徴が強く出ているのに、エリペールのバース性の発症は遅いのは僕にとっては僥倖で、まだまだ隣にいられる喜びを噛み締めている。
安堵して目を閉じた時、エリペールから頬にキスをされた。
「今日の分を忘れている」目の前に頬を差し出され、触れるだけのキスをした。
毎晩こうしていても僕の発情期は来る気配もなく、無能のオメガではなく、オメガの性すら持っていない無性なのではないかなんて、自虐的に考えてしまう。
ただこの先もずっと彼の隣にいることを許されるのならば、一生バース性の発症などなくていい。
エリペールの匂いだって僕に安らぎを与えてくれる。
彼に包み込まれて眠る時間は、何にも変え難い至福の時間なのだ。
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