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第21話 告白

 エリペールは忙しくなるにつれ、夜は酷く甘えてくるようになっていた。 「私はマリユスと会えないのは寂しいと思っているのに、君は平気そうなのが悲しい」  子供が寝るような時間から寝室に入り、幼い女の子が人形を抱える要領で僕を抱える。  鼻先で首をくすぐるのは何度かやめてほしいとお願いしたが、匂いが濃くて落ち着くと言い、取り合ってもらえなかった。 「こうしていると、マリユスもオメガの性を解放するかもしれないと、期待しているのだ」 「でも、もしも僕がヒートを起こせば、一緒にはいられなくなります。実はいつ発情期が来てもいいように隔離する部屋をブランディーヌ様が準備してくださってます。でも僕はできる限り、エリペール様の隣で眠りにつきたいと思っているのです」    僕を隔離する部屋まであるとは聞いていなかったようで、エリペールは思わず顔を覗き込んだ。 「マリユスの部屋は、これから先もずっとここにしかない。どこにも行かせない。私がどんな思いでヒートを引き出そうとしているか、マリユスはいつまで経っても分かろうともしてくれない。今夜、はっきりと私の思いを伝えなければならないようだ」  ゾクリとした。真剣な眼差しが突き刺さり、彼から逃げ出したくなる。  エリペールに想い人がいるのは知っているが、その詳細まで———個人の名前まで———聞いたことはこれまでになかった。と言うよりも避けてきた。  今、ここから逃げようとしたところで、エリペールはその名前を口に出してしまうだろう。  聞きたくない。知っている人の名前だとしても、知らない人だったとしても。  主従関係を続ける自信を失ってしまう。  体が強張って動かなかった。  エリペールは僕を抱きしめたまま横たわるが、対面は緊張する。心臓が張り裂けそうなほど痛い。  顔を寄せられ、反射的に後ろに向いた。  この顔を想い人にも向けるかと想像しただけで、泣いてしまいそうだ。  自分だけにしてほしい……口には出せない気持ちに締め付けられているように呼吸を止める。   「マリユス」  耳元で囀りのように名前を呼ばれただけで、肩を戦慄かせた。  こんなタイミングで愛でるような声を出されては気が動転してしまう。折角我慢している本心を口走ってしまいそうになる。  ゾクリとするほどの色香に包まれ、体が火照り、燻っていた熾火から炎が噴き出すような感覚を覚えた。  もう、子供のエリペールではない。今年十八の成人を迎え、立派な大人の仲間入りを果たした彼は、あの頃寝顔を眺めながら想像していた通りの瀟酒で怜悧な青年へと成長しいる。  体型だって、随分と男らしく変貌を遂げた。 「マリユス、気付かないふりをいつまで続けるのだ。私は、君と出会ってからずっと愛を伝え続けているのに。今の私では魅力が足りない?」    エリペールに背を向けたまま振り向くと、鼻先が触れ、甘い息がかかる。  ———だめ……。  顔を離さねばと頭では思っても、吸い込まれるように、引き寄せられた。    ごく自然に    見詰め合い    目を閉じ    唇を重ねる。  柔らかい感触が甘い痺れとなって体内を奔流する。  エリペールへの気持ちが爆発してしまいそうだった。  でも止められない。離れたくない。  感情が湧き上がる。    もっと求めて欲しい。  もっと  もっと  もっと……この人が欲しい。    この人のものになりたい。  僕が知らない誰かの元に行かないで。  ここにいて。  ずっと隣で眠らせて。  エリペールからの口付けが熱を帯びていく。 「逃げないで、全部受け止めたまえ。私がどれだけマリユスを愛しているか、言葉で伝わらないなら、全身で伝えるしかない」  腰に回した腕、頭を支える大きな手、吸い付く唇。  その全てを欲していたのは僕の方だ。 「エリ……ペール様……」  脳が溶けていく。  この甘い時間に身を委ね、溺れていたい。 「ずっとマリユスだけを見てきた。君にもそうであって欲しい。私は、番になるのは君以外に考えられないんだ」  くちゅ……くちゅり……エリペールが唇を吸っては重ね、離れては重なる。  顔が離れるたびに、寂しくなって追いかけてしまう。   「気持ちいい……きもちい……きもち……」  虚になって呟く。  エリペールはさらに体を密着させ、脚を絡めてきた。  お互いの中心が昂り、布越しに押し付けられ、思わず「ぁんっ」と甘い声を漏らした。  恥ずかしいのに、やめて欲しくない。    腰に回した手が下に下がると、オメガの液でシーツまで濡らしている孔に指を押し込んだ。 「あっ、あっ、ふぅ……ん……」  初めての感覚に、腰が戦慄く。   「もっと欲しい?」  唇を指で押さえ、先を挿れる。  両手でエリペールの手を握り、赤ん坊のように指をしゃぶる。  自分がどうなってしまったかなど考える余裕もなかった。 「マリユス、君の気持ちを教えて」 「ほし……ほしい……もっと、エリペール様が……ほしい」  ポロリと本音が溢れる。  主従関係だという認識で自分の気持ちを押し殺してきたのに、言葉にしてしまうともう感情を抑えるのは無理だった。  潤んだ眸をエリペールに向けた。 「貴方が、好きです」

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