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第35話 本音と建前

 エリペールは存在を確かめるように、僕からのキスを受け止めた。  きっともどかしいと感じているだろう、触れるだけの口付けであるが、今のお互いの価値を伝え合うには充分な気がした。  体を寄せてみると、見た目以上に体が痩せてしまっている。  泣きたいのをグッと堪え、今にも眠ってしまいそうなエリペールに集中する。  本人は気づいていないようだが、さっきから目を閉じてうつらうつらとしている。僕が帰ってきたことで体が寝ようとしているのなら、気にせず睡眠をとって欲しい。 「マリユスの顔がもっと見たいのに、眠ってしまいそうで悔しい」 「起きた時に、必ず隣にいます。だから安心して、今は眠ってください」  エリペールは素直に頷くかと思いきや、必死に抵抗する。 「ずっと待ち望んでいた。もしもマリユスが戻ってきた時は、私から沢山愛でたいと思っていた。マリユスが眠れないくらいに……。なのに自分の方が寝てしまうなんて。ずっと眠りたいと思っていたのに、今は眠りたくないなんて、不思議だ」  エリペールは責めるどころか、愛おしそうに僕の頭を撫でる。 「勝手な行動で迷惑をかけたのに……叱らないのですか?」  思わず訊いてしまった。これまで一切の音沙汰なく一年という時を経て、連絡も寄越さず突然帰ってきた。ゴーティエにしても、ブランディーヌにしても、酷い裏切り方をした僕を歓迎するだなんて……。 「怒る理由などない」質問に対してエリペールは 当たり前だと言わんばかりに答えた。 「私の所に帰って来てくれた。嫌われてなくて良かった」 「僕がエリペール様を嫌うはずありません」 「ならば、ずっとここにいてくれ。もう、離れないと約束したまえ。私は、一人では寝られないのだ」    外はもう空がオレンジ色に染まっていて、部屋がだんだんと薄暗くなっていく。  きっとこの状況も相まって、エリペールの睡魔を誘っているのではないかと思った。  仮に今起きたとしても間もなく夜が訪れる。  エリペールは自分だけが眠ってしまうのを懸念している。それよりも眠気など無視して、再会の喜びを分かち合いたいとでも思っていそうだ。  罵倒するような人柄ではないにしろ、それでも出ていった理由、今更帰ってきた理由も含めて詰め寄るなどするのが自然の流れのように思ってしまう。  冷たく遇らわれたいわけではない。  今のエリペールは弱り過ぎていて、怒る体力などないのも分かる。    こんな考えをする方が違うのだろうか。まるで罰を望んでいるようだ。  変な感情に自分自身が戸惑ってしまう。きっとヒートが治らないからのような気もする。  エリペールに眠って欲しいと頭では思っていても、本能がそれをさせてくれない。  起きて、このオメガの性を満たして欲しいと訴えている。  そしてきっとエリペールも体は眠いのに本能が争おうとしている。どちらにとっても焦ったい時間が流れている。  それを打ち破ったのはエリペールからだった。 「んっ! んん……」  いきなり顔をぐいと寄せ、唇を吸う。  豪快な口付けには至らなかったが、抱きしめてる僕の腰を引き寄せ、自分の下半身に当てる。 「マリユス、なぜ寝てもいいだなんて嘘を吐く。君は今、私のフェロモンに当てられて辛いはずだ」 「そうです。この部屋へ向かう途中から、すでにエリペール様のフェロモンを感じていました。でも自分のことよりも、エリペール様の容体が優先なのは当たり前ではないでしょうか」 「違うな。それは全く違う。私がどんな状態であれ、実際今も力は入らないが、それでも強引にでも私からアルファの精を奪いにきたまえ。それが私の望んでいることだ」  そんなことを言われても、エリペールは動ける状態ではない。  本人が傷つくことは口が裂けても言えないが、エリペールはまさか、僕からエリペールを襲えと言っているみたいではないか。  脚衣の中で隆起してる僕のそれは、中で先走りの液を垂らして濡れている。  孔から分泌されるオメガの液も溢れ出していて、言葉と体が裏腹なのも、必死に隠そうとしてるのに、エリペールはそれさえすんなりと探り当ててしまう。  脚衣の外にまで染み出しているオメガの液を指で撫で付け孔を刺激する。 「エリペール様、今はそんなことをしている場合では……ありませ……んんっ」 「もっと自分に素直になれ、マリユス。気付いていないのか。私は君が隣にいるだけでどんどん力が湧き上がっていっている。ついさっきまで、喋れなかったのに、喉の渇きも潤って、なめらかに言葉が出てくるようになってきた。これが運命の番の力なのか、マリユス。君に求められるほど、体に体温が戻ってきているのだ。これが眠っていられるか」  エリペールは自分の中心にも芯が通り始めていると言った。 「マリユス、私たちが今求め合っているものは何だ? 素直に言ってみろ」 「僕は……僕は、あなたの精を注いでもらいたくてたまりません。でも無理をしてほしくないのも事実です」 「余計なことは言わなくても良い。私も、マリユスの中に入りたくて仕方ないのだ。しかし残念ながらまだ体は思ように動かない。君が上に乗ってはくれないだろうか」 「僕が……ですか……。やり方が分かりません」 「心配しなくていい。私が誘導する」  エリペールは服を脱いで肌を密着させて欲しいと渇望している。  僕も限界だった。  精を与えてやると言われ、体の奥からさらに熱が上がっていくのを感じる。  今は理性など言ってられない。  早く、早く、この体を満たして欲しい。それがエリペールも求めることなら、遠慮は無用なのか。  葛藤は完全には拭いきれないけれど、心とは裏腹に、無意識に服を脱ぎ捨て全てを曝け出していた。 「エリペール様。僕に触ってください」

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