59 / 61

第59話 招かれざる客

「公爵家のパレードともなると盛り上がりがすごいですね」  ブリューノの結婚式で一度体験しているものの、自分が当人となれば感じ方が全く違う。  これまで注目されるという機会はなく、むしろ目立たないよう気配りを心掛けてきたため、こんな脚光を浴びる日が来るとは考えたこともなかった。  単純にエリペールと結婚できる喜びに浸っていたが、貴族との結婚は何もかもが派手で豪華でとにかく|忙《せわ》しない。  それでも僕が奴隷上がりだと知っている人もいる中、誰もが祝福してくれたのは少し意外に感じた。正直言うと、反対の声が上がってもおかしくないと身構えていたが、杞憂に終わった。  パレードで街に出ると、久しぶりの貴族のイベントにお祭り状態になっていた。  騎士団の行進や音楽部隊の演奏、絢爛に装飾された馬車が何台も続き、集まった人々が拍手を送ってくれたり手を振ってくれたりしている。  これはきっとエリペールに向けてだろうと思い眺めていると「マリユスからも反応をするべだ」と言われ、少し手を上げて遠目では判断できないようなサービスで返した。 「街を抜けると、そのままバルテルシーへと向かう。護衛の騎士団に代わり、音楽隊と騎士団とは現地で集まる。その間は、気を休めておくように」  エリペールが今後のスケジュールの確認をしながら説明をしてくれる。  その時、急に馬車が止まった。 「……なんでしょう?」 「こんな場所で止まる予定はない」  エリペールも困惑の色を浮かべる。  心配になるのが、街の人たちが騒いでいるところにあった。 「先頭の方で問題があったようだな。報告が来るまで待機か……」  冷静に判断していく。 「マリユス、こちらへ……」  対面して座っている僕に手を差し出す。  初めてのパレードでトラブルが起こり、動揺しているのを悟ってくれたらしい。  隣に移動すると、エリペールが手を握ってくれた。 「少しくらいのイレギュラーは、後に思い出となる。心配はいらない」  ふわりと柔らかく微笑んでくれて「はい」とりあえず悪い想像をしてしまう癖から逃れられた。 「失礼します」  騎士三人駆けつけた。  一人が報告に、後の二人は護衛のようだった。 「何があった?」  エリペールから訊ねると、初老の男性がパレードに飛び込んできたとのことだった。 「それが……」騎士が言いにくそうに言葉を濁らせる。 「時間がない。どうしたのだ?」 「はい、その男性が、マリユス様に会わせろと引かなくて……。普段なら容赦なく対応出来るのですが、パレード中ともなれば人前で捌くわけにもいかず、強制連行しようとました。しかしクライン公爵様が騎士団を引き留めて、エリペール様を呼ぶよう言い出しまして」 「ブリューノが?」 「クライン公爵様もご一緒です」  二人で顔を見合わせ、首を傾げる。  僕を待機させるかどうか悩んでいる様子のエリペールに「行きます」と申し出た。 「騎士の護衛を増やしたまえ」 「畏まりました」  少しして五人の護衛がつき、先頭まで移動する。  野次馬もそちらへ集まっていた。  人だかりの中にブリューノと、その父親であるクライン公爵の姿を確認した。  二人の目線の先に、初老の男性がいるようだ。 「ブリューノ、何事だ」 「エリペール……、マリユス君は連れて来ない方が良い」 「護衛をつけている。馬車で待たせるのも心配だから連れてきた。離れた場所で待機させる」  騎士に指示を出して、エリペールとの間に護衛が三人と、僕の背後に二人がつく。  取り押さえられている男性には、見覚えはなかった。  なぜエリペールではなく僕を名指しで指定したのか、検討もつかない。  しかしその男性は、僕の顔を見上げるなり助けを乞う。 「マリユス!! マリユス、助けてくれ。ワシを覚えているだろう? 子供の頃、世話をしてやったではないか」  子供の頃……と言われ、奴隷商の商人だと判明した。  エリペールが顔を歪めブリューノの隣に立つ。 「商人、今日が婚礼だと知っていて来たようだな。パレードを中断させておいて罪は重いぞ」 「しかし、こんな時じゃないと会えないので仕方なかったのです。どうか、お慈悲を」  叩頭した男性が、押さえつけられている頭を無理やりこちらに向けギョロリと見上げた。  ゾクリと全身が粟立つ。 「この者にマリユスの姿を見せるな!! もっと距離を取れ」  辺りが騒然となる。  商人はそれでも諦めず「マリユス、マリユス!!」名前を、繰り返し叫ぶ。  頭がグラグラし、記憶細胞の奥底から男の声が引き摺り出される。  あの暗い石積みの塔で毎日罵声を浴びせられた嗄れた声、鞭を振る鋭い音、生臭い匂い、じっとりとした空気、自分の周りを飛ぶ虫の音が、忘れていた恐怖心と共に蘇る。  何故……何故今になって現れたのだ。  震えが止まらなくなる。あの暗闇には戻りたくない。蹲る既のところを騎士の一人が支えてくれ、何とかしがみつく。    エリペールは怒りに震えていた。  それは婚礼を中断させれられたからではなく、僕に向けて無礼な態度を取ったからだ。 「貴様が私の大切な運命の番を、傷だらけにした張本人というわけか。今ここで同じ目に遭わせてやりたくらいだ」  にじり、にじりと詰め寄る。 「エリペールたちがバルテルシー街へ行った後、僕たちはずっとこいつを探していた」  隣でそう言ったブリューノに、エリペールは瞠目として振り返った。

ともだちにシェアしよう!