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第30話 ブリューノの考察
「しかし、何故パトリス先生なんだ? 頼るなら僕でも良かったではないか」
ブリューノが気にかけてくれるのを嬉しく思う。
確かにブリューノが浮かばなかったわけではない。ただ直近の問題として、徒歩で移動しなくてはならなかったため、選択肢に入れられなかったのだ。
クライン公爵家を訪れたのはブリューノの結婚式の時だけで、明確な場所まで把握できていなかった。
何より、彼はエリペールに一番近い人物である。居場所を突き止められる可能性も高い。ブリューノが隠してくれていても、他から示唆される恐れがある。
その点、通い慣れた学校なら場所を間違えないという安心感があった。———距離感は全く違っていたが———それにブリューノが驚いた通り、誰も僕がパトリスの許にいるなど想像しないだろう。
それこそパトリスに断られていれば、今頃、路頭に迷う羽目になっていただろうが。
ブリューノに、エリペールと連絡をとっているのかと訊ねたかったが、もしも「婚約した」もしくは「既に結婚をしている」などと聞かされては、いよいよ立ち直れないと思い、切り出せなかった。
「今後もこうして、パトリス先生のところでいるつもりなのか?」
「はい。他に行く宛はありませんし、仕事は楽しいです。何より沢山の本が読めますし、パトリス先生は歴史学から心理学、天文学に至るまで、幅広く勉強されているので。毎日が好奇心で満たされているのですよ」
ブリューノは僕の現状をしっかりと把握しようと話を真剣に聞いてくれる。けれどもどこか胡乱な表情を崩さなかった。
「充実しているようで何より。しかし本当に全面的に信用しない方がいいのではないか? 結婚しているベータとはいえ、話ができ過ぎている。君がオメガの性を発症したタイミングで本性を表すかもしれないのでは?」
「それが……、バース性は、発症しました」
「……なるほど。エリペールから逃げたおおよその原因は、それと言うわけだ」
確信を突かれ、頷くしかない。
ブリューノを嘘で誤魔化すなど、通用するはずもない。
観念して真実を話すことにした。
エリペールと同時にバース性を発症したが、エリペールから引き剥がされたこと。
ゴーティエたちはきっと貴族同士の結婚しか認めないこと。
通常七日ほどで終わる発情期が、僕の場合は満月一周分続くと言うこと。
エリペールが他の誰かと一緒になる姿を、従者として見る勇気がなく、公爵邸を飛び出して来たこと。
ブリューノは「辛い思いをしたのだな」と慰めてくれた。
続けて疑問を投げかける。
「ゴーティエ公爵様は本当に君たちの仲を反対していたのかが気になるな……。エリペールと話した内容を知らないように聞こえたけれど、実際はなんと言っていたんだ?」
「内容までは聞いていません。その前にブランディーヌ様の指示で隔離部屋に移動しましたから。エリペール様とも、それ以来会っていません。侍女もその後は些細な情報も教えてくれませんでした。僕も発情期があまりに酷くて、とても誰かと話ができる状態ではありませんでしたから」
「本当は違っていた……なんてことはないのかな」
「違っていた……とは……?」
「結婚をさせるための話し合いだったかもしれないだろう」
「とんでもない!!」両手を振る。
「そんな雰囲気ではありませんでしたし、あり得ません」
「分からないじゃないか。確認もしないで決めつけるのは良くない」
真実を確かめるために、今からラングロワ公爵邸に乗り込むのではないかと思わせる勢いを感じ、慌てて宥めた。
「侍女は一夜を明かした僕たちを見て、先ず番になったかどうかを確認しました。それはゴーティエ様の耳にも入っているはずです。その上で隔離されたのですから。番うことすら反対されていたんです」
「僕にはとてもそんな風には思えないけれど……」
「もう、いいんです。終わったことですから」
「終わったと思っているのはマリユス君だけだったりしてね。いや、そう思いたいだけのようにも見える。本音は終わりたくないのに、無理矢理、離別しようとしていないかい?」
「……そんなわけ……ありません」
ブリューノは僕とは思考が全く違う。自分では到底そんな考えには至らない。
きっと自信があるから、そういう発想が生まれるのだと思った。
それは生まれた環境のせいもあると勝手に決めつけるのは良くないが、大きな要因にはなるだろう。
自己肯定感の高め方は、本には書いていない。
「実は、しばらくエリペールとは連絡を取れていなかったんだ。お互い忙しくてね。しかしマリユス君と再会して、久しぶりに彼に会おうと伝達を頼んだ。勿論、マリユス君の名前は出していない」
「それで、本人とお会いしたんですか?」
意外にも、ブリューノは顔を横に振った。
「会えていない。……正しくは、今の彼は会える状況ではないようだ」
胸がざわついた。
何が起こっているのだ。僕が公爵邸を離れてから、一体エリペールはどうなってしまったのだ。
ずっと心に蓋をしていた。
考えないようにと気を紛らしていた。
だが、ブリューノの意味深な発言に、訊かずにはいられない。
「エリペール様は、もしかして病気を患っているのでしょうか?」
「それを自分の目で確かめるために、僕と一緒にラングロワ公爵家に行くのはどうかな」
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