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第16話 爆弾発言

 エリペールはそれ以来、必要以上に僕を同行させた。  公爵邸で過ごす間は一人での行動が多かったが、常にそばにいろと言われ、それに従う。  パトリスの研究室へ行ってもいいとは許可したものの、自分以外の男と二人きりで楽しく過ごすのがどうしても嫌で仕方ない。本当は授業だって全て同行させたいのを我慢しているのだと言う。  学校で離れている時間を埋めるように、屋敷内では片時も離さなかった。 「しかしブリューノに笑われるのは本望ではない。余裕のない男はカッコ悪いと言われてしまった。もっと威厳を示すには、寛大な心が必要なのだと」  頭を抱えて話す。  高等部に入り一段と大人びたエリペールも、年齢相当の悩みを持っているのだと、少し可笑しいと思ったが、それは言わないでおく。  彼なりに真剣に考えてくれるのが嬉しかった。  この部屋から出ていく覚悟までしていたが、いつもと変わらず、エリペールの抱き枕としての役目も続行されている。  ♦︎♢♦︎  次にパトリスの研究室へ行ったのは、前回から十日程が経った頃だった。  本当はその間にも行ける時間は何度かあったが、エリペールに気を遣って断念した。  いつものように図書館で本棚を眺めていると、パトリスから声をかけられ、ようやく訪ねるきっかけができた。 「いつでも来てくれて構わないのに」 「ありがとうございます。まだ慣れてないので、タイミングが掴めていませんでした」 「遠慮などしてなくても良い。それか、気になる書物があれば持ち帰るのが良いか?」 「貴重なものを持ち出すのは、気が引けます」 「もう読んだものの収納に困って、あの部屋に放り込んでいるのだ。だから別にそのまま持っていてくれても良いくらいだ」 「いえ、こうしてパトリス先生とのお話も楽しみにしていますので。ここで読んでいきます」 「そうか、ではお茶を淹れよう」  パトリスは書庫にしている部屋の鍵を開け、この十日の間に座り心地の良い一人がけのソファーも置いてくれていた。  日当たりも申し分ないが、すぐ目の前にある木々で程よい影を作ってくれる。窓を開けると心地よい風が入ってきた。 「読書にピッタリの場所だ。本の匂いと、爽やかな風に包まれるなんて」  早速、本棚から目に入ったものを取り出し、ページを捲る。  時間が経つのも忘れて没頭しているうちに授業終了の鐘が鳴ってしまった。  折角パトリスが淹れてくれた紅茶も冷めている。  本は半分近くまで読めたが、続きが気になり、直ぐにでも訪れたい。  このままパトリスに甘え、本を持ち帰りたいくらいだが、エリペールがどんな顔をするだろうと考え、本棚に戻した。 「パトリス先生、ありがとうございました」 「随分集中していたから、声をかけないでおいた。また続きを読みにくるといい」 「是非。でも、エリペール様のご機嫌を伺ってからにします」 「反対されていると言っていたね。警戒心が強いのは良いことだ。一緒に来ても良いんだ。ここで君がどんなふうに過ごしているかが分かれば、ラングロワ様も安心だろう」  パトリスの提案に歓喜した。 「僕も、エリペール様に安心して欲しいです。次に来る時、お誘いしてみます!」  勢い付いてお辞儀をし、急足で待ち合わせ場所の図書館へと向かった。 「良かった。今日は僕が先だ」  入り口にあるベンチに腰を下ろし、視線を飛ばした先に、ブリューノと肩を並べてこちらへと向かう姿を見つけた。  次から次へと話しかけられ、なかなか前へ進めない。なのに律儀に一人ずつに挨拶を欠かさないエリペールとブリューノの二人の友好的な対応は、周りの生徒からの評価をどんどん上げている。  その様子を離れたところから眺めるのも、良い時間だと感じる。  あのお方は伯爵家のご令嬢だ。次のあの方は侯爵家のご令嬢だった気がする。  どの女性も貴賓あふれる美しい人ばかりで、しかし誰もがエリペールの婚約者の座を狙っているような野心も窺える。  貴族でありながら、十六にして婚約者がいないのは珍しい。もういつでも結婚できる歳であるにも関わらず、独り身だと言うのは周りの女性が見逃すはずもなかった。  僕がいない時は特に良く話かけられている。  このタイミングでエリペールの許へ行くのは、彼女たちの邪魔をしているようで申し訳ない。  それともオメガには近寄りたくないのもあるかもしれない。  これからは、他の人がエリペールに話しかけやすくなるよう、少し距離をとって歩くべきかもしれないと反省した。 「マリユス!! 遠くから眺めていないで、見つけたら直ぐに来たまえ」 「ですがお話をされていたので、中断させてはいけないと思い待っておりました」 「私の姿を見つけて置いて、他の生徒と話をしているのをみて見ても何とも思わないのか?」 「はい、いろんな方との交流は大切ですから。それに、未来の婚約者が見つかるかもしれません」 「……私の心は、もう決まっている」  エリペールから婚約者の話は聞いたことはない。  ブランディーヌたちもエリペールの結婚について口にしたことはなかった。遅くに生まれた一人息子だから慎重になっているのかと思っていたが、僕を買った時、既に決まっていたのかもしれない。  なぜか胸が痛んだ。  自分だけが聞かされていないことが悲しかった。勿論、雇われただけの奴隷である。  関係ないと言われれば反論の余地はない。  ただ、エリペールの中に揺るぎなく存在している特定の相手に、嫉妬している自分が嫌だった。  こんなにも一途に想ってもらえるその人を羨ましいとも思ってしまった。  キスがいけない。  毎日毎日繰り返されるあの行為は、人の欲を引き出してしまう。  唇同士ではないとはいえ、頬でさえそうなるのだ。  口を重ねてしまえば一体どうなってしまうのだろう。  一度だけ読んだあの本を思い出し、いや、ダメだと頭を振る。  エリペールが誰と結婚しようが祝福するべきなのだ。  感情を押し殺すのは得意だったはずなのに、僕はこのモヤモヤした気持ちを抱えたまま過ごす羽目になってしまった。

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